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053 夏が始まる


 陽光眩く、蝉時雨が耳朶を震わせる夏。


 今日は昴星学園の1学期終業式が催された。

 生徒達は心待ちにしていた夏休みの到来に、心浮き立っている様子である。

 校長の有難い高話を右から左に拝聴し、下校の時間となった。

 

「夏姫さん!」


 夏姫が玄関で靴を履き替えていると、声を掛けられた。

 見れば、喜びを隠しきれず笑みを浮かべる朋子の姿がある。


「部室に行くんだよね? 一緒に行こ!」


「ああ、それは構わないが……嬉しそうだな、朋子」


「それはそうだよ! だって、明日から夏休みなんだもの!」


 朋子が大きく頷き、溌剌と断言する。

 夏姫はそんな彼女の陽気さに少々気圧されながら、玄関口を出た。

 2人横並びに歩き、格納庫方面へ向かう。


「夏休みとはいえ、盆になるまではMBF部の練習で登校しなくてはいけないだろう。そこまで楽しみなものなのか?」


「それはそうだけど……ほら、高校最後の夏休みだよ? なんだかワクワクしない?」


「……そうだな?」


 曖昧に返答をする夏姫。

 彼女の休日は、基本家に籠る事が多かった。

 外へは日課の自己鍛錬で出るくらいである。

 後は小説を読んだりMBFの動画を視聴したりと、ゆったりとした時間を過ごしていた。


(今の生活が充実しているおかげか、休みが嬉しいという感覚がないな)


 もう少し遊びの幅を広めてみるか、と夏姫が考えているうちに格納庫に到着した。

 人ひとりが通れる幅に開かれた巨大な鉄扉の間を抜け、全長10メートルを超える巨人たちが佇む空間に入る。

 そこには先に到着していた星也とすばるの姿があった。


「あ、先輩方! こんにちは!」


「こんにちは、すばる。キミも随分テンションが高いな」


 すばるの顔はいつもより明るい。

 眼鏡の奥にある瞳も、心なしか輝いているようだ。


「もっちろんですよ! 明日から夏休みですよ! テンション上がるに決まってるじゃないですか!」


「そうか、決まってるのか」


 朋子に続いてすばるまでハイテンションになっている。

 その威勢に圧され、夏姫はつい妙な相槌を打ってしまった。

 

 すばるの横で星也が小さく首を振っている。


「すばる、少し落ち着きなさい。俺達は3年生なんだ、浮かれ切っているわけにもいかないんだよ」


「え……あぁ、そういえば受験勉強とかありましたね」


 星也の言わんとする事が思い当たり、すばるは少し声のトーンを落とした。

 ふむと頷き、星也は改めて夏姫と朋子に視線を向ける。


「部活動にも影響があるだろうし、予め訊いておこうか。2人は進路はどうするつもりなんだ? 受験勉強が忙しいのならば、練習時間を調整しようと思うが」


 彼の問いに、まずは朋子が答える。


「私は昴星大学に行くよ。受験料や学費を免除してくれるらしいから、大助かりだよ。ほぼエスカレーターだし、本格的な受験勉強は必要ないかな」

 

「学年首席の朋子は、特待生としてうちの大学にそのまま進学する形か。俺も内部推薦で進学する予定だから、特に受験勉強をする必要はない。それで、夏姫さんは?」


 3人の視線が夏姫に集まる。

 彼女は顎先に指を当て、一拍の間を置いた。


(進路希望調査があった際、源蔵を経て、柏陵院家から学費の援助はするとの連絡はあった。正直、()自身は大学に行く意欲は薄いのだが……『柏陵院夏姫』としては、大学へ通うべきだろう。彼女はずっとそのつもりのようだったみたいだしな。夏姫として生きると決めたからには、それに従うべきだ)


「……私も昴星大学へ行く予定だよ」


 簡潔に答える夏姫に、朋子が両手をパンと合わせて近寄った。

 喜色に彩られた満面の笑顔を咲かせている。


「わぁ! 大学でも皆一緒なんだ! 嬉しい!」


「俺たち3人、進路は同じなんだね。夏姫さんの学力なら充分内部推薦の枠に入れるだろうから、受験勉強は特に必要はなしと。これなら練習時間を減らさなくて良さそうだな」


 星也がこくりと頷き、話を纏めた。


「ところで、光一郎先輩遅いですね」


 眼鏡の縁を指で押し上げ、すばるが周囲を見回す仕草をする。

 夏姫はスマホで時間を確認し、首を傾げた。


「変だな。委員会活動等で遅れる時は連絡をするし、ホームルームが長引いているのか……?」


「あっ、夏姫さん。噂をしていれば来た、みたいだけど……」


 朋子の声が尻すぼみになっていく。

 出入口の方へ振り返ると、光一郎と共に歩み寄ってくる少年の姿があった。

 身長は140センチ代、昴星学園初等部の制服を着ており、幼さが残る顔に利口さを湛えていた。


(あれは確か……)


 ドクリと、夏姫の心臓が大きく脈打った。

 少年と一緒に皆の元へやって来た光一郎が、後頭部に手をやりながら口を開く。


「先輩方、遅れてすいませんッス。この子は――」


「初めまして、柏陵院冬眞(とうま)です。姉がいつもお世話になっています」


 礼儀正しくお辞儀をし、にこりと笑みを浮かべる少年。

 朋子はその笑顔につられ、頬を緩ませた。


「あはっ、可愛い。もしかして、夏姫さんの弟さん?」


「…………」


 朋子の問いに、夏姫は沈黙する。

 そんな彼女を、冬眞は冷たい瞳で見つめていた。

 先ほどの笑顔とはほど遠い温度差に、場に居るメンバーが戸惑うように顔を見合わせる。


「あー……ちっと家庭の事情がありまして、少しお嬢様と抜けさせて貰います。ほら、2人共、移動すんぞ」


 光一郎が助け舟を出し、出口へ踵を返した。

 冬眞はもう一度その場でお辞儀をし、彼の背中を追う。

 小さな溜息を吐き、夏姫もそれに続いた。


「……それで、どういうことだ?」


 格納庫横、日陰となった空き地で、夏姫が光一郎に質問する。

 それに答えようとする彼の前に立ち、冬眞が夏姫と対峙した。


「ご挨拶に来たのですよ、姉上。この度、私は柏陵院春貴(はるたか)と秋乃の養子となり、正式な柏陵院の跡取りとなりました。その一報を、姉となる貴女に話しておきたかったのです」


 冬眞が目を細める。

 その瞳には、明確な敵意が滲んでいた。


(柏陵院冬眞は父の弟の息子だ。一人娘である()を王家に嫁がせた後、彼を養子に取って跡取りに据えるという話は前々から聞かされていた。だが、王子との縁談がご破算となり、私自身も父から絶縁された。そういった事情で、養子縁組の話が早まったのか)


「そうか……迷惑を掛けたな、すまなかった」


 夏姫は背を正し、深く頭を下げた。

 それを見て冬眞は驚いたように眉を上げる。


「……まさか、姉上がそのように他人(ひと)に謝られるとは思いませんでした」


「私のせいで、後5年は共に居られたであろう実の両親から切り離されてしまったんだ。こんな謝罪で気が晴れる事はないだろうが、謝らせて欲しい」


 夏姫が頭を下げ続ける。

 冬眞はじっと彼女の頭を見た後、ふぅと息を吐き出した。

 小さな手を振る。


「もういいですよ、頭を上げて下さい」


 言われ、夏姫は姿勢を元に戻す。

 彼女を見る冬眞の目に、先ほどの冷たさはなくなっていた。


「変わられましたね、姉上。以前お会いした時は、もっと拒絶的だったように感じましたが……」


「……色々あったからな」


 夏姫の簡潔な答えに、冬眞はフッと小さく笑った。


「そうですね、王子からの婚約破棄に当家からの絶縁。人生観がひっくり返ってもおかしくはないでしょう。ただ、物腰が柔らかくなったのは良い事だと思いますよ。柏陵院の後ろ盾をほぼ失った貴女には、味方が必要でしょうから」


「ああ……幸いにも、私は仲間に恵まれたよ。一人じゃないだけで、随分と心強いものだ」


「MBF部ですか」


 冬眞が格納庫の方へ視線を移す。


「いいですね、ロボット。先ほど初めて実物をこの目で見ましたが、迫力がありました。あれが動くところを見てみたいものです」


「それなら、9月にあるエリア予選を見に来るといい。きっと楽しめるはずだ」


「……そうですね。機会があれば、秋乃さん――母も誘って観戦に行きます。知っていましたか? 実は、あの人の部屋にはロボットのプラモデルが飾ってあるんですよ。先ほど格納庫の中で見た、侍みたいなロボットのやつが」


「母が烈火を?」


 夏姫は驚き、目を大きく開いた。

 自分の知る母は、MBFのような競技に関心など微塵も寄せてはいなかった。

 大衆娯楽など時間の無駄と切り捨てるような人物だったはずだ。


「それでは、用件は済みましたし、私は帰ります。お元気で、姉上」


 背を向け、歩き去っていく冬眞。

 光一郎は「送ってくるわ」と夏姫に一言断り、少年の横に付いた。


「……母が私を見てくれた?」


 青空を見上げる夏姫の口から知らぬ間に、そんな言葉が零れた。

 

 ジワジワと蝉の鳴き声が耳に届く。

 日陰に居ても暑く、汗ばむ陽気。

 

 夏が始まった。



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