049 ヤマの代表校
暦は7月に移り、日に日に暑さが増していた。
未だ梅雨は空けず、今日もしとしとと小雨が降り続いている。
放課後になり、夏姫は格納庫の方へ足を進めていた。
その途中、シャツの胸ポケットに入れていたスマホが振動する。
見れば、関西にある日神学園MBF部の部員、上條蓮華からの着信であった。
「もしもし」
「おっ、夏姫さん? こうして声聞くの、久しぶりやなぁ、今電話大丈夫か?」
「ああ、今から部活に向かう所だから、少しだけなら構わないよ」
「そぉーかぁ、じゃ手短に」
蓮華が少し間を空ける。
夏姫は小首を傾げ、訝し気な表情を浮かべた。
これから供される話題に、心当たりは全くなかった。
彼女とは近況をメールでやり取りしていたくらいで、こうして電話を掛けてきたのも初めての事である。
蓮華が言葉を紡ぐ。
「個人戦ランキング1位の『志木健之助』、2週間の試合不出場でペナルティ貰ってランキング圏外になったようや。今、確認したけど名前が無ぉなっとる」
「……は? ランキング1位というと、ヤマの第四世代機である『熾炎』に乗っている選手の事か?」
「そうや、去年からずーっと1位の王座に君臨しとった選手や。私も何度か試合した事があるけど、一度も勝つ事が出来へんかった。夏姫さんは無敗のままとんとん拍子でランキング上がっとったさかい、アイツと当たる事があればオモロイ結果になったかもしれんのに残念や」
心底惜しそうに溜息を吐く蓮華。
夏姫は廊下の窓から見える鼠色の雲に視線を移した。
(烈火を製作した蜂谷製作所、そこが造った次世代機の熾炎。一度は相見まえてみたいと思っていたが……)
「1位だった志木とやらは、何故試合をしなかったんだ?」
「あー……心当たりならあるで」
電話先の蓮華の声のトーンが少し下がった。
暗い話を予感させる。
「知っとるかわからんけど、志木は去年の関東エリア――夏姫さんのいるエリアの代表校の選手や。全国大会に出場して、見事に優勝を果たした強豪校やで。うちの学校とは当たらんかったけど、その実力はヤマのトップに相応しいもんやった」
でもなぁ、と蓮華が続ける。
「去年の12月、ヤマの全国大会優勝校とメダリカの優勝校とで親善を兼ねたエキシビジョンマッチが行われた。結果はヤマの惨敗や。たった一機のマージギアに、ええようにやられてしもうたんや」
「……もしかして、『サタリス』か?」
夏姫の脳裏に浮かんだのは、純白の装甲を纏い、魔力の翼を生やしたカラクリ。
志島秋生の生命を刈り取った、死の天使の姿だった。
「知っとったか。せや、そのサタリスや。空を自由に飛び回り、見えない攻撃を繰り出す敵相手に、志木のチームは打つ手もなく敗北した。あまりに一方的な試合内容やったから、今ではMBF連盟の規制で試合の動画を見る事が出来んくなっとるくらいや。ヤマの名誉を守る為っちゅうお題目らしいけど、業腹やよなぁ」
思わず、スマホを持つ手に力が入ってしまった。
夏姫は廊下の壁に背を預ける。
(そうか……ヤマの優勝校でさえ、サタリスには手も足も出なかったか。桁違いの化け物だな、奴は)
身体がぶるりと震えた。
恐怖の感情に依るものではない。
武者震いだ。
「それで、志木に何があったんだ?」
「おそらく、心が折れたんやと思う。噂で聞いたんやけど、まず志木以外の選手がやる気なくして部活を辞めたり出んくなったらしいんや。だから、彼の高校は今年団体戦の試合を一度もやっとらん。ただ一人、志木だけは個人戦を続けとったようやけど、もう心が萎えてもうたんやないかな」
「……そうか」
その気持ちは分からないでもない。
戦場においても、死地を経験し心折れる兵士は居た。
(だけど、私は違うぞ、サタリス……絶対に私の剣をお前に届かせて見せる!)
夏姫は胸の内で気炎を揚げる。
カラクリ乗りとしての矜持と意地が、今の彼女を突き動かしていた。
「手短ってゆーたけど、長々話してもうたね。そろそろ切るわ、ほんなら」
「ああ、それじゃあまた」
通話が途切れる。
夏姫はスマホを仕舞い、玄関口で白い傘を差して歩き出した。
格納庫に入ると、既に他の部員は全員揃っていた。
「やぁ、夏姫さん……何か、あったのかい?」
近くに居た星也が、普段と違う雰囲気を纏う夏姫に気づき、疑問符を浮かべた。
夏姫は首を横に振る。
「いや、何も。ただ、やる気に満ち溢れているだけさ」
「……確かに、気合充分といった感じだね。心強いよ」
星也は口元に笑みを湛え、彼女に背を向けて手を上げた。
「30分後に団体戦が行われる。準備が出来たら、烈火に乗り込んでくれ。慣らしを兼ねて試合の予行演習をしておこう」
「了解」
夏姫はプレハブ小屋のロッカーに手荷物を預けた後、烈火の元に向かった。
移動階段を上り、胸部のハッチに手を掛けながらコクピットに乗り込む。
座席に深く腰掛け、前傾姿勢を取って操縦桿を握り締める。
魔導炉に魔力を注ぎ込み、烈火の装甲を紅く染め上げた。
※ ※ ※
約30分の練習を終えて、予定された団体戦の試合の時間となった。
シミュレータを停止し、モニターの映像が黒に染まる。
暗闇の中で暫し待っていると、マッチング終了の電子音がコクピット内に響いた。
モニターにカウントダウンが表示される。
3,2,1 ―― Fight!
仮想世界が構築され、モニターに景色が映し出される。
夏姫の搭乗する烈火は、無人の繁華街の中に佇んでいた。
周囲には、カラクリの姿をギリギリ隠せる程度の高さの雑居ビルが立ち並んでいる。
「街中のステージか。まずは予定通りに――」
烈火が膝を深く曲げた。
関節部がギシギシと悲鳴を上げるほど深く折り曲げ、魔力を脚部へ集中させる。
そして、赤きカラクリが天高く跳躍した。
「……見つけた」
空中から街を俯瞰し、索敵。
直線距離にして200メートル程離れた位置、小さな商店が並ぶ通りに敵機を捕捉する。
装甲を茶色に染めたナイトだ。
その手にはアサルトライフルとジャイアントソードがそれぞれ握られていた。
(相手の魔術属性は土。探知魔術を使えるかは分からないが、味方と合流させずに落とす事が出来れば、後が楽になる!)
地響きを立てて着地し、烈火が大太刀を肩に担いで走り出した。
全速力で通りを駆け抜け、大きな交差点を右へ曲がり、商店街へ突進する。
敵ナイトがこちらに背を向けて移動しているのが見えた。
(合流を図っているのか、ジャンプしたこちらの姿を見て逃げているだけなのか……兎にも角にも、速攻を仕掛ける!)
魔導炉に更なる魔力を注ぎ込み、烈火の機動力を増進させる。
足裏でアスファルトの地面を蹴り、瓦礫を宙に舞い上がらせた。
運動性能を犠牲に厚い魔導装甲を纏ったナイトでは、猛追する烈火からは到底逃げられない。
敵機は移動を諦め、旋回して向かい来る烈火と対峙した。
アサルトライフルの引き金を絞り、弾丸を連射する。
「その程度!」
魔導装甲を強化し、烈火が銃弾の雨の中を飛び込んで行く。
回避は試みない、一直線にナイトの元へと突き進む。
装甲に当たり、跳ねた弾丸が近くの雑居ビルの窓を割ってけたたましい音を響かせた。
銃弾にひるまず距離を詰めてくる烈火に対し、ナイトが魔術を行使する。
アスファルトの地面から土の壁が聳え立ち、両者の間を分けた。
土の魔術『土壁』だ。
「ラアアアアアッ!」
夏姫は烈火の速度を微塵も落とさずに走り続けた。
そして土壁の前で跳躍し、飛び蹴りをぶちかます。
固められた土が砕かれ、茶色い粉塵が辺りに散った。
「食らえッ!」
土壁を崩しながら、なおも速度を緩めずナイトに肉薄した烈火が、上段に構えた大太刀を振り下ろした。
ナイトはアサルトライフルを地面に落とし、両手でジャイアントソードを握って夏姫の一撃を受け止める。
刀身が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「シッ!」
夏姫は烈火の重心を落とし、ナイトの胴に蹴りを見舞った。
ナイトはたたらを踏み、後ろへ後退する。
烈火が前に進み出る。
そこへナイトが剣を真横に振り払った。
「ッ!」
判断は一瞬。
夏姫は烈火を地面に手が付く程低く屈ませ、その刃をやり過ごした。
同時に勢いよく膝を伸ばし、ナイトに向かって飛び込む。
構えた大太刀がナイトの厚い胸部装甲を貫き、剣先がコクピットを揺さぶった。
魔導炉が停止し、ナイトが崩れ落ちる。
「……まずは一つ」
夏姫は仰向けに倒れたナイトから大太刀を引き抜き、息を吐き出した。
首筋へ流れる汗を手の甲で拭い、乱れる呼吸を整える。
心臓がドクドクと早鐘を打っていた。
(他の皆は無事か……?)
全周モニターの上部へ視線を移し、青い空を見上げる。
チームのメンバーの安否を案じ、夏姫は再び索敵に開始した。
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