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004 昴星学園


 昴星学園は創立から百年以上の歴史を有する名門校である。

 古くから家柄の高い子息の受け入れに尽力し、その甲斐もあって、社交界では子どもをこの学園に入学させる事が一種のステータスになっていた。


(しかし、まぁ……高貴な家柄のお子様達でも、その心根まで気高いわけじゃないか)


 夏姫は三年D組の教室の片隅で、一人机に肘をついて窓の外を眺めていた。

 

 そんな彼女を遠巻きに、女子生徒達が噂話をひそひそと続けている。

 特段聞こうとせずとも自然と耳に入ってくるその内容は、大きく分けて二種類。

 王子からの婚約破棄と、山野朋子嬢に対するイジメについてである。


(イジメねぇ……)


 確かに柏陵院夏姫は、婚約者である新乃宮に近づく朋子を快く思っていなかった。

 彼女が彼に近づくのを阻んだ事も多々ある。

 最終的には彼女に手を上げてしまうに至るのだが、実際に陰湿なイジメを長々と行っていたという事実はなかった。


 それを取り仕切っていたのは――


「夏姫様」


 夏姫のもとに数人の女生徒達がやってきた。

 彼女たちは大財閥の令嬢である夏姫に媚びを売るため、いつも傍にすり寄ってきていた同級生――所謂、取り巻きである。

 

 夏姫自身は彼女たちを何とも思っておらず、ただの知人程度の扱いしかしていなかった。

 だが、傍に居る事を許されたと思っていた彼女たちは、夏姫の意の勝手に汲み取り、朋子への嫌がらせを日常的に行っていた。


(まぁ、その事実を知りながら止めもしなかった()も、確かに悪かったんだがね……)


 溜息を吐きながら、夏姫は取り巻きの生徒達を見やる。

 彼女たちの顔には、いかにも心配そうな表情が浮かんでいた。


「夏姫様、お身体の加減はいかがですか?」


「新乃宮様との婚約破棄の件、あれは正式にお決まりになられたのでしょうか?」


「あの女、あれからも新乃宮様や銀城様に取り入ってて……許せませんわ!」


 口々に好き勝手物を言う女生徒達を胡乱気に眺め、夏姫は再び溜息を吐いた。


「すまない、気分が優れないんだ。一人にしてくれないか」


 彼女の言葉に、取り巻き達は互いに顔を見合わせ、それからしずしずと下がって行った。

 

 夏姫は頬杖を付き、窓の外に視線を移す。

 桜の花も既に散り終わり、青々とした葉が風に揺れていた。


(平和だな……)


 新乃宮の事も、山野朋子の事も、今の夏姫には全く関心が抱けなかった。

 新乃宮に対する焦れるような恋心も、すっかり失われてしまっている。

 婚約破棄についても、煩わしい枷が外れてむしろラッキーだったと思わずにはいられない。


(山野朋子には……あとでちゃんと謝罪をしておくべきか。取り巻き連中にも、もうイジメなどするなと釘を刺しておかなければな……全く、本当に面倒だ)


 そんな事をぼんやりと考えていると、教室のスピーカーから予鈴が鳴り響いた。

 

 担任であろう初老に差し掛かった女性教諭が教室に入ってくる。

 退院したばかりの夏姫は、今日初めて彼女の姿を目にした。

 

 担任教諭は夏姫の姿を認めると、僅かに頭を下げて柔和な笑顔を見せた。

 夏姫は小さく会釈して、それに応える。


 それからホームルームの時間を終え、授業が始まった。

 昴星学園の偏差値は中々に高く、授業のレベルもそれに合わせて難しい。

 しかし柏陵院夏姫にとっては簡易なものであり、教師の出す問題もすらすらと答えられた。


(今までの()にはちんぷんかんぷんだったであろう問題も、夏姫にとっては朝飯前か。頭はいいんだな、()よ)


 体育の授業では、持久走が行われた。

 グラウンドを数十分走るだけの、退屈かつ辛い内容に周りの女子生徒達から不満の声が上がる。

 それでも授業内容に変更はなく、夏姫は自身の力を測るように走り抜いた。

 その結果、他の女子を置いて断トツの結果を獲得することに成功する。


(身体能力も悪くないな。まぁ、まだまだ鍛える余地はあるが……)


 乱れた呼吸を整えながら、夏姫はストレッチを行う。

 筋肉がほどよく付き、関節も柔らかな彼女の肢体は、ある種の肉体美を体現するかのようだった。

 しかし、志島秋生としての感性では、自身の運動能力に不満が残るようである。


(とりあえず、走り込みと筋トレから始めてみるか)


 肩をクルクルと回しながら、夏姫はそんな決意を固めていた。


 体育の授業が終わると、昼休みになった。

 光一郎に作ってもらった弁当を鞄から取り出し、夏姫は席を立つ。


(昼休みまで取り巻き達に喚かれてたら敵わん……どこか静かなところで昼食を取ろう)


 弁当の包みを手に、夏姫は目的地の候補を頭に浮かべた。


(中庭のベンチに座って食べるか、食堂に弁当を持ち込むのもありか。しかしどちらも人気(ひとけ)が多いから、取り巻き連中に見つかるかもしれん……)


 足を動かしながら、思案に暮れる。

 その身体は、階段をコツコツと登り、屋上に通じる扉の前まで自然とやって来ていた。


(屋上――ここなら静かに飯を食えそうだ)


 ドアノブに手を伸ばすと、なんの抵抗もなく扉は開いた。

 水平に広がる青空が視界に飛び込んでくる。

 夏姫は網格子のフェンスに近寄り、地面の方を見下ろした。


(……生徒が自殺を図ったってのに、屋上は開放されっぱなしか。まぁ、内密に処理されたのなら、閉鎖されるのも不自然だからな)


 フェンスの下、中庭には、桜の木や茂みが植えられている。

 夏姫は飛び降りた際に、あの木と茂みによって命を救われた。

 じっと緑の中庭を見下ろした後、夏姫はおもむろにフェンスから離れた。


(何か――夏姫の自我が甦るような何かが、ここにはあるかもしれないと思ったが、全く何も起きないな)


 ふぅ、と溜息を吐き、夏姫は屋上に設置されたベンチに腰掛けた。

 弁当の包みを足の上に置き、暫くぼうっと春の陽気に身を委ねる。

 時折吹く風が頬を心地よく撫ぜ、ウェーブがかった髪をなびかせていった。

 

 何とはなしに屋上から遠くの街並やビル群を順繰りに眺めていると、グラウンドの傍に建っている大きな建築物に目が留まった。


(倉庫?)


 学園には不釣り合いなほど大きな倉庫である。

 少なくとも、体育用具等を収めているだけの倉庫には見えない。


(……この感覚は――)


 訝し気に眉根を寄せながら、夏姫は手のひらを倉庫の方へ向け、意識を集中させる。


「やっぱり……これは魔力の反応だ」


 眼下の倉庫からは、懐かしき魔導の力を確かに感じられた。



 

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