047 フロッグマンG
「……さぁ、やるぞ」
すばるは己に小さく活を入れ、操縦桿に手を伸ばした。
魔導炉に魔力を注ぎ込み、機体をエネルギーで満たしていく。
白かったフロッグマンGの魔導装甲が、緑と黄色に彩られた。
「準備出来ました、試合のマッチングをお願いします」
全周モニターの下部に視線を落とし、こちらを見上げている夏姫に外部スピーカーで声を掛ける。
彼女は軽く手を上げた後、手元にあるタブレットを操作した。
モニターの映像が遮断され、辺りが暗闇に染まる。
(初めての試合から2か月以上、ずっと練習を続けてきたんだ。今こそ、その成果を見せる時……!)
新しく搬入されたすばるの搭乗するカラクリ、フロッグマンG。
慣らし運転を済ませ、今まさに試合が始まろうとしていた。
(あぁ、緊張するなぁ……初めての試合の時より、ずっとドキドキしてる。あの時の私は、何も持っていなかったから。でも、今は積み重ねた練習時間と部の皆の期待を背負ってるんだ。あの時みたいに、無様に負けるわけにはいかない)
肺が一杯になるまで息を吸い、細く長く吐き出す。
夏姫が教えてくれたルーティンを繰り返し、心の平静を図る。
そうしているうちにマッチングが完了し、ピーンという電子音が鳴り響いた。
モニターにカウントダウンが表示される。
3,2,1 ―― Fight!
暗かったコクピットに光が満ちる。
フロッグマンGは青い空の下、切り立った崖の上に佇んでいた。
数百メートル離れた位置に、敵機の姿を視認できる。
(あれは……珍しい! シールドマンだ!)
すばるは黒縁眼鏡のレンズを光らせ、口元に笑みを作った。
魔導装甲を青色に染めた敵機は、メダリカの第三世代機『シールドマン』である。
装甲の厚さは並み、機動力はファイター以下、パワーは烈火未満というカタログスペック上では殆ど良い点を見出せない機体だ。
ただ、左腕の甲から直接生えている厚い盾が、その機体を近接戦特化型としての性能を高めていた。
(あの盾は魔導炉の生み出す魔力で防御力を高められる、魔導装甲の延長のようなもの。アサルトライフル程度の火力では貫通出来ないだろうな……厳しい試合になりそう……)
すばるは緊張からごくりと喉を鳴らした。
シールドマンは同国で製作された第三世代機『フロッグマンG』と比べてマイナーな機体だ。
それなりの機動力を有し、魔力放射装置の火力を合わせ持つフロッグマンGのポテンシャルの高さと比較すると、どうしても劣っていると見られがちである。
メダリカの同盟国であったエイリスのファイターやナイトと並べるには、オフェンス役としてもディフェンス役としても力不足な印象は拭えない。
(あの盾の部分だけ見れば、ナイト以上の優秀な防御力があるんだよね。機動力も全身厚い装甲で覆われたナイトよりは上……)
すばるはフロッグマンGの左腕に携帯していたアサルトライフルを構えた。
銃口を敵機に向け、引き金を引く。
フルオートで連射される弾丸が、シールドマンに襲い掛かった。
(やっぱり、アサルトライフルは殆ど効果無しか……)
シールドマンが左腕の盾を前方に構えながら走り出す。
盾に当たった銃弾が次々と弾かれ、甲高い音が周囲に鳴り響いた。
フロッグマンGの射撃など物ともせず、敵機はその右手に携えたジャイアントソードが届く間合いまで、真っすぐに距離を詰めんとしている。
すばるはアサルトライフルによる牽制を止めず、右手に魔力を集中させた。
(――今!)
相手をギリギリまで引き付け、フロッグマンが一歩前に踏み出した。
右腕を伸ばし、手のひらをシールドマンに向ける。
「空圧波!」
星也が得意とする、風の塊を放つ魔術だ。
シールドマンはそれに対し、足を止めて腰を深く下ろした。
盾を構え、襲い来る風圧に耐え抜く。
(やっぱり駄目……! お兄様のように相手の機体を煽る程の魔術は、私には使えない!)
すばるは悔し気に歯噛みし、フロッグマンGを敵機の周囲を回るように移動させた。
アサルトライフルを撃ち続けながら、両手の魔導放射装置に全霊の魔力を注ぎ込む。
シールドマンは機体を旋回させて銃弾を盾で受け止め、再びフロッグマンの元へ距離を詰め始めた。
「りゃああああ!」
敵機の持つ剣の刃が間合いに入る寸前、フロッグマンGの右手から魔導レーザーが放たれた。
シールドマンは魔力反応の圧を事前に察知し、右へステップするように跳んで光線を躱す。
それと同時にフロッグマンGはライフルを地面に落とし、細長い左腕を差し伸ばした。
既に魔力が充填され、光り輝く手を敵機へ向ける。
「これはどうだっ!」
フロッグマンGから次なる魔導レーザーが放たれた。
第一射を避けたばかりのシールドマンは体勢を整えきれておらず、左腕から生えた盾を咄嗟に構える。
魔導レーザーが厚い盾を真正面から捉え、金属が拉げる音が辺りに鳴り響いた。
「――なっ!?」
すばるが絶句する。
シールドマンは魔導レーザーが接触すると共に、盾を勢いよく横に払っていた。
そのまま直進していれば胸部装甲の奥にあるコクピットを貫いていたであろう光線、その軌道を盾で強引に変えたのだ。
盾諸共左腕を魔導レーザーで抉り飛ばされたシールドマンは、間隙を置かず右腕のジャイアントソードを振り被って突っ込んできた。
(まさか魔導レーザーを盾で弾き飛ばすなんて! もう放射装置に魔力を充填させている時間はないッ!)
隻腕のシールドマンがフロッグマンGに肉薄する。
曲がりなりにも近接戦闘特化型に分類されるシールドマンが、己の得意とする間合いに踏み入ったのだ。
敗北の二文字が、すばるの脳裏を掠めた。
(――まだッ!)
同時にすばるは思い出す――どんな逆境でも諦めず、全力を尽くせと言った彼女の言葉を。
フロッグマンGが前に飛び出した。
振り下ろされるシールドマンの巨大な刀剣、その柄を握り締める右手首をフロッグマンGが細長い腕を伸ばして掴んだ。
そして飛び出した勢いのまま敵機に体当たりをかまし、相手の重心を崩す。
(そうだ! 白兵戦の訓練だって、ずっと学んできたんだ! 今の私なら、絶対にできる!)
敵機を押し込み、重心を傾けたところで、軸足を刈り取るように足で払う。
元々左腕を失い体幹を崩されていたシールドマンは、呆気なく仰向けに倒された。
その上にフロッグマンGがのしかかり、相手の右腕を押さえつけたまま、左手を胸部装甲の上に置く。
すばるは最後の魔力を振り絞り、魔力放射装置を光り輝かせた。
「食らえええぇッ!」
超至近距離から放たれた魔導レーザーが、シールドマンの胸部を抉ってコクピットにぶち当たった。
敵機はビクリと跳ねたのち、魔導炉を完全に停止させる。
装甲から色が失われていった。
「ハァ……ハァ……」
魔力量が少ないすばるにとって、短時間のうちに魔導レーザーを連射するのは、己が思っていた以上に負担が大きかった。
心臓が痛いくらいに脈動し、耳の奥で反響いている。
額から玉のような汗が次々に流れ、顎先からポタポタと床に落ちていった。
《WINNER 銀城すばる》
コクピット内に勝者を告げるアナウンスが流れる。
すばるは反射的に操縦桿から手を離し、操縦席に上半身を預けた。
胸に手を当てて呼吸を整え、それからおもむろに右腕を上げる。
その顔には、曇りのない笑みが浮かんでいた。
「勝った……勝ちましたよ、皆さん! 見ててくれましたか!?」
タブレットで見ていてくれるであろう部の仲間達に向けて、声高にメッセージを送る。
こうしてすばるは個人戦初勝利を飾った。
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