046 梅雨の一幕
鉛色の空から降る雨粒が、格納庫のトタン屋根を叩き続けている。
天窓に差す光も今日は頼り無く、天井にぶら下がる照明が広いドック内を人工の光で照らしていた。
魔導装甲の色を染め、シミュレータを起動している4機のカラクリ。
それらの前に佇み、夏姫はじっと待機していた。
「連日、雨天が続いていますね」
声がした方へ振り向けば、プレハブ小屋から白衣姿の白田が歩いて来ているのが見える。
夏姫はこくりと頷き、再びカラクリに視線を移し直した。
「梅雨ですからね」
「ご尤も」
横に立った白田が、柔和な笑顔を浮かべる。
彼も本当に天気の話をしたいわけではないだろう。
会話の導入の為の軽い世間話だ。
「烈火には今、誰が乗っていらっしゃるのですか?」
「星也です。近接戦闘特化型のカラクリについて、直に触って学びたいそうで」
「なるほど、大切な事ですね。自身が乗るカラクリ以外の機体性能を知る事は、MBFでもきっとプラスになるでしょう」
白田が持論を述べ、夏姫もそれに同意する。
「私もレーベやフェイローに実際に乗ってみて、改めて学ぶ事が沢山ありました。レーベは予想以上の俊敏さで動く事ができ、まるで本物の獣のようなしなやかさな挙動に驚かされました。フェイローはエイリスのファイターと同程度の機動力を有し、その速度で敵機に詰め寄って放たれる魔光拳はまさに脅威の一言に尽きます」
「ドルクのビーストシリーズやシェンのマージギアはマイナーですが、採用する学校はそれなりにあります。試合でマイナー機体を初めて見て性能を見誤り敗北、というのは強豪校の選手でもよくある話ですね」
「肝に銘じておきます」
夏姫は胸に手を当て、忠告を自身に刻み付けるように目を閉じた。
少しだけ、両者の間に沈黙が訪れる。
降り注ぐ雨が屋根の上でパラパラと音を立て、地面の水溜まりでピチャピチャと跳ねている。
静かな梅雨のメロディーが格納庫内に響いていた。
「ああ、そういえば――」
白田がハタと用件を思い出し、白衣からタブレットを取り出した。
液晶を指先で操作し、夏姫の前に掲示する。
「先ほどの試合で、フロッグマンGを搬入出来るだけのポイントが貯まりました。手続きをしておきましょうか?」
夏姫はタブレットに顔を寄せて、昴星学園の獲得合計ポイントを確認する。
そこには確かにすばるが希望するカラクリを搬入出来るだけの数字が表示されていた。
夏姫、星也に続いて光一郎と朋子も個人戦の試合を行うようになっており、最近のポイントの貯まり方は以前より格段に早くなっている。
「そうですね。すばるも希望する機体に変更はないようでしたので、手続きをお願いできますか」
「かしこまりました。では、早速取り掛かることにいたします」
白田が慇懃に頭を下げ、プレハブ小屋へ戻って行く。
夏姫は改めて悠然と佇むカラクリ達を見回した。
(これで5体目……ようやく部員全員に機体が行き渡る事になるな。フロッグマンGが届いたら、団体戦に向けて仲間との連携を密に取れるよう練習しなければ……)
少しだけ夏姫の口の端が上げる。
昴星学園MBF部のメンバーは、着実に成長を遂げていた。
チームを組んで戦える事が、今はとても楽しみだった。
※ ※ ※
「あっ!」
時刻は午後6時を回り、部活動を切り上げて下校する段となった。
格納庫の出入り口の前に立ち、傘を開こうとしていた光一郎が、何かに気づいたかのように大きな声を上げる。
夏姫は小さく首を傾げた。
「どうしたんだ、光一郎?」
「朝から何かやり忘れてるって、ずっとモヤモヤしてたんだよなぁ……」
光一郎は後頭部をワシワシと掻きながら、夏姫に向き直る。
そしてスッと頭を下げた。
「すまん、お嬢様。飯を炊き忘れた」
光一郎は毎日夕食の時間に合わせて白米が炊けるよう、炊飯器に予約を仕込んでから登校するようにしていた。
今日はそれを怠ってしまったのだ。
夏姫は軽く手を上げて首を横に振った。
「何だ、そんな事か。気にするな、光一郎。弁当でも買って帰ればいいだろう」
「んー、そうだな……冷蔵庫の中の食材はまだ腐るようなモンはないか……」
光一郎は顎に手を当てて、思案を巡らせている。
それを横で聞いていた朋子が両手をパンと合わせた。
「あっ、それなら今日は一緒に食事をして帰らない? うちの両親、今日は出掛けて留守にしてるから、どこかで済ませなきゃいけないんだよね」
「ああ、私は構わないよ」
夏姫は朋子の提案に頷き、それから光一郎に視線を送る。
彼女の食事や買い物の管理の一切は彼が担っていた。
光一郎は小さな吐息を漏らした後、コクリと頷く。
「いいんじゃねぇの、偶にはな」
「ホント? やった! じゃあ、どこ行こうか? 近いのは駅前にあるファミレスかハンバーガー屋さんかなぁ」
朋子がニッコリと嬉しそうに笑い、行先の候補を挙げ始める。
「ズルいです!」
プレハブ小屋に置かれたロッカーに白衣を仕舞ってきたすばるが、三人のやり取りを聞いて声を上げた。
眼鏡の奥にある瞳で、兄を見上げる。
「私も皆で一緒に夕ご飯を食べたいです、お兄様!」
「そう言われてもな……コックが家で料理を用意しているだろうし、彼らの頑張りを無為にしては失礼だろう」
妹の我が儘に、星也は正論で返した。
すばるはムゥーと頬を膨らませる。
「ちょっと摘まむくらいなら大丈夫なんじゃないかな? ポテトのSサイズくらいなら、夕食もお腹に入るだろうし」
朋子がフォローを入れると、すばるが目を輝かせた。
「さすが朋子先輩! 良い事を言いますね!」
「まぁ、それくらいならいいか」
話も纏まったところで、一行は傘を差して歩き出した。
太陽は西の雲の裏にあるらしく、そちらの方だけ少し明るい。
「こうやって揃って下校するのは初めてだな」
「そうだね。夏姫さんと光一郎君とは帰る道が違うし、星也さんとすばるちゃんはおうちから車で登下校してるもんね。なんだか新鮮で楽しい!」
夏姫が話しかけると、朋子が笑顔で答えた。
後方では星也がスマホで送迎係に連絡を取っている。
細かい雨が降る中、一行は最寄駅にあるハンバーガーショップにまで移動した。
傘を折り畳み、店先に用意されたビニール袋に収めて入店する。
「いらっしゃいませー!」
自動扉が開くと同時に、カウンターから店員の活気溢れる歓迎の声が店内に響き渡った。
食事時という事もあり、それなりに客の姿が見受けられる。
夏姫たちは二手に分かれ、カウンター前の行列に並んだ。
「そういや、お嬢様。こういう所って来た事あるのか?」
「いや、初めてだ」
光一郎に尋ねられ、夏姫は首を横に振った。
厳格な家に生まれ、友人と外出するような機会も無かった夏姫にとって、この手の店は縁遠い物だった。
「だよなぁ。まず、店内で食べるかテイクアウトするかを尋ねられるから、店内で食べると答えるんだ。それから、セットメニューの中からバーガーを選んで……」
「お次のお客様、どうぞー!」
光一郎が注文の作法をレクチャーしていると、女性店員に呼ばれた。
夏姫は手をひらひらと振り、「任せておけ」と光一郎の傍から離れる。
「いらっしゃいませー! 本日はこの場でお召し上がりでしょうか?」
「はい、ここで食べます」
「ご注文はお決まりでしょうかー?」
「セットメニューの……」
カウンターの上に置かれたメニューに視線を落とす。
様々な種類のバーガーが写真入りで表記されており、思わず目移りしてしまう。
夏姫はとりあえず、レタスとこんがり焼かれたベーコンが追加されたハンバーガーを指さした。
「これのセットをお願いします」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「アイスティーをください」
「ポテトとお飲み物のサイズはいかがなさいますかー? 今ならLサイズの上のDXサイズに、大変お得にサイズアップが可能です」
「……じゃあ、お願いします」
「バーガーのパティを増やす事も出来ますが、いかがなさいましょう」
「? パティ? それもお願いします」
「只今キャンペーン中でして、サイドメニューをご購入いただくとお得なクジを引くことができます」
「ああ、はい。それじゃあ――」
店員に流されるまま注文を続けていた夏姫の両肩に、ポンと手が乗せられた。
振り返れば、星也と光一郎が呆れたような表情で立っている。
「注文は以上です」
「会計をお願いします」
「? どうしたんだ、二人とも?」
首を傾げる夏姫の手を、後ろに控えていたすばるが引っ張って店内の隅に移動させた。
その先では朋子が苦笑いを浮かべているのが見える。
「アハハ……もしかして、夏姫さんってセールストークに弱い?」
「夏姫先輩、あんなに注文して食べ切れるんですか?」
二人に問われ、夏姫は戸惑う。
箱入り娘だった柏陵院夏姫と、中等部卒業後には戦場に赴いていた志島秋生。
両者共に社会に対する勉強が不足していた。
(なるほど……これはボリュームがあるな)
夏姫の胃袋はそこまで大きな方ではない。
トレイの上に並べられた注文の品を前に、彼女は眉を顰めた。
「大丈夫、食べ切れなかったら手伝うよ」
「私もポテトなら幾らでも入ります」
朋子とすばるがフォローを入れる。
山盛りのポテトは皆でシェアし片付けた。
飲み物は分ける事が出来ず、結局持ち帰るはめになってしまった。
(あの手の店では普通のサイズのセットだけを頼めばいいんだな、勉強になった)
すっかり暗くなった雨の夜の帰り道、傘の下で夏姫はほんの少しだけ成長した。
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