045 魔光拳
「それじゃあ、行ってくるね」
「ああ、武運を祈ってるよ」
フェイローの慣らし運転を終えて休憩を挟んだ後、早速試合をする運びになった。
朋子が両手を握り締めて奮起して見せると、夏姫は胸に手を当てて小さく頷いた。
それが妙に嬉しく、朋子はクルッと彼女から顔を背けてしまう。
(いけない、何か顔がにやけちゃうな……私、この学園で女の子の友達あまり作れなかったから、こういう信頼関係を築けて本当に嬉しい)
頬べたを手のひらでモニモニほぐしながら、移動階段を革靴の底でカンカンと鳴らして登っていく。
フェイローのコクピットに近づくにつれ、緊張が増してきた。
朋子は気を引き締め直し、薄桃色の唇を真横に結ぶ。
(さぁ、やるぞ!)
搭乗席に深く腰掛け、前傾姿勢を取った。
2本の操縦桿を握り締め、魔導炉を稼働させる。
魔力が鉄の巨人の隅々にまで行き渡り、フェイローの魔導装甲を青く染め上げた。
「準備OKだよ。いつでも始めて、すばるちゃん」
「了解です。ご武運を」
外部スピーカーを用いて外で待機しているすばるに声を掛ける。
彼女がタブレットを操作すると、コクピット内が暗闇に包まれた。
暫く待つとピーンと電子音が鳴り、試合のマッチングが完了する。
カウントダウンが始まった。
3,2,1 ―― Fight!
視界が開ける。
フェイローは闘技場の中に居た。
周囲には無人の観覧席があり、前方には金属の壁が土面から生えている。
(闘技場ステージ! という事は、ショート! 敵はすぐ近くに居る!)
MBFの試合は、ステージによって『ロング』と『ショート』の傾向に分ける事が出来た。
ロングは山間や街中のように隠れられる場所が多く、索敵に時間を要するステージを指す。
ショートは草原や闘技場を例として挙げられ、障害物が少なく敵機をすぐに捕捉可能なステージの事を呼んだ。
一部の例外はあれ、ショートならば探知魔術を持たない者も奇襲を避けられる為、朋子にとっては嬉しいランダムセレクトの結果だ。
(……多分、敵は前方の壁の裏側に居る)
高さ20メートル程の金属の壁の側面に指を掛け、フェイローはゆっくりと身を乗り出して周囲を確認した。
距離300メートル超離れた場所に、フェイローの前に立つ金属の壁と同じものが聳え立っている。
その裏に敵機が潜んでいると予想し、朋子は頭を捻らせる。
(さて、どうしよう。フェイローは近接戦闘特化型。兎にも角にも、相手と距離を詰めなくちゃ駄目だよね。問題は、こっちから出向くか、相手が突っ込んでくるのを待つかだけど……)
暫く唸り声を上げた後、朋子はパンと両手で頬を挟んで気合を入れた。
改めて操縦桿に手を伸ばし、魔導炉に魔力を注ぎ込む。
(ここは光一郎君を見習おう! 考えるな、突き進めッ!)
フェイローが壁の横から飛び出し、前方へ走り出した。
魔導炉に更なる魔力を注ぎ込み、過剰エネルギーを脚部に集中。
機動力を増進させ、前傾姿勢になったフェイローが疾駆する。
「壁の後ろに隠れてるんでしょ! だったら――!」
関節部が軋むほど膝を深く曲げ、青きカラクリが天高く跳躍した。
壁を飛び越え、真下に居る敵機に攻撃を加える算段だ。
「なっ!?」
しかし、朋子の目論見は完全に外れてしまった。
敵機――魔導装甲を赤く染めたローアの『タイラント』は、壁から更に数十メートルほど離れた場所に陣取っていたのだ。
既に魔力を充填させていた右腕の大砲を、空中に居るフェイローに向ける。
(うかつ――壁の裏でこちらが近づいてくるのを待っていると思ってたのに!)
一瞬にして後悔が胸の内を埋め尽くす。
だが、敵機はそんな彼女に情けをかけてくれたりはしない。
タイラントの右腕から、巨大な魔力の砲弾が発射された。
「ッまだ!」
朋子はフェイローの両腕を胸の前でクロスさせ、腰の方へ引いた。
蒼き魔力の光が両手に宿る。
「こんのォッ!」
迫りくる魔力弾に対し、フェイローが右腕を振るう。
繰り出した裏拳が魔力弾を捕らえた。
衝撃でフェイローの肘や手首の関節部が異音を立てて軋む。
朋子は顔を顰め、歯を強く噛み締めた。
魔導炉に全身全霊の魔力を注ぎ込む。
「りゃああああああッ!」
フェイローが右腕を振り抜いた。
弾き飛ばされたタイラントの魔力弾が無人の観客席の方へ飛んでいき、派手な音を立てて周囲を破砕する。
「次はこっちの番だよ!」
敵陣の壁の向こう側に着地したフェイローが、すぐさまタイラントに向かって駆け出した。
必殺の一撃を弾かれたタイラントは焦ったような挙動を見せた後、再び右腕に魔力をチャージする。
しっかりと狙いを定め、砲撃。
「そんなのッ!」
砲弾が放出される前に発生する魔力反応の圧を感知し、朋子は機体を敵機に対して斜め方向へ移動させた。
魔力弾が真横を掠めていく。
闇雲に弾を撃ったところで、機動力に特化したカラクリには無意味だ。
「うりゃああああッ!」
フェイローの拳の間合いにタイラントが入った。
朋子は機体を一歩大きく踏み出させ、上半身を捻らせる。
腰の回転を加え、空気を切り裂くような右ストレートが放たれた。
蒼き魔力の光を煌めかせ、フェイローの拳がタイラントの胸部装甲に叩きつけられる。
金属が拉げる甲高い音が鳴り響き、敵機が後方へ弾けるように吹き飛ばされた。
背中から地面に激突し、バウンドを繰り返して身体をグルグルと回転させる。
最終的に観客席前の壁にぶち当たり、タイラントは倒れ伏した。
微動だにしなくなった機体の魔導装甲から、色がサッと失われる。
「……倒した?」
朋子は目の前の光景が信じられないかのように呟き、フェイローの魔力を湛えた右手を眺めた。
予想していたよりも、遥かに凄まじいパンチの威力だった。
10メートルを超える鉄の巨人が地面を転がっていく様は、呆気に取られるには十分だろう。
《WINNER 山野朋子》
抑揚のないナレーションが、コクピット内に響き渡る。
そこでようやく勝利を実感し、朋子は笑みを浮かべた。
「……勝った! やった! 勝ったよ、みんな!」
大輪の花のような笑顔でピースサインを作り、タブレットで見ているであろう仲間たちに喜びを伝える。
山野朋子の初戦は、見事白星を飾る結果に終わった。
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