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044 フェイロー


 体育祭が終わり、暦は6月に移る。


 厚い灰色の雲から大量の雨粒が降り注いでいた。

 ザァザァと勢いよく天から落ちて、窓ガラスをバシャバシャと叩いている。


「よく……降りますね……」


 昼休み、昴星学園3年D組の教室。

 夏姫は嶋良江と共に昼ご飯を食べていた。

 弁当に伸びていた箸を止め、窓の外を見遣る。


「そうだな。もう梅雨の季節か」


 徐々に気温が増し、湿気が高まる季節。

 衣替えが行われ、夏服を身に纏うようになったがじっとりとした不快感は拭えない。

 どんよりとした空模様が続き、少しだけ憂鬱になる。


(日課のランニングも、青空の下を走れなくなるのが辛いな。撥水性の良いトレーニングウェアはあるから、走る事自体は続けられるが……)


 ふぅ、と小さく溜息を吐く。

 物憂げな表情をする夏姫を見て、良江は話題を変えた。


「そういえば……柏陵院さんは部活動をされているんですよね。大会とかはあるんですか?」


「ああ、MBF全国大会のエリア予選が9月から始まる予定だ」


 夏姫の言葉に良江は左手をキュッと握りしめた。

 大きな三白眼で夏姫の瞳を見る。


「絶対見に行きます……頑張ってください」


「……ああ、ありがとう。嬉しいよ」


 夏姫は良江の静かな気迫に少々気圧され、上半身を僅かに後ろに逸らす。

 ニコリと笑顔を浮かべ、彼女はカバンから取り出したメモ帳に何やら記していた。


(嶋さん、何か様子が変わったか?)


 嶋良江は余り社交的な性格ではなく、クラスでも孤立しがちな少女だった。

 そんな彼女が体育祭以降、少し明るくなったように思える。

 三人四脚を共にした夏姫や岡沙苗に、積極的に話しかけるようになっていた。


(部の仲間以外に交友関係が少なかった私には、有難い事だな)


 夏姫は空になった弁当箱の前で手を合わせ、包みに戻した。

 水筒から熱いお茶をコップに注ぎ、食後の余韻に浸る。

 外からエンジンの駆動音が耳に届いたのは、ちょうどその時だった。


(ん……あれは)


 降りしきる雨の中、ヘッドライトを点灯して走る大型輸送車の姿が見える。

 格納庫方面へ走るその車に手のひらを向け、ひらひらと振った。

 魔導炉が発する微弱な魔力の残滓を感じ取り、夏姫は口の端を上げる。


(これで4機目か)


 シャツの胸ポケットに仕舞っていたスマホが振動した。

 液晶を見れば、メッセージアプリに着信がある。

 MBF部のグループチャットにすばるのトークが届けられていた。


『たった今、朋子先輩のフェイローが搬入されたようですよ!』


 メッセージの後にハートを浮かべた犬のスタンプが挿入される。

 暫くすると朋子からのメッセージもリアルタイムで送られてきた。


『ホント!?』

『やったー! 私フェイローに乗るのずっと楽しみだったんだ!』


 ワクワクというオノマトペを背景にした猫のキャラのスタンプが押される。

 夏姫はフッと笑い、ごく短くメッセージを入れてスタンプを押しておいた。


「柏陵院さん……楽しそうですね」


 スマホを仕舞いながら視線を上げると、微笑んでいる良江と目が合った。

 夏姫は素直に首肯する。


「部に新しい機体が届けられたんだ。これでまた一歩、全国大会への道を進めた」


「全国大会……やっぱり目標は――」


「優勝。それ以外、有り得ない」


 堂々と断言する。

 少しだけ驚いた様子を見せた後、良江は柔らかい笑みを再び浮かべた。


「やっぱり凄いですね……柏陵院さんは。私はそんなに大きな目標を立てた事がありません……」


「目標に邁進するのは楽しいものだよ。苦楽を共にする仲間が居るなら、なおさらにな」


「そうですね……私も何か探してみようと思います。全力で打ち込めるような何かを」


 良江が眩しいものを見るかのように目を細める。

 夏姫は「それはいい」と頷き、一気にコップのお茶を煽ぎ飲み干した。



 ※  ※  ※



 シェンの第三世代機『フェイロー』。

 魔導装甲を薄く設計したこの軽量級のカラクリは、曲線が多く、どことなく女性を思わせるシルエットをしていた。

 同じ近接戦闘特化型の烈火と比べると、一回り程スリムである。


「それじゃ、やってみるね」


 仮想空間、平原ステージ。

 緑の草が一面に生い茂る世界に、朋子の乗るフェイローと夏姫が搭乗する烈火の姿があった。


「ああ、独自機構である『魔光拳(まこうけん)』とやら、しかと見せてくれ」


 夏姫に促され、透き通るような水色に魔導装甲を染めたフェイローが構えを取る。

 胸の前で腕をクロスさせ、気合を込めて両の拳を腰へ引いた。


「ハァッ!」


 フェイローの拳に魔力が、純然たるエネルギーが可視化されて纏わる。

 水の属性相が色濃く反映された青い闘気が陽炎のように立ち上っていた。


「それが魔光拳か……実際にこの目にするのは初めてだ」


 夏姫が顎先に白い指を当て、興味深そうにフェイローの拳をまじまじと見つめる。

 朋子はフェイローの拳を数度開閉させた後、ボクシングの構えを取った。

 左腕で数度ジャブを放ち、右腕でストレートを放つ。

 拳の軌跡が蒼い残光を煌めかせた。


「こんな感じかな? 凄い力が手に集まってるのが分かるけど……」


「少し試してみようか」


 烈火が大地に突き刺していた大太刀を抜き、肩に担いだ。

 両手で柄を握り締める。


「これから本気でキミを斬りにかかる。上段からフェイローを唐竹割りに真っ二つにする。その斬撃を止めてみせてくれ」


「へぇあ!? ちょっ、夏姫さん、本気!?」


 フェイローが両腕を伸ばしてブンブンと手を振る。

 夏姫はそれ以上何も言わず、烈火をフェイローの元へゆっくりと歩かせた。

 両者の距離が縮まっていく。


「うっ……ぐ、本気なんだね!」


 覚悟を決めた朋子が、フェイローの重心を落として攻撃に備えた。

 烈火が歩み寄る。

 大太刀の間合いに、今入った。


「シッ!」


 烈火が一歩大きく踏み出しながら、上段に構えた大太刀を勢いよく振り下ろした。

 フェイローは右腕を掬い上げるように振り上げ、迫りくる刃に掌底を打ち放つ。

 甲高い金属音が仮想空間に鳴り響いた。


「――ッ!」


 夏姫は息を呑んだ。

 刃が止められている。

 全力で振るった大太刀を、フェイローの手のひらが受け止めていた。


(カラクリの中で最も堅牢と言われているナイトの魔導装甲を切り裂ける一太刀を、易々と手で受け止められるのか! 素晴らしい!)


 夏姫は烈火の腕を引き、大太刀を地面に突き刺した。

 満足げに頷き、モニターのワイプ越しに朋子に話しかける。


「凄かったよ、朋子。よく受け止めたな」


「ホント? 良かったぁ~……て言うか、真剣振り下ろされるのホントに怖かったんだからね!」


 朋子が膨れ面をしてブーブーと怒っている。

 夏姫はその抗議を軽く受け流した。


「そのくらいで参っていられたら困る。フェイローは前衛の機体なんだ、剣を持つカラクリとも渡り合っていかなければならない。魔光拳で刀身を止める機会も多くなる筈だ」


「あぁ……そっか、そうだよね」


 淡い魔力の光を纏うフェイローの両手をまじまじと眺める朋子。

 その顔は緊張の色に染まっていた。

 夏姫は胸に手を当て、少し意地の悪い笑みを浮かべる。


「安心しろ、朋子。剣の打ち込みなら、この私がいくらでも付き合ってやるさ」


「……うーっ、夏姫さんの鬼ーッ!」


 コクピットに朋子の恨めし気な声が響く。

 夏姫はカラカラと快活に笑った。


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