040 体育祭
好天に恵まれた五月の下旬。
この日、昴星学園では体育祭が催されていた。
赤と白の鉢巻を額に結び、体育着に着替えた生徒達がグラウンドに整列している。
その一角には観覧席が設けられ、子の勇姿を見に来た保護者の姿もあった。
老年の校長が号令台の上に立つ。
「え~……本日はお日柄も良く、絶好の運動日和と相成りました。保護者の皆様も――」
長い挨拶が続く。
後ろ髪をゴム紐で纏めた夏姫は、意味も無く頭に手をやった。
髪を纏めると常に頭をキシキシと引っ張る感覚があり、あまり好きではなかった。
だが、激しい運動をする時は長い髪が邪魔になる為、仕方がなくポニーテールを作っている。
(思い切って髪を切ってみるのもいいかもな。朋子くらいのボブカットにするか、もっと短くしてもいいかもしれない)
髪型を変えた自身の姿を想像してみる。
夏姫の面立ちは整っており、どんな髪型でも似合うように思えた。
(……やめておこう。女の髪を俺が勝手に切るのも気が引ける)
夏姫は目覚めてから一度、美容院へ訪れている。
その時も少し毛先を切ってもらい、髪の量を梳くくらいで終えていた。
やはり大胆に髪型を変えるのには、抵抗感が付き纏う。
「宣誓! 私たちはスポーツマンシップに則り、正々堂々と競い合う事を誓います!」
号令台の前で体育委員会の委員長である男子生徒が、右腕を上げて宣誓している。
観覧席から保護者の拍手が聞こえてきた。
これで開会式は終了だ。
各自、クラス毎に割り振られたスペースに戻って行く。
「は……柏陵院さん」
人の流れに沿って移動していると、後ろから声を掛けられた。
振り向けば、身長170センチを超える背の高い女子生徒が立っている。
猫背になって三白眼をキョロキョロと虚空に彷徨わせ、合わせた手の指を忙しなく動かしていた。
「どうしたんだ、嶋さん?」
嶋良江、夏姫のクラスメイトだ。
「あの……今日、迷惑掛けたら……ごめんなさい」
「やってもいないミスを事前に謝られてもな……練習はしたんだ、一緒に頑張ろう」
夏姫は彼女の肩をポンと叩き、再度足を動かし始めた。
良江とは午前の競技で三人四脚を共にすることになっていた。
彼女は背に恵まれていたが痩躯であり、運動が苦手だった。
社交的な性格でもなく、余り物の競技に割り振られた形だ。
夏姫の方はその運動力を買われ、体育委員に推される形で複数の種目に参加することになっていた。
三人四脚も他に立候補が居なかったので、夏姫が埋めた形である。
(午前中は100メートル走に三人四脚、午後はクラス対抗リレーと――)
「夏姫さん!」
自分が出場する種目を頭の中で確認していると、前方から朋子が歩いてきた。
その隣には星也の姿もある。
朋子の額には赤い鉢巻が結ばれており、星也の額には白の帯が巻かれていた。
夏姫は白組なので、星也とは同グループ、朋子とは別グループである。
「赤と白で別れちゃったけど、今日はお互い頑張ろうね!」
朋子は今日も元気いっぱいだ。
朗らかな笑顔を見せる彼女に、夏姫は「ああ」と頷いた。
「俺と夏姫さんは同じ組か。今日は白組の為に尽力しよう」
星也がグッと握り拳を作る。
夏姫もそれに合わせ、胸の前で手を握りしめた。
「もちろん、そのつもりだ」
「星也さんも夏姫さんも運動神経いいからなぁー。お手柔らかにお願いします」
朋子が後頭部に手を当てて小さくお辞儀をする。
それを見て二人が笑いを漏らした。
朋子は天然のムードメーカーだ。
「それじゃ、そろそろ戻ろう。夏姫さん、また」
「午後の部活動対抗リレーは一緒に頑張ろうね」
星也と朋子が各自のクラスの元へと戻って行く。
(午後は部活動対抗リレーもあったか。全部で4種目、かなりの競技に出る事になったな)
夏姫も自分のクラスに割り振られたスペースに戻り始めた。
それを体育委員の女子が呼び止める。
「あ、柏陵院さん。最初の種目は100メートル走だから、ゲートの方へ行ってください」
「ああ、分かった」
夏姫は手を上げて礼を示し、出場者が集まる門の方へ歩いて行った。
紙で作られた花が飾られている、手作り感に溢れたゲートだ。
既に100メートル走に参加する生徒達が集まり、各自準備運動をしていた。
夏姫もそれに倣い、軽く身体を動かしておく。
「只今より、プログラム番号1番100メートル走を始めます。選手入場!」
スピーカーから放送委員のアナウンスが流れ、選手が所定の位置に移動した。
競技は一年生から始まる。
三年生の夏姫は後方で待機だ。
「夏姫さん」
気づけば星也が傍に立っていた。
「星也も100メートル走の選手だったのか」
「ああ。キミの運動神経なら100メートル走か長距離走のどちらかに出場してるんじゃないかと思っていたよ」
「まぁ、鍛えているからな」
謙遜する素振りも無く、夏姫は腰に手を当てて頷いた。
病室で目覚める前から、柏陵院夏姫の身体能力は他の女子と比べ抜きんでて高かった。
目覚めた後は毎朝の走り込みとウェイトトレーニングを自らに課し、一日も欠かしてはいない。
約二ヶ月の運動の成果を見るにはいい機会だ。
「よし、次は俺の番だ。行ってくるよ」
競技は順調に進行し、三年男子の番となった。
星也がスタートラインの前に立つと、女子生徒の黄色い声が湧き上がった。
銀城星也はヤマ国の第二王子である新乃宮礼司と女子の人気を二分する、昴星学園のアイドル的存在だ。
こうした表舞台に立つと、その人気ぶりが伺える。
「位置について――ヨーイ!」
スタートラインの横に付いていた男子生徒が、天に向けたスターターピストルの引き金を引いた。
パァンと小気味よい音が青空の下に響き渡る。
クラウチングスタートで一斉に走り出す三年男子たち。
その中で僅差をつけて前に踊り出るのは、銀城星也だ。
「キャアアアー! 銀城様ー!」
徐々に後続との差をつけて、星也がゴールテープを切る。
割れんばかりの歓声と拍手の合奏。
星也がガッツポーズを掲げ、さらに女子の声が黄色くなった。
(流石、見事なものだ)
夏姫は拍手を送りながら、心の中で称賛する。
彼の体幹や体格の良さから、何らかのトレーニングを継続して続けている事は見て取れていた。
その片鱗を伺い知れて、何となく嬉しくなる。
(帰属意識というやつかね。仲間が活躍すると、嬉しくなる)
夏姫は少々緩んでいた口元をキュッと引き締めた。
次は自分の番だ。
三年女子がスタートラインに並ぶ。
「おいあれ、例の――」
「王子から婚約を解消された――」
「イジメの主犯――」
生徒達の歓声の中から、そんな声が混じって聞こえてくる。
普段は沈静化しているとはいえ、生徒の前に姿を晒すと未だに誹謗と好奇の視線に晒されてしまう。
「夏姫さぁーん!」
一際大きな声が生徒の群衆の中から上がった。
見れば朋子が腕を上げてブンブンと振っている。
夏姫は口の端を少しだけ上げた。
(全く、赤組の朋子が白の私を応援してどうするんだ)
心の中で軽口を叩くが、夏姫の気分は晴れやかだった。
周りにどう思われていようが関係ない。
――私には、共にある仲間が居る。
スターターピストルが火薬を破裂させる。
夏姫の身体が飛び出した。
ポニーテールを揺らし、疾走する。
陸上部員が混ざる選手の一団の中、一位の座を渡すことなく、その身でゴールテープを切った。
「オオーッ!!」
主に白組の生徒から歓声が起き、拍手が送られる。
夏姫は拳を軽く上げてから、朋子の方に視線を送った。
彼女は花のような笑顔で、嬉しそうに拍手を繰り返していた。
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