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038 共にある


 午前中の休み時間、自席で推理小説の(ページ)をめくっていると、ブレザーのポケットの中でスマホが振動した。

 見れば、コミュニケーションアプリに新着有りの通知が来ている。


『今日のお昼ご飯 一緒にどうかな?』


 朋子からのお誘いのメッセージだった。

 最後にハートマークを浮かべた犬のスタンプが挿入されている。

 夏姫は液晶を指先でタップし、了承の返事を送った。


(最初は戸惑ったが、すばるや朋子が時々メッセージを送ってくるから、スマホの文字入力にも慣れてきたな)


 メッセージの後に、頭の上で丸印を作ったキャラスタンプを押しておく。

 どうもこのスタンプという物を入れておくのが、このアプリにおけるマナーのようなものらしい。

 夏姫にはイマイチ理解出来なかったが、郷に入っては郷に従えともあるし倣っておくべきだろう。


「夏姫さん!」


 昼休み、弁当箱の包みを手に提げて廊下に出ると、朋子から声を掛けられた。


「ああ、朋子。こんにちは」


 小さく頷くように会釈をし、彼女に挨拶する。

 それから横に並んで廊下を歩み始めた。

 

 途中、すれ違う生徒達から驚きと好奇の入り混じった視線を投げかけられる。

 

 一月ほど前の謝罪騒動で、夏姫と朋子の不仲は学園中に知れ渡っていた。

 その(くだん)の人物たちが、肩を並べ歩いているのだ。

 驚きもするだろう。

 

 だが、朋子の方はそんな視線など何処吹く風である。

 特待生であり特定の男子と仲の良い朋子は、常日頃から女子生徒達の妬みの目を向けられていた。

 好奇の視線など今更だ。


「昨日のマージギア展示会の見学、楽しかったねぇ」


 朋子がニコニコと笑顔を浮かべて話題を供する。


「ああ、そうだな。崖のぼりや元祖MBFの試合、その後の障害物競走。どれも初めて行うものばかりで、良い経験になった」


「大学生のお兄さん達も良い人ばかりだったね。ちょっとノリが軽くて驚いちゃったけど。あれが大学生の普通なのかなぁ」


 夏姫は顎先に細い指を当てた。


「学生時代を社会人になるまでのモラトリアムとして、最後のバカ騒ぎをする大学生は多いらしい。人の生き方は人それぞれだ、あの調子を見習うか否かは朋子次第だな」


「私は遠慮しようかなぁ」


 朋子が苦笑する。


 二人は階段を上り、屋上への扉を開いた。

 

 今日も昨日に引き続いて快晴だ。

 青い空が水平にどこまでも広がっている。

 麗らかな日差しが、中天の太陽から降り注いでいた。


「夏姫さんはいつも屋上でご飯を食べてるの?」


「晴れの日は基本的にな。雨の日は教室か食堂で食べているよ」


 屋上に設けられた小さな花壇。

 その前のベンチに並んで座り、二人は弁当の包みを解いた。


「わぁ、美味しそう」


 夏姫の小さなピンク色の弁当箱には、色とりどりの料理が詰め込まれていた。

 朋子が目を輝かせる。

 

 今日の主菜はアスパラガスのベーコン巻きだった。

 甘く味付けした卵焼きや、プチトマトを添えたサラダが嬉しい口休めだ。


「光一郎が作ってくれたものだ。感謝しなくてはな」


 夏姫は手を合わせ、お辞儀をする。

 朋子もそれを見て、パンと両手を打った。


「いただきます」


 朋子の弁当箱の中には、サンドイッチが収められていた。

 水筒から熱い紅茶を注ぎ、それと共に食していく。


「そのサンドイッチは朋子が?」


「ううん、お母さんだよ。私は朝はギリギリまで寝ちゃってる」


 照れ笑いを浮かべ、朋子がハムチーズサンドをパクりと頬張る。

 夏姫はその様子を見て、胸が刺されるような痛みを覚えた。


(? 何だ?)


 そっと胸に手を当てる。

 湧き上がってくる衝動の正体を探った。

 

 ――これは悲しみ、そして羨望の感情だ。


 柏陵院夏姫は親の手料理というものを食べた記憶が無かった。

 物心ついてから食卓に並べられたのは、全てコックが作った一流の料理。

 それはとても美味なものであったが、心躍る事は一度もなかった。


 故に、羨ましい。

 当たり前のように母親の手料理を食べられる朋子が、憎たらしいくらい妬ましい。


(これは……夏姫の気持ちか? まずい、落ち着かせなければ……!)


 深く息を吸い、細く吐き出す。

 戦場で用いてきたルーティンを繰り返し、心の平静を図る。


「夏姫さん……?」


 夏姫の変調に気づき、朋子が首を傾げた。

 訝し気に眉根を顰める。


「調子が悪いの? 大丈夫?」


 夏姫の背中に手を添え、顔を覗き込む。


「……いや大丈夫だ。ちょっと食べ物が器官に入っただけだから」


 夏姫は何とか言い繕い、ペットボトルのお茶をごくりと飲んだ。

 朋子は胸を撫でおろす。


「なんだ、そっか。落ち着いて食べてね」


 クスリと笑う朋子。

 夏姫はそれに何とか笑みを返して頷いた。


 屋上の扉が開いたのは、その時だった。


「朋子!」


 戸口に立っていたのは、長身の男子生徒。

 ヤマ国の第二王子にして夏姫の元婚約者、新乃宮礼司その人だった。


「礼司様?」


 朋子がきょとんとした顔で首を傾げる。

 反対に礼司は厳しい顔つきで、二人の元に歩み寄って来た。


「どういうつもりだ、柏陵院夏姫!」


 礼司がベンチに腰掛けている夏姫を上から睨みつける。

 彼の言わんとしている事は分かっている。

 何故『朋子には近づかない』という約束を反故にしたのか、と彼は訊いているのだ。


「それは……」


 返答をしようとした夏姫は、不意に言葉を詰まらせた。

 ドクドクと、心臓が痛いくらいに大きく脈打つ。

 ようやく落ち着かせた負の感情が、再び胸中を渦巻き始めた。


(マズイ……声が出ない。胸が苦しい……!)


 深い悲しみ、焦がれるような妬み、立場を追いやられた途轍もない怒り。

 そして、目の前が真っ暗になるほどの絶望。


 夏姫は顔を青くさせ、屋上の床に視線を落とした。


「何故黙っている!? お前が朋子にした事を忘れたとは言わせないぞ!」


 激昂し詰め寄る礼司。

 隣に座っていた朋子が立ち上がった。


「やめてください、礼司様!」


「朋子! キミも何故こんな女と共に居るんだ! 柏陵院夏姫と屋上に向かったと聞いて、驚いたぞ! また何やら良からぬ事を画策していたのか、この女は!?」


「礼司!」


 屋上の扉を開き、銀城星也が外に飛び出してきた。

 3人の様子を見て察し、礼司と夏姫の間に割って入る。


「やめろ、礼司。もう話は付いているんだ」


 星也は冷静な口調で、諭すように言葉を紡いだ。

 怒りの色に染まっていた礼司の表情に、僅かな戸惑いが生まれる。


「話が付いている……? 一体、どういうことだ?」


 礼司が朋子の方へ縋るような視線を向ける。

 朋子は胸の前できゅっと握り拳を作り、彼と対峙した。


「私は夏姫さんと和解しました。仲直りをしたんです。今の彼女は、私の大切な友人です」


「なん……だって? 冗談だろう……?」


 震える声を吐き出し、礼司が一歩後ろに下がる。

 星也は腕を真横に伸ばし、彼の目をじっと見据えた。


「前に言ったはずだ、柏陵院さん――いや、夏姫さんは俺の仲間だと。彼女の事を追い詰めるような真似は、いくらお前でも許しはしない」


「星也……」


 礼司は呆然として立ち尽くす。

 その彼の前に、朋子がズイと歩を進めた。


「礼司様、実は私もMBF部に入ったんです。夏姫さんとは同じ部活の仲間となりました。それからは部活動でも私生活でも大変良くして頂いています。ご心配は有難いのですが、もうこれ以上夏姫さんをなじるような事はしないでください。お願いします」


 深々と頭を下げる朋子。

 礼司はふらふらと後方へ下がり、俯いた。

 握り拳を作り、身体を震わせる。


「何だ、これは……」


 バッと礼司は面を上げた。

 そこには余裕も風格も無い、追い詰められた男の顔があった。


「柏陵院夏姫……ッ! 俺の友を誑かし、全てを奪い取って、貴様は一体何がしたい!? 貴様は俺に何の恨みがあるんだ!?」


 青い顔をしていた夏姫が、ベンチから腰を上げる。

 その顔色は既に平素のものへと回復していた。

 凛と立ち、まっすぐに彼の瞳を見る。


「新乃宮様。(わたくし)に貴方を陥れるつもりは全くございません。私はたた、この良き仲間たちと共にありたいだけなのです」


 夏姫が両手を広げる。

 その先には、彼女を庇うように立つ星也と朋子の背中があった。


 夏姫の胸中に渦巻いていた負の感情は、綺麗に消え去っていた。

 仲間が、自分の為に前に立ってくれている。

 それだけで、夏姫は塗り潰されそうな深い絶望の淵から這い上がれたのだ。


「……認めんぞ。俺は決して貴様を認めない! 絶対にだ!」


 礼司が踵を返し、校内への扉を開いて去っていく。

 屋上に残された3人が顔を見合わせた。

 暫し心配し合うように目配せをした後、自然と笑みが浮かびあがってくる。


「無事でよかったよ、夏姫さん」


「ありがとう、星也」


 夏姫は星也を初めて名前で呼び、目を閉じた。


(夏姫……お前はもう、ひとりじゃないぞ)


 己の心の内への言葉は、きちんと届いたのか――

 今の夏姫には分からなかった。


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