037 ギガース
「夏姫さーん! 頑張ってー!」
仮想空間に復帰してきた朋子が、リングの外でフェイローの腕を振っている。
夏姫は軽く手を上げてそれに応え、目の前の機体に視線を向けた。
ギガースの全長は約14メートル、夏姫の乗る烈火より4メートルほど背が高い。
体格もがっしりとしており、筋骨隆々の巨人を思わせるシルエットをしていた。
「ローアのギガースか。こうして立ち会うのは初めてだが、やはり目の前にすると威圧感が凄まじいな……」
誰に言うでもなく独り言をこぼす。
それにすばるが反応した。
モニターのワイプ越しに、眼鏡のレンズをきらりと光らせる。
「大丈夫ですよ、先輩! 魔導工学的に考えれば、巨大化イコール強化に繋がるわけではありません。魔導炉で増幅できる魔力には限りがありますからね。それを効率的に全身に行き渡らせるには、機体を10メートル程度の大きさに留めておくのが最も均整がとれていると言われているんです」
「ほぉ~。つまり、あのデカいのは設計ミスのウドの大木っつう事か」
横で話を聞いていた光一郎が、腕組みをしながら相槌を打つ。
すばるは首を横に振った。
「それは違います。ギガースはエネルギー効率が著しく悪い機体ですが、ごく短時間ならば100%の力を引き出せますから。その巨体と質量から繰り出される近接攻撃の破壊力は、まさに神話における巨人の一撃! ローアの大火力主義、ここに極まれりといったマージギアなんです!」
握りこぶしを作って熱弁するすばる。
夏姫は少しだけ目を瞑り、呼吸を整えた。
気分が高揚している。
知らず、両手で握った操縦桿を通して魔導炉に余分な魔力が注ぎ込まれ、装甲が赤白く輝いていた。
「巨人退治か、面白い」
烈火に構えを取らせる。
左手を前に出しながら、左足を前へ。
右足を引いて、右の拳を腰の方へ引く。
「準備はいいかい?」
ギガースに乗った男が外部スピーカーで尋ねてきた。
夏姫は烈火を頷かせる。
「万全だ」
それを聞き届け、ゴングの前に立っていたカラクリが木槌を振り被った。
外部スピーカーの音量を上げて、宣言する。
「試合、始めぇっ!」
カァンと小気味よい鐘の音が周囲に響き渡る。
同時にギガースが動いた。
低姿勢になり、肩を突き出して烈火に迫る。
ショルダータックルを決め、押し倒す算段だ。
「シッ!」
夏姫は烈火を素早く横へ移動させ、突っ込んでくるギガースの脛を蹴り上げた。
巨体がバランスを崩してつんのめり、たたらを踏んでロープを掴む。
立ち直らせる時間など与えず、烈火がすかさず敵機に詰め寄った。
すると、ギガースはロープを掴んだまま後ろへ突き出すような蹴りを見舞う。
咄嗟に機体を後方へ跳ばし、夏姫は丸太のような脚部の攻撃を紙一重のところで回避した。
(リーチが長いな。うかつに近寄れない)
ギガースの手足は、その巨躯に見合う長大さを誇る。
烈火の攻撃の間合いより遥か遠くまで、その手足を届かせられるのだ。
それがどれだけ有利な事かは、語るまでもあるまい。
(これが通常の試合であるならば、魔術による搦め手を用いて距離を詰めるところだが、元祖MBFではそうはいかない。難敵だな)
ギガースがロープから両手を離し、烈火に向き直った。
構えを取り、軽くステップを踏む。
巨躯が左右に揺れる度に、リングがギシギシと軋んだ。
「行くぞ!」
ギガースの搭乗者が気合と共に前進する。
己の手が届くギリギリの位置で、烈火に向かってジャブを放つ。
夏姫はその攻撃を横に躱し、相手の懐へ潜り込んだ。
ギガースが掬い上げるような右腕のアッパーでそれを迎え撃つ。
「オオッ!」
魔導炉に魔力を注ぎ込み、夏姫は装甲の強度を高めた。
そして、迫りくるギガースの拳に向けて肘鉄を打ちつける。
メキメキと、敵機の指が圧し折れる音が鳴り響いた。
「まだまだァッ!」
だが、ギガースの攻撃は止まらない。
そのまま剛拳を振り抜き、天にかざした。
烈火の脇が開き、よろよろと後方へ後退させられる。
「チェエエエイ!」
その隙を見逃さず、ギガースが上半身を後ろへ逸らしながら、烈火の胸を狙って足刀蹴りを放つ。
烈火はその蹴りをマットに仰向けに倒れ込む事で回避した。
リングのスプリングが軋む。
その反動を上手く利用し、烈火は素早く立ち上がった。
蹴り足を畳み、地に着けようとしているギガースの元へ一気に詰め寄る。
「食らえッ!」
拳の装甲を強化し、ギガースの胸へ正拳突きを放った。
その一撃をギガースは腕で防御する。
金属音が派手に鳴り響いた。
夏姫は矢継ぎ早に攻撃を叩き込んでいく。
その連撃をギガースは両腕と足でしっかりとガードした。
「オリャアッ!」
夏姫の怒涛の連撃の僅かな切れ目を狙い、ギガースが動いた。
一歩前へ踏み出し、渾身の右ストレートを放つ。
「――ッ!」
夏姫は烈火を後ろへ下がらせながら、流れるように相手の手首を掴んだ。
――好機だ。
全身全霊の魔力を魔導炉へ送り込み、機体に活力を漲らせる。
掴んだ手首を引っぱり、烈火はギガースの懐に背中を向けて潜り込んだ。
相手のパンチの勢いを殺さず、更に己の力も全開に発揮し、背中にギガースを乗せる。
「オオオッ!」
曲げていた膝を勢いよく伸ばし、腕を引く。
ギガースの巨躯がリングの上でぐるりと縦に回った。
そして、背中からマットに叩きつけられる。
「一本背負いッ! 決まったぜ!!」
光一郎が興奮した様子で騒ぎ立てている。
だが、試合はまだ終わってはいない。
夏姫はすぐさま体勢を立て直し、ギガース目掛けて跳躍した。
自重の全てを一点に集中させ、胸部装甲にエルボーを突き立てる。
マットが揺さぶられ、ロープがたわんだ。
「……参った!」
ギガースの魔導装甲から急速に色が失われ、その巨躯が仮想空間から消え去っていく。
リングの上に残るのは、烈火ただ一機だ。
立ち上がると、オーディエンスに徹していたカラクリ達の視線が注がれていた。
夏姫は面食らい、僅かに狼狽する。
「えー……と、こうか?」
夏姫は烈火の右腕を振りかざし、人差し指を立てた。
リングの煌びやかな照明の下、深紅のカラクリが勝利を誇る。
「ナ……ナンバーワーン!」
夏姫は気恥しげに頬を赤く染め、照れを払拭するように力強く宣言した。
途端、観客たちから割れんばかりの拍手を浴びせられる。
彼女は小さく溜息を吐いた。
(試合中より、後の方がよっぽど勇気が必要だったぞ)
操縦桿から手を離し、搭乗席に上半身を預ける。
拍手は未だ続いている。
まぁ悪い気分ではないな、と夏姫は目を閉じて口の端を上げた。
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