036 格闘技
山野朋子には格闘技の経験がない。
故にフロッグマンと対峙したフェイローは、左足を前に出し、左手を腰へ引くというチグハグな構えを取っていた。
「んんー……、ちょっと違うな。俺っちの真似してみ? こういう感じ」
フロッグマンに乗った男が見かねてアドバイスをする。
彼の機体が取った構えを、朋子は見様見真似で模倣した。
「えっと、こうかな……」
「そうそう。左足をちょっと前に出して、脇を閉めて、両手はグーにして顔を守るように……ベタ足にならないように、踵は少し浮かせて」
指示に従い、朋子は何とか様になるファイティングポーズをフェイローに取らせた。
フロッグマンがビッと親指を立てる。
「グッド! それが昨今のシェンの機体に多い、ボクシングスタイルの構えだ。シェンは両手に仕込んだ魔力を拳に纏わせる兵装が主武装だからね。とにかくパンチを撃ちやすい構えをしているといいよ!」
フロッグマンがシュッシュッと左腕で数度ジャブをする。
朋子もそれを真似て軽く腕を曲げ伸ばしを繰り返した。
「まずはジャブで牽制。それから右のストレートをぶちかます! それが基本だね」
腰を捻り、勢いよく右ストレートを虚空に放つフロッグマン。
フェイローは少し間を置いた後、左のジャブから繋げるように右の正拳突きを繰り出した。
カラクリの関節が軋む音と共に、空気を切る音が周囲に響く。
「おーっ……筋がいいねっ!」
「ありがとうございます!」
フロッグマンが拍手をする仕草をし、フェイローが頭を下げた。
「んじゃ……、次は実戦しようか。いつでも掛かってきていいよ」
改めて、フロッグマンが構えを取る。
フェイローも同様の構えで、敵機に対峙した。
暫時、睨み合いが続く。
リングの上に設けられた照明が、両機の装甲を輝かせていた。
「りゃああああッ!」
フェイローが前に出る。
魔導装甲を最低限に覆った軽量級の機体が、素早く敵機へと間合いを詰めた。
そのまま、左のジャブを繰り出す。
「フンッ!」
そのパンチを、フロッグマンが右手を外側へ払っていなす。
そして左の拳をフェイローの顔面目掛けて突き出した。
「てりゃっ!」
朋子が右腕を外側に払い、その攻撃を外させる。
フロッグマンが軽く跳ぶように後方に離れた。
「ハハハッ、今のも真似するかぁ」
外部スピーカー越しに、明るい男の笑い声が響く。
「何をすればいいのか分からないので、とりあえず真似っこ戦法させて貰いました!」
「いやぁ、センスあるわお嬢さん。んじゃ、次は真似られないようにやるかぁ」
フロッグマンがフェイローとの距離を縮める。
上半身を小刻みに左右に揺らし、唐突にグッとその身を低くした。
右手を相手の腹へ向けて突き出す。
「ッ!」
朋子は機体を後ろへ下がらせながら、その攻撃を肘の辺りで受けた。
魔導装甲同士がぶつかり合う派手な音が鳴り響く。
フロッグマンはガードされた拳を引き、左足でフェイローの足の膝関節部を蹴った。
「わっ!」
「MBFはボクシングじゃない! キックも気をつけなよ!」
フロッグマンが細長い足を敵機に向けて押し出すように放つ。
所謂ケンカキックだ。
「りゃあッ!」
その足を脇で固めるように捕まえ、フェイローが前へ出た。
「ウオッ!?」
フロッグマンがマットの上に仰向けに倒される。
フェイローは半ば馬乗りになった状態で、拳を相手の胸部に何度も叩きつけた。
「クッ! このッ!」
フロッグマンが勢いよくブリッジし、フェイローの下から抜け出す。
両者が再び構えを取り、対峙した。
「おーい、何やってんだよー! 素人のお嬢さん相手に接待かー?」
試合開始のゴングを鳴らしたカラクリが、今は観客となって野次を飛ばしている。
フロッグマンは腕をブンブンと振った。
「うるせー! いや、ホント! この子、割とやるぜ!」
「恐縮です!」
褒められた朋子が少し間の抜けた返事をする。
リング傍で観戦していた夏姫は思わず苦笑した。
(……あのやり取りは置いておくとして、朋子の操縦技術は中々のものだ。機体を自分の身体のように自在に動かしている。あれがカラクリに乗り出して僅か数日の人間の動きとは、相手も思うまい)
関心していると、フロッグマンが再度攻勢に出た。
両手で高速のパンチを繰り出していく。
それをフェイローが脇を固め、両腕でガードした。
時折ストレートや回し蹴りが混ざるが、朋子の機体は揺るがない。
「硬いね。軽量級のフェイローの薄い魔導装甲さえ抜けないとは……フロッグマンの機体出力が弱すぎるのか、お嬢さんの魔力操作が巧みなのか。どっちだろうね?」
夏姫の機体の傍に立っていたギガースが、外部スピーカー越しに尋ねてくる。
口の端を軽く上げ、夏姫は楽し気に笑った。
「後者さ。朋子の魔力操作の巧みさは、天才的と言っても良い。攻撃を受ける一瞬一瞬に魔力を込め、魔導装甲の強度を高めて対処している」
「インパクトの瞬間だけ装甲を強化しているのか。確かに強化を持続させるより魔力の効率はいい。素晴らしい才能だね」
だけど、とギガースの搭乗者が続ける。
「元祖MBFは格闘技だ。守るだけでは勝てない」
「ああ、その通りだ」
フロッグマンが動く。
左に重心を寄せ、右ストレートをフェイローの腹部目掛けて突き放つ。
それを朋子は両肘と右膝で防御した。
「ホォーッ!」
だが、その一撃は囮だ。
フロッグマンの搭乗者が奇声を上げ、フェイローの後ろに素早く回り込んだ。
膝を曲げて体勢を低くし、両腕を使って敵機の腰を抱きかかえる。
「ええっ!?」
戸惑う朋子の声を無視し、フロッグマンが勢いよく膝を伸ばした。
フェイローの身体が持ち上がる。
そしてそのまま、フロッグマンは背中を後ろに逸らして倒れた。
フェイローの頭頂部がマットに叩きつけられる。
「スープレックスだ……すっげぇ!」
レーベに乗っている光一郎が感嘆の声を上げる。
夏姫は首を傾げた。
「スープ……?」
「プロレスの投げ技だよ。まさかマージギアの試合であんな技を見るとは思わなかったぜ」
光一郎は手のひらに拳をバチンと叩きつけた。
随分とヒートアップしているようである。
夏姫は合点がいったように頷いた。
「なるほど、西洋相撲か。独特な投げ方だな」
フロッグマンが立ち上がる。
フェイローは丸まったまま、まだ起き上がれずにいた。
その腰に両腕を回し、フロッグマンが跳んだ。
「おいおいおい! あれはまさか……!」
フロッグマンが逆さまになったフェイローを抱え、ポールの上に乗る。
そして、リングの方へ飛び降り、フェイローの頭をマットに叩きつけた。
ドォンと派手な音が鳴り響き、リングのスプリングがギシギシと軋む。
「雪崩式パワーボム! 決まったぁッ!」
「光一郎先輩、どっちの応援してるんです?」
白熱する光一郎に、すばるがワイプ越しに白い眼を向けている。
フェイローはマットの上に倒れたまま動かなくなり、やがてその装甲から色が失われた。
仮想空間から機体が消えていく。
「ナンバーワーン!!」
フロッグマンが右腕を振りかざし、人差し指を立てた。
いつの間にやら集まっていたギャラリーが、外部スピーカー越しに拍手をする。
夏姫もそれに倣い、手を打った。
(これが元祖MBFか。見てる分には楽しいものだな)
勝者に称賛を送っていると、ギガースが烈火の方に向き直った。
その巨体を曲げ、頭をちょいと下げる。
「すまなかったね。アイツ、手加減すると言っておきながら、お友達に本気を出してしまったようだ」
「いや、朋子にとっても良い経験だろう。それにボクシングの構えなんかは、そのまま今のMBFに使えそうだし、こちらも勉強になった」
「そう言って貰えると助かるよ」
ギガースが一歩リングの方へ進み、それから上半身を捻って烈火の方を見る。
親指を立て、己の胸に突きつけた。
「さて、次は俺たちの番だ。元祖MBF、楽しもうじゃないか」
「了解だ。いい試合にしよう」
夏姫はフッと笑い、リングへ向かう。
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