032 カラクリ乗り
晴天に恵まれ、麗らかな陽気が心地よい五月の休日。
この日、昴星学園MBF部のメンバーはマージギア展示会へ赴く予定になっていた。
「お嬢様、まさか学生服で行くつもりか?」
「? 駄目なのか?」
日課のジョギングを済ませた夏姫が、シャワーを浴び終えて制服姿で脱衣所から出てきたのを光一郎が見咎めた。
夏姫は身体を捻って服装を見直し、首を傾げる。
光一郎は額に手をやり、呆れた表情を作った。
「合宿は正式な部活動だったから制服で良かったけどよ、今日は白田さんも来ねぇし遊びみたいなもんだぜ? 多分、みんな私服で来るだろうよ」
「……そうか」
見れば、光一郎もニットのセーターに細身のパンツを履いたラフな格好である。
ふむ、と夏姫は顎に手を当てる。
(普段部屋で着ているジャージは駄目だろうか? いや、遊びに出かけるのにジャージは不適切か。夏姫の衣類は屋敷から運ばれて来ているとはいえ、どうも女性物の服というのは選ぶのが難しいな)
夏姫はクローゼットの前に立ち、色とりどりの春物の服に軽く眩暈を覚えた。
だが考えあぐねていても仕方ないだろう。
適当に薄い青色のワンピースにカーディガンを羽織る事にする。
脱衣所で着替え、部屋に戻った。
「どうだろう、変じゃないか?」
朝食をテーブルに並べていた光一郎に尋ねる。
彼は夏姫の姿を一瞥した後、顔を背けて配膳に集中し始めた。
「ん、まぁいいんじゃねぇの。似合ってるよ」
「そうか、なら安心だ」
夏姫はフゥと安堵の溜息を吐く。
オシャレというのも大変だ。
クラスメイトの女子たちが、ファッション誌を囲んであーだこーだとお喋りに華を咲かせていた事を思い出す。
益体の無い会話をしているなと取り留めも無く眺めていたが、あれはあれで必要な行為なのかもしれない。
これだけ広いジャンルの服から自分に似合う服を自分だけで選ぶのは一苦労だろう。
情報収集は戦場であろうと実社会であろうと重要なのだ。
(私もすばるや朋子の格好から、勉強してみるのもいいかもしれないな)
光一郎の用意した朝食を食べながら夏姫はそんな事を考えていた。
※ ※ ※
昴星学園から程近い小さな私鉄の駅。
その前に作られた広場の花壇前が、待ち合わせ場所に指定されていた。
夏姫と光一郎が一緒に徒歩で向かうと、銀城兄妹が既にベンチに腰掛けて待機していた。
「あっ、夏姫先輩ー!」
七分丈のTシャツに細身のデニムに身を包んだすばるが、やってくる夏姫たちに向かって手を振る。
普段は後ろで団子状に纏めている髪を下ろしており、眼鏡も黒縁の物からレッドフレームの物に変えていた。
「やぁ、おはよう。柏陵院さん、光一郎」
星也が立ち上がり、二人を出迎える。
ジャケットにスキニーなパンツを合わせた、シンプルだがキッチリとした清潔感あふれるファッションだ。
夏姫は二人に朝の挨拶を交わしながら、彼らの出で立ちに関心していた。
(最近の学生は本当にオシャレだな。どこに行くのも制服の学ランだった俺とは大違いだ)
「ハヨーっス。後は朋子先輩だけッスかね?」
光一郎が周りを見回しながら問う。
星也は腕時計を確認し、首を僅かに振った。
「まだ予定の10分前だからね。のんびり待とう」
星也が再びベンチに腰を掛けた。
本日は快晴だ、青い空から穏やかな日差しが降り注いでいる。
花壇に植えられた色とりどりの花々が、時折風に揺れていた。
夏姫はすばるの方へ視線を送る。
(ふむ……パンツルックか。夏姫はスカートを好んでいたから、その手の衣類はトレーニングウェアくらいしか持っていなかったな。動きやすそうだし、今度買ってみるのもいいかもな)
彼女の服装を熱心に観察し、学習しているとすばるが夏姫の視線に気づいた。
はにかみながら、腕を広げる。
「先輩、どうですか? 私なりにお洒落してきたんですけど」
問われ、夏姫はこくりと大きく頷いた。
「うん、いいな。髪を下ろして眼鏡を変えるだけで、ここまで雰囲気が華やぐなんて思わなかった。活発的な装いも似合っているよ」
「えへへ、そう言って貰えると嬉しいです。うちの学校、長い髪は後ろで括るか丸めないといけないし、眼鏡は黒か茶か銀フレームしか駄目なんですもん。ちょっと時代遅れですよねー」
すばるの言葉に、光一郎が笑う。
「理事長の孫が言う事か、それ? 校則なんて頼み込めば変えて貰えるんじゃねぇの?」
「それはありませんよー。お爺ちゃんは頑固で厳しい方ですから」
すばるが自分を抱きしめるように両腕を組む。
どうやら、彼女の祖父は孫を溺愛するタイプではなさそうだ。
「すみませーん、遅れちゃいました」
雑談に花を咲かせていると、朋子が広場に慌てた様子でやってきた。
彼女はパーカーにデニムのスカートとスニーカーを合わせるラフな服装をしていた。
普段はしていないピンクの髪留めがワンポイントだろうか。
「いや、時間通りだよ。大丈夫」
星也が時間を確認し、朋子を落ち着かせる。
彼女は汗ばんだ額をハンカチで拭い、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「よし、それじゃあ出発しようか」
星也が全員に声を掛け、駅構内へ向かった。
切符を購入し、改札を通る。
乗り場へ行くと、丁度急行の列車がやって来たところだった。
乗り込んで座席に腰掛ければ、すぐに出発の時刻になる。
ピィーと駅員が笛を鳴らし、自動ドアが閉められた。
「ハァ、遅れなくて良かった。実は昨日、マージギアの紹介動画を見てたら寝落ちしちゃって……」
夏姫の隣の席に座った朋子がホッと胸を撫でおろす。
「紹介動画か。乗ってみたいカラクリは見つかったかい?」
夏姫が尋ねると、朋子は後頭部に手を当てた。
「いやぁー、さっぱりだよ。私に合う機体って何なんだろう、ってまずはそこからで……」
「ふむ……まずは前衛に立ちたいか、後衛から味方を援護したいかを考えてみるといい。今のところ、前衛は私の烈火、光一郎のレーベかティーガーⅡが務める予定だ。後衛は銀城君の山王、そしてすばるは――」
「私はメダリカのフロッグマンGに乗ります。前衛も後衛も勤まるオールラウンダーですね」
すばるが会話に参加し、人差し指を立てて講釈する。
星也が朋子の方へ顔を向けた。
「乗りたい機体が無ければ、まずはメダリカ製の機体に乗ってみたらいいよ。初心者でも扱いやすい、癖のない機体っていうのが売りだからね」
「うん、了解。まずはメダリカのマージギアに乗ってみるね」
素直に頷いた朋子は、それから顎先に指を当てて疑問符を浮かべた。
「ところで……どうして夏姫さんはマージギアをカラクリって言うの?」
「え?」
夏姫は少し意表を突かれたような表情をした。
その横ですばるが、疑問に答える。
「夏姫先輩は旧ヤマ軍のお爺さんから魔術やマージギアについてを学んだんです。戦時中のヤマでは、マージギアの事をカラクリと呼んだんですよ」
「へぇー、じゃあそのお爺さんに倣ってカラクリって呼んでるんだ」
朋子が感心するように納得している隣で、夏姫は両手を足の上で組み、目を閉じた。
(戦時下、ヤマの国民は皆、カラクリを戦場の花形とし、その搭乗者をカラクリ乗りと呼んで英雄視していた。俺は結局そこまで名を遺すほどの活躍は出来なかったが――)
目を開き、夏姫は小さく呟く。
「それでも、私はカラクリ乗りだから」
その声は誰の耳に入る事もなく、列車が走る音に掻き消された。
よろしければ評価・ブックマークをお願いします。




