030 花のような少女
烈火での初試合に白星を飾った夏姫がコクピットから出ると、意外な人物の姿が目に入った。
長めのボブカットの髪に手を当て、こちらを仰いでいる少女。
見紛うことはない、山野朋子その人だった。
(何故、山野朋子嬢がここに?)
夏姫がコクピットのハッチに手を掛けた体勢で立ち止まっていると、朋子の隣に立っていた星也が声を掛ける。
「柏陵院さん。朋子が話をしたいそうなんだ。ちょっと来てくれるかい」
「……分かった」
星也に連れられ、夏姫は朋子と共にドックの隅に設けられたプレハブ小屋へ移動した。
中でパソコンを操作していた白田は、扉を開けて入って来た3人を見ておもむろに立ち上がる。
「ふむ。何やら込み入ったお話がある様子ですね。私は少し離席いたします」
小さく会釈をし、白田は小屋から出て行った。
場に3人が残される。
「とりあえず、腰を掛けようか。紅茶を淹れるよ」
星也がパイプ椅子を引き、朋子に腰を掛けさせる。
机を挟んで反対側の椅子も引いて、夏姫の着席を促した。
それから、小さな冷蔵庫からミネラルウィーターを取り出し、電気ケトルに注ぎ入れる。
「…………」
朋子は無言で膝の上で握った手を見ていた。
緊張しているようで、忙しなく身体を揺すっている。
小屋の中にある丸時計の針が時を刻む音が、やけに大きく響いた。
(MBF部の拠点であるこの格納庫で話をするという事は、部に関する事柄であるのは間違いないだろう。私の代わりに彼女を入部させるという話だろうか? それならば、私は潔くこの部から去ろう。サタリスに挑めなくなるのは残念だが、二度とその機会がないという訳でもあるまい。メダリカに赴き、試合を申し込んでもいい。受け付けて貰えるかは分からないが……)
夏姫が今後の展開を色々と想定して思考を巡らせていると、星也が二人の前に受け皿を置いた。
その上にティーカップを重ね、ポットから紅茶を注ぐ。
芳しい匂いが鼻腔をくすぐった。
「はい、砂糖も良かったら使って」
角砂糖を入れたビンがテーブルの真ん中に置かれる。
夏姫は蓋を開き、小さなトングで砂糖を一つ掴んで紅茶に入れた。
金メッキが施されたティースプーンでよく掻き混ぜる。
紅いお茶が中央に窪みをつくって渦を巻いた。
「さて……そろそろ話を始めようか、朋子」
星也が朋子に視線を移す。
彼女は俯いていた顔を上げた。
その大きな瞳を真っすぐに夏姫へ向ける。
「ゆ、許します!」
「……は?」
いきなり力強く断言された朋子の言葉に、夏姫は呆気に取られた表情を作った。
星也が額に手をやり、やれやれと首を振る。
朋子は夏姫の反応を見て、己の言葉足らずに気づき、狼狽した。
「あ、いや、違う! 違います! えっと、まずは……この前、謝って頂いたのに何も返事をしないでいた事を謝ります! ごめんなさい!」
朋子は慌てたように立ち上がり、深々と頭を下げた。
夏姫もつられ腰を上げ、彼女に手を伸ばす。
「いや、キミが謝る必要なんて、これっぽっちもないだろう。頭を上げてくれ」
朋子が面を上げる。
その愛らしい顔をはにかませ、豊かに隆起する胸に手を当てた。
一呼吸置き、口を開く。
「柏陵院さん、私は貴女の事を許します。ビンタされた時は本気で憎らしく思いましたけど、あれだけ本気の謝罪をされて許さないなんて事はありません。本当は謝まられたあの時、その場で許そうと思っていたのですが――」
「礼司が出て来て、事をむやみに大きくしてしまった。彼の前でキミは『朋子に近寄るな』という約束を交わした。だから、朋子からキミに接触するのも憚られたんだ。それは理解して欲しい」
星也が彼女の言葉に説明を付け足す。
朋子は後頭部に手を当て、眉尻を下げた。
「すみません、2年間この学園に居てもまだここの校風に慣れなくて……『喧嘩した、謝った、仲直り!』みたいな簡単な事が、どうしてこんな大事になるんだろうって不思議でしょうがありませんでした。でも、礼司様に合わせなくちゃいけないのかなって……」
悲し気に顔を伏せる朋子。
夏姫は彼女を安堵させるように、桜色の唇の端を持ち上げて笑みを浮かべた。
「分かった、ありがとう山野さん。許しを得られるとは思っていなかったから、嬉しいよ」
夏姫につられ、朋子もパッと笑顔の花を咲かせた。
初めは一人ぼっちだった彼女が、この学園で多くの友好を結べた要因。
快活で周りを明るくさせる、向日葵のような笑顔だった。
「良かった! 勇気を出して、柏陵院さんとお話をして、本当に良かった! この和解が出来なかったら、高校生活に暗い思い出が残るところだった!」
机を挟んで立っていた朋子が、夏姫の傍に寄る。
その右手を彼女に差し出した。
夏姫が手を伸ばすと、朋子は両手でそれを包み込むようにして握手をする。
「これで仲直り、ね?」
「……ああ、そうだな」
直すほどの深い仲ではなかったが、無粋な事は言うまい。
夏姫は朋子に微笑みかける。
この童女のように無邪気な明るさが、新乃宮第二王子の心を惹きつけたのだろう。
彼女には、夏姫にない魅力が満ちていた。
「柏陵院さん、実はもう一つ感謝したいことがあるの」
握手を解いた朋子が少し離れ、改めて夏姫の前に立つ。
「昨日、自販機の前で困っている一年生の女の子に声を掛けてくれたでしょう? その子――大槻百合ちゃんは、私の中学校の後輩なんです。OGとして受験が終わるまで彼女の勉強を見ていました。その百合ちゃんから言われたんです。『話に聞いた柏陵院先輩に親切にしてもらったよ。朋子先輩も一度、きちんと話し合ってみたら』って」
「彼女がキミの後輩……そうだったのか」
大槻百合に声を掛けたのがきっかけで、修復不能と思っていた山野朋子との溝が埋められた。
数奇な巡り合わせだ、と夏姫は思う。
「改めて……大槻百合ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました」
朋子はぺこりと頭を下げる。
夏姫は首を横に振った。
「礼なら銀城君の妹、すばるに言ってやって欲しい。直接手助けをしたのは彼女だからな。私は困っている彼女に声を掛けたに過ぎないよ」
「ええ、彼女にも先ほど感謝しました。でも、やっぱり柏陵院さんにも感謝です」
朋子はニコニコと笑みを浮かべている。
本当に嬉しそうで、見る者も心を和ませるようだった。
「円満に話が終わって良かったよ」
二人の様子を少し離れた場所から見ていた星也が、一歩前に出て話を切り出した。
「さて、これで二人の間に諍いは無くなったと見ていいのかな。柏陵院さん、率直な意見を聞きたい。山野朋子さんをMBF部に入れる、その是非をキミに委ねたいと思う」
星也がじっと夏姫の目を見た。
夏姫に判断を委ねるのは、彼なりの誠意だろう。
朋子よりも先に在籍している部員の気持ちを優先する、という意思表示だ。
夏姫はこくりと頷いた。
「彼女が入部を希望するなら、私から異を唱えるつもりはないよ」
「本当ですか? 無理、していませんか?」
朋子が不安げな表情で再度尋ねてくる。
夏姫は揺らぎない瞳で、彼女の目をまっすぐ見詰めた。
「ああ、もちろんだ。歓迎するよ、朋子」
「あ……はい、夏姫さん!」
喜色に彩られた満面の笑みを浮かべる朋子。
胸に手を当てて、思い返すように目を閉じる。
「さっきの夏姫さんの試合、私もタブレットで見させて貰っていました! 凄い迫力で格好良かったです! 私も頑張って、マージギアの運転を覚えますね!」
両手を握りしめ、朋子はガッツポーズを作る。
こうして、昴星学園MBF部に5人目の部員が加わった。
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