029 烈火
翌日の昼休み、夏姫がいつものように自席で読書を嗜んでいると、機械の駆動音が耳に届いた。
窓の外に目をやれば、第二グラウンド方面に向かって大型の輸送車が走っているのが見える。
(あれは……)
窓に向かって手をかざし、ひらひらと振る。
その手のひらに微弱な魔力反応の圧を感じた。
夏姫の顔に自然と笑みが浮かぶ。
不意にブレザーのポケットに仕舞っていたスマホが振動した。
コミュニケーションアプリに、すばるからのメッセージが現在進行形で入ってくる。
『先輩、見えましたか?』
『烈火が搬入されて来ましたよ!』
『本日の部活から使えるようになるはずです!』
一連のメッセージの後に、グッとガッツポーズを取る猫のキャラのスタンプが押される。
夏姫は彼女に極短く返信をし、スマホをポケットに入れた。
(来たか、烈火!)
胸が期待に高鳴る。
放課後が待ち遠しく、午後の授業が上の空になってしまった。
気が付いたら終礼のチャイムが鳴っており、夏姫はそわそわと落ち着かない気分で格納庫に向かう。
「あ――」
いつもは人ひとりが通れる幅だけしか開かれていない巨大な鉄の扉が、今日は全開にされていた。
山王の隣に、新しく搬入された烈火が並び立っている。
ヤマ国のカラクリは侍の纏う甲冑のような魔導装甲のデザインが特徴的だ。
烈火は面頬を装着した武人のような出で立ちで、悠然とこちらを見下ろしていた。
(久しぶりだな、相棒)
夏姫が目を細める。
志島は戦場に出始めて約2年の間、ヤマの第二世代機である『光月』というカラクリに乗っていた。
その後、所属していた魔導兵小隊が大きな勝利に貢献した暁に後継機として軍から与えられたのが、この『烈火』である。
烈火の機体性能は光月を遥かに上回り、自在に山野を駆け巡る事が出来た。
それから志島は、烈火と共に戦場で修羅場を潜り抜け、烈火と共に勝利を重ね――戦死した。
(今日からまた、よろしく頼む)
夏姫は手を突き出し、機体から発せられる懐かしい魔力の圧に深い感慨を覚える。
「先輩、お待ちしてましたー!」
白衣を着たすばるがクラフトマンに乗り、移動式階段を運んでいた。
それを烈火の前に設置する。
「やっぱり最初の搭乗者は夏姫先輩ですよね! さぁさ、こちらへどうぞ」
クラフトマンの腕を伸ばし、すばるが階段を上るように促す。
夏姫は口の端を少しだけ持ち上げて笑い、学生鞄をドックの端に置いた。
金属製のステップをカンカンと革靴で上り、コクピットの中に入る。
座席に深く腰を掛け、目を閉じた。
深く息を吸い、細く吐き出す。
「……さて、やるか」
前傾姿勢になり、二本の操縦桿を握りしめた。
丹田から体内を巡る魔力を手のひらへ集め、烈火の魔導炉に注ぎ込む。
カラクリの目に光が灯り、魔導装甲が鮮やかな深紅に染まった。
「先輩、こちらもどうぞ」
すばるがクラフトマンを操縦し、烈火の前に縦長の武器コンテナを運んできた。
彼女がタブレットを操作すると、コンテナがガシャンと開かれ、中から魔導兵装大太刀が現れる。
エイリスのナイトやファイターが用いるジャイアントソードより刀身が長く、刃も厚くて重い無骨なデザインの刀だ。
夏姫は烈火を操作し、大太刀の柄を掴んだ。
長大な刀を片手で持ち上げ、肩に担ぐように乗せる。
「おっ、もう新しいマージギア入ってたのか!」
夏姫が戦闘準備を終えると同時に、光一郎がドックの中に入って来た。
額に手を当て、烈火を仰ぎ見ている。
「へぇー、山王より随分がっしりした機体なんだな」
「ええ、近接戦闘が得意なパワー型のマージギアですよ。山王と並んで、旧ヤマ帝国陸軍の主力機だった機体です」
クラフトマンに乗っているすばるが、どこか自慢げにうんちくを語る。
「ほー……ヤマのねぇ。つまりご先祖様が乗ってた機体って事か」
「流石に戦時中の物ではないですけどね。量産機だった機体は、少数ですが今もMBF用に再生産されてますし」
コクピットの全周モニター脇に、すばるの顔がワイプで表示される。
「先輩、どうしましょうか? シミュレータで慣らし運転でもしますか? それとも試合をお望みですか?」
「試合がしたい。今更この機体に慣れる必要はないからな」
「了解です! それでは、試合のマッチングを開始します」
すばるが通信を切り、タブレットを操作する。
マッチングはすぐに終了した。
全周モニターの映像が遮断され、カウントダウンが開始される。
3,2,1 ―― Fight!
コクピット内に周囲の風景が映し出される。
烈火は夜の砂丘の上に立っていた。
見回す限り砂だらけだ。
空に雲は一つもなく、銀色の満月と星々が煌々と辺りを白く照らしていた。
(敵機はどこだ? 砂丘の凹凸で死角が出来ている……隠れているのか?)
夏姫は烈火の魔導炉に魔力を注ぎ込んだ。
左手を前に差し出し、手のひらを上にする。
「火術一式、『焔』」
手のひらから炎が生まれ、徐々にその勢いが増していく。
その業火の中へ、大太刀を根元まで突き入れた。
「五式、『纏火』」
ゆっくりと大太刀を抜いていくと、その刃に炎が纏わる。
燃え盛る刀を肩に担ぎ、烈火は膝を曲げた。
魔力を脚部に集中させ、空高く跳ぶ。
高度30メートル程の高みから、砂漠に目を光らせる。
すると、魔導装甲を青く染めたフロッグマンGが、砂丘の横に寝そべり身を隠しているのが見えた。
「あそこか!」
砂の上に着地し、烈火が発見した敵機の元へひた走る。
足裏で蹴った真砂が舞い上がり、砂煙を立ち上らせた。
フロッグマンGは烈火に捕捉された事を悟り、砂丘の上にその身を晒した。
アサルトライフルをフルオートで連射する。
「魔導装甲、強化!」
烈火の深紅の装甲が焼けた鉄のように赤白くなる。
アサルトライフルの銃弾を装甲で弾き飛ばし、フロッグマンGの元へ迫った。
敵機がその細長い右腕を烈火に伸ばす。
光り輝く手から魔力反応の圧が発せられた。
遅れ、一条の光線が放たれる。
「シッ!」
夏姫は機体を斜め前方へ跳ばした。
深紅の装甲のすぐ真横を魔導レーザーが通り過ぎて行く。
その直後、フロッグマンGはライフルを落とし、左腕をバッと伸ばした。
そちらの手にも、既に光り輝く魔力が充填されている。
フロッグマンGの魔力放射装置は、両手に仕込まれているのだ。
第一射を外した際に備えられた、二の射。
魔導レーザーが再び烈火に向けて放たれた。
「オオオッ!」
夏姫は烈火を前方へ跳ばしていた。
この場合、取るべき行動は地に足が着いていない時の回避法だ。
炎を纏った刀の切っ先を地面へ向ける。
「四式、『爆熱炎』!」
夏姫が魔力を集中させると、刀身に纏った炎が大爆発を起こした。
烈火の巨躯が夜空を高く舞う。
その機体は真っすぐにフロッグマンGの元へ落下した。
「ラアアアアアアッ!」
空中で一回転。
気合と共に、上空から大太刀を勢いよく振り下ろす。
烈火の刃がフロッグマンGの頭を縦に両断し、胸部コクピットを強く揺さぶって止まった。
敵機の装甲から色が失われる。
『WINNER 柏陵院夏姫』
コクピット内に勝利を告げるアナウンスが流れる。
夏姫は操縦桿から手を離し、座席に上半身を預けた。
額から流れる汗を手の甲で拭い、フッと微笑む。
(烈火。やっぱり私にはこれが一番よく馴染むな)
久々に乗った愛機は、夏姫に確かな充足感を与えていた。
欠けていたピースがぴたりと嵌るような、満ち足りた気持ちだった。
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