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002 目覚め ②


 病室の戸を開いたのは、昴星学園の制服に身を包んだ少年だった。

 短めの髪を逆立て、白のブレザーの前を開けている彼は、秩序と礼儀を重んじる昴星学園の校風に反する雰囲気を纏っている。

 

 夏姫は首を軽く傾げた。


(誰だ?)


 夏姫の記憶の中に、彼の姿は全くなかった。

 見知らぬ少年は、ずかずかと病室の中に侵入し、ベッドの上に居る夏姫の元へと歩み寄る。

 そして、じろじろと値踏みするような視線を彼女に向けた。


「へぇ……自殺を図ったって割には、元気そうだな」


「は……?」


 夏姫は思わず絶句した。

 彼の言葉に傷ついたわけではない。

 そのあまりに無遠慮な口ぶりに呆れたのである。

 

 傍若無人な少年はふんと鼻を鳴らすと、部屋の隅に置かれていた丸椅子を引っ張ってきて、ベッドの傍で座った。

 腕と足を組み、尊大な態度を崩さないまま名乗りを上げる。


「俺は清田光一郎、アンタんとこの屋敷で雇われてる清田源蔵の孫だ」


 清田という姓を聞いて、夏姫は白髪をオールバックに整えた執事の姿を思い浮かべた。

 夏姫の住まう柏陵院の邸宅は広大であり、幾人もの執事やメイドを雇っている。

 清田はそれらを纏める執事長の役を担っていた。


「清田に孫が居たとは初耳だな」


「あの滅私奉公の権化のような爺さんが、聞かれもしない自分の家族構成の事なんか話すかよ」


 やれやれと首を振る光一郎。

 それから、床に置いていた学生カバンに手を伸ばし、一通の手紙を取り出した。


「ほらよ、御当主様から手紙だ」


「父の……」


 夏姫は手紙を受け取り、封を解いた。

 暫し紙面の文に目を落とし、小さく嘆息する。


「絶縁状、か」


「そうだな、絶縁状だ」


 夏姫の独り言を、光一郎はそっけなく肯定した。

 

 父からの手紙には、夏姫への失望がごく短く綴られていた。

 王子に振られた事、自殺を図った事、この二点が夏姫の『柏陵院家の娘』としての価値を著しく下げた。

 二度と柏陵院の屋敷の敷居を跨ぐ事を許さぬ、と纏めればそのような内容だった。


「アンタが身投げしたのが、生徒の帰宅しきった夜だった事が幸いして、自殺については内密に処理されたらしいぜ。柏陵院家のご令嬢は今、階段から転げ落ちた怪我で入院している事になっている。まぁ、王子との婚約解消や山野嬢への仕打ちは、尾ひれはひれがついて学園中のスキャンダルになっているがな」


 光一郎は興味なさげに現状を説明した。

 顎に手をやり、夏姫はふむと頷く。


「そうか。で、おれ――いや、()はこれからどうすればいい?」


「……随分、落ち着き払ってるなアンタ」


 光一郎が訝し気な表情で夏姫を見る。

 彼女は、ふっと軽く口角を上げた。


「取り乱せば、何か事態が好転するとでも?」


「……ふぅん」


 光一郎はニッと笑顔を見せる。


「いいね。泣き喚かれたら面倒だと思ってたが、どうもそういうタマじゃねーみたいだ。ちょっと見直したぜ、お嬢様」


「泣かれたら面倒、と言う割には、随分と無遠慮に切り込んできたじゃないか」


「そりゃあ、自殺を図るような馬鹿にする遠慮なんて、持ち合わせちゃいねぇからな」


 光一郎は腕組みをしたまま胸を逸らした。


(こいつは歯に衣着せぬというか、オブラートに言葉を包むという事が一切できないのか)


 呆れたような半眼を光一郎に向ける夏姫。

 しかし彼はそんな視線など、全く気にしてはいないようだった。


「まぁ、絶縁状叩きつけたといっても未成年の子どもを放置(ネグレクト)はできねーわけで。こうして世話係がやってきたわけだ」


「……世話係?」


 夏姫の半眼が更に胡乱げになる。


「なんだよ、俺が世話係じゃ不満か? こう見えても、俺は爺さんの跡継ぎ候補なんだぜ?」


「清田の……」


「そう、俺は爺さんの跡継いで、やがては柏陵院の執事長にまで上り詰めるはずだったんだ。それが何の因果か、こんな当家から縁切りされた娘の世話係にされちまった……」


 話しているうちに気分が重くなったのか、光一郎はハァと溜息を吐いた。


「さて、と。用件も済ませたし、そろそろ俺は帰るわ。主治医の話では、状態も良好だし、明日にも退院していいんだってよ。学校終わったら迎えに来るから、待ってろよ」


 おもむろに立ち上がった彼は、言うだけ言って病室を後にした。

 再び静かになった部屋の中、夏姫は白い天井を見上げる。


(絶縁ね……ほとほと、親とは縁がないな俺は)


 志島秋生は孤児院の出身だった。

 赤ん坊の時分に施設の前に捨てられていたところを拾われており、当然ながら親の事など欠片も覚えていない。


 だが、夏姫の両親の事を考えると、それで良かったと思う。

 夏姫の父は娘を政略結婚の駒としてしか見ていない節があった。

 母親には娘に対する愛情があったようだが、それ故に施されるスパルタ教育に幼い頃の夏姫は酷く泣かされていたものだ。


(夏姫の親に比べれば、孤児院の先生の方がまだマシだったな。まぁ、あの人も事あるごとに子供に体罰を振るっていたが……あれは時代かねぇ)


 布団の中に潜り込み、目を瞑る。

 志島の感覚では、本当に久しぶりの布団の感触だった。

 それも煎餅布団ではなく、スプリングが効いたふわふわのベッドである。

 

 彼女はそのまま深い眠りについた。

 戦火や敵襲に怯えずに眠る事が出来る、小さな幸せがそこにあった。


 

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