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028 私が知る先輩


 5月の連休が終わり、学園生活が再び始まる。


 昼休み、夏姫は光一郎の作った弁当を食べ終えた後、一人自席に座り本を読んでいる事が多くなっていた。

 ゆったりと小説を読むのも存外悪くないものだ。

 生前出来なかった贅沢な時間を過ごし、彼女は今の生活を満喫していた。

 

 退院から暫くの間、好奇の視線に晒されていた夏姫だったが、今はもう落ち着いている。

 取り巻きの女子生徒達も近寄ってくる事がなくなっていた。

 山野朋子への謝罪の件以降、距離を置かれるようになったのだ。

 彼女たちの朋子へのイジメも中断されているようだった。

 柏陵院夏姫という担ぎ上げる神輿がなくなった今、行動力を削がれたのだろう。


(……飲み物でも買いに行くか)


 夏姫は文庫本をパタンと閉じ、廊下に出た。

 階段を降りて踊り場を曲がると、上ってくる朋子と目が合う。

 彼女は夏姫に気づくとビクリと背筋を伸ばし、視線を虚空に彷徨わせた後、足早に夏姫の横を通り過ぎていった。

 その背中を夏姫は黙って見送る。

 

(彼女が銀城君の考えていた部員第一候補か……回復魔術を使える才能の持ち主だ、練習を積めばMBF部でもきっと活躍できるだろうな。だが、私には彼女にアプローチする資格が無い)


 新乃宮に『彼女に近づくな』と言われ、その言葉を呑んだ夏姫は、朋子に掛ける言葉を持たなかった。


 気を取り直して、夏姫は階下へ降り、1階食堂の横に設けられた自販機でコーヒーを買った。

 その場でドリップするというのが売り文句の自販機だ。

 取り出し口に紙コップが自動的に置かれ、ガガガと音を立てて自販機が僅かに揺れ始めた。


「……えーと」


 夏姫がコーヒーの出来上がりを待っていると、小柄な少女が隣に立った。

 彼女は横に並んだ自販機にお札を入れ、オレンジ風味の炭酸飲料のペットボトルを買う。

 取り出し口からそれを取り出して床に立て、次はお茶のペットボトル、その次はほんのりと果物の風味付けしたミネラルウォーター、それから紅茶のペットボトルを2本と缶コーヒーを購入した。


(凄い量だな……友人の分の買い出しか?)


 夏姫が彼女を眺めていると、その視線に気づいた少女は小動物然とした愛らしい顔をはにかませた。

 それから床に立てて並べていた飲料を腕いっぱいに抱え、歩き始める。

 その途端、彼女は飲料をバラバラと落とした。

 ペットボトルが廊下に転がって散らばる。


「ああっ……!」


 少女は廊下に四つん這いになり、飲みものを集め始めた。

 彼女の傍に寄り、夏姫はペットボトルを拾い上げる。


「あ、すみません。ありがとうございます」


 夏姫にペットボトルを差し出された少女は、愛想笑いを浮かべながらペコリと頭を下げた。


「それは友人の分か? 一人で運ぶのは辛いだろう」


「あ、はい。でも、大丈夫です。ちゃんと持てますから」


 少女は拾い集めた飲料を腕に抱き、腰を上げる。

 すると、スチール製のコーヒーの缶がスコーンと音を立てて床に落ちた。

 夏姫はその缶を手に取り、チャプチャプと軽く中身を揺らしながら問いかける。


「手伝おうか?」


「い、いいえ! そんな滅相も無い! えーと、先輩……ですよね。先輩の手を煩わせるわけにはいきませんから!」


「それなら、缶コーヒーとペットボトルの一本くらいはポケットに入れるといいだろう。全部を腕に抱えるのは辛そうだ」


 夏姫は少女に近寄り、コーヒーの缶を入れようとブレザーのポケットに手を伸ばした。

 彼女は一歩後ろに後ずさる。


「ああ、いえ……私の制服のポケットに入れたものなんて、誰も飲みたがらないかなーって……エヘヘ」


 少女は卑屈な事を言いながら、笑みを浮かべている。

 夏姫はフゥと短く溜息を漏らし、彼女の腕からペットボトルを2本取り上げた。


「だったら、やはり手伝おう。キミをこのまま見過ごすわけにはいかない」


「え……でも、それは」


 少女はまごつく。

 困ったように眉根を顰め、しかし愛想笑いだけはやめずにいた。


(……これは、友人の為に買い出しに来たというより、押し付けられている感じだな。そして、そんな自分が先輩を連れて飲み物を運んで戻る事を忌避している。そんな事をしては、買い出しを押し付けた生徒達から、何故上級生の世話になったのだと顰蹙を買うからだ。さて……どうしたものか)


 夏姫が思案を始める。

 その間も少女はただオロオロとこちらを見るだけだった。


「あれ、先輩。何してるんですか?」


 背後から声を掛けられ、振り返るとすばるの姿があった。

 彼女はガマ口の小さな財布を片手に、こちらに歩いてきていた。


「すばる。キミも飲み物を買いに来たのか?」


「ええ、先輩も……と、そちらは大槻(おおつき)さんですね。どうかされたんですか?」


 すばるは二人の様子を見て何かを察したように尋ねてくる。


「知り合いか?」


「知り合い、というよりクラスメイトですかね」


 すばるの様子を見るに、彼女とは『顔と名前は知っているが話したことはない』くらいの間柄だろう。

 だが、上級生である自分よりもクラスメイトである彼女に後を託した方がスムーズなはず、と夏姫は結論を下した。

 すばるに缶コーヒーとペットボトルを押し付ける。


「え、ちょっ、先輩!?」


「すまんがすばる、この子を手伝ってやってくれ。クラスの子に買い出しを任されたらしいが、量が多くて難儀していたようでな。頼む」


「えぇー……いやまぁ、いいですけど。じゃあ、行きましょうか大槻さん」


「悪いな。今度、何か埋め合わせするよ」


 すばるはしかめっ面をしたが、気を取り直したように彼女と共に歩き始めた。

 その二人の背中を見送っていると、途中で大槻はちらりと夏姫の方を見て、ぺこりと小さく頭を下げた。


(これで良かったのかね……? 全く、学生というのも大変だな)


 夏姫は手を上げて軽く振り、彼女の礼に応えた。

 それからコーヒーをドリップしていた事を思い出し、自販機の取り出し口から紙コップを取り出す。


「あ……」


 コップの中には黒色の液体がなみなみと注がれていた。

 どうやらミルクや砂糖を加えるには、別のボタンを押す必要があったようだ。

 熱いブラックコーヒーを口に流し込むと、苦みが舌の上に広がった。

 夏姫は目を細め、小さく舌を出す。


「苦い……」



 ※  ※  ※



「それにしても、一人に買い物押し付けすぎでしょ。ちょっと私、文句言ってあげるよ!」


 大槻の持っていた飲料を半分受け持ち、すばるは怒りを露わにしていた。

 彼女の言葉に、気弱な少女は首を小さく振る。


「ううん、いいの。私外部生だし、こういうの引き受けないと仲間に入れて貰えないから」


「ああ、そういえば大槻さんは高校からこの学園に入った特待生だっけ。でも、したくない事をしてまで仲間に入れてもらうのって大変じゃない?」


「でも……独りぼっちはやっぱり寂しいし」


 大槻がエヘヘと笑う。

 心の底から笑っているわけではない、ただの空笑いだ。

 すばるはふ~んと生返事をする。


「私は自分を曲げてまで人に合わせるなんてやだなぁ」


 すばるの率直な感想に、大槻は眉根を寄せて苦笑した。

 それから、彼女は気になっていた事を尋ねる。


「ねぇ、さっきの人は銀城さんの部活の先輩?」


「うん、そうだよ。柏陵院夏姫先輩。我がMBF部のエースだよ」


 すばるが誇らしげに答えた。

 大槻はその名前を聞き、意外そうな表情を見せる。


「あの人が、柏陵院先輩? あの親切な人が?」


 すばるは大槻の疑問符に思い当たる節があった。

 彼女はきっと噂を知っているのだ。

 柏陵院夏姫が同級生をイジメて、その現場を押さえた自国の王子から婚約破棄を宣告されたという、あの噂を。


「夏姫先輩の過去の事はよく知らない。だけど、私が知っている夏姫先輩は、いつも優しくてまっすぐで頼りがいがある人。それだけだよ」


 すばるがニコリと笑みを浮かべる。

 大槻はその表情を見て、つられるように微笑んだ。


「そっか、あの人が柏陵院先輩なんだ」

 

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