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027 打ち上げ


 昴星学園と日神学園の共同合宿は最終日を迎えた。


 関西エリア優勝校の練習風景を見学出来たのは、昴星学園MBF部にとって大きな収穫だった。

 

 動き回る相手に対する射撃訓練。

 あらゆるシチュエーションを想定した白兵戦とその対処の仕方。

 統合魔術の効果的な運用法。


 濃密な時間が過ぎていった。


「皆様、合宿お疲れ様でした。これより、昴星学園MBF部の皆様の送別会を兼ねた打ち上げを開始いたしますわ! じゃんじゃん食べて飲んで、御歓談くださいませ!」


 練習終了後、日神花子が音頭を取り、食事会が催された。

 格納庫横の空き地に大きな鉄板を引き、火にかける。

 その上で各々が好きな食材を焼いて立食する形式だ。

 

 夕暮れの校内に肉と魚介類の焼ける匂いが漂う。


「やー、お疲れさん。夏姫さん」


 夏姫がとろけるような牛肉のロースに舌鼓を打っていると、上條蓮華がやって来た。

 手にはイカ焼きそばを盛った紙皿を乗せており、それを割り箸で豪快に啜る。


「うん、美味い! 焼いたソースの香ばしさ最高やなぁ! あ、肉貰うで」


 夏姫の前で良い具合に焼かれていた肉を遠慮なく箸で取り、ぱくりと口に入れる蓮華。

 熱かったのかホフホフと息を吹き出し、難儀しながら咀嚼する。


「水を飲むか?」


 紙コップに注がれたミネラルウォーターを蓮華の前に差し出す。

 彼女は手を振ってそれを拒み、ごくりと肉を嚥下した。


「ッふー! 意外に熱くてビックリしたわ。でも美味かった!」


 蓮華はニヒヒと悪戯っぽく笑った。


「合宿もあっちゅう間やったなぁ。うち、夏姫さんとのヒリつくような試合が忘れられんわ」


「ああ、私もだよ。ドルクのビーストシリーズと戦ったのは初めてだったし、その強さと恐ろしさを充分に知ることも出来た。良い経験になったよ」


 実際、夏姫は彼女との試合で認識を改めていた。

 9年間戦場を転々としてきた志島にとって、高校生は歳若い未熟な子どもに見える。

 だが、目の前で美味しそうに料理をパクついている少女が見せた操縦技術は、元兵士の視点から見ても舌を巻くレベルのものだった。

 

 試合では勝ったが、ファイターの下半身は彼女の牙によって大破されてしまっている。

 これが戦場であったならば、僚機の力を借りずには撤退すら出来ない状態にまで追い詰められたという事だ。


(彼女たちはシミュレータで毎日のように試合をこなしている。その経験量は、戦場に立つカラクリ乗り以上なのかもしれないな)


 これまでも決して侮りがあったわけではない。

 だが、これからの試合は命を賭す覚悟で、真剣に臨もうと夏姫は思う。

 それが現世に甦ってまで己を殺したカラクリ――『サタリス』に挑まんとする自分に課された命題なのだ。


「お楽しみになっておられますか、夏姫様」


 ジュースを注いだ紙コップを手に、花子が夏姫の元へやってきた。

 夏姫は微笑を浮かべ、こくりと頷く。


「もちろん。食事も美味しいし、言う事はないよ」


「それは良かったですわ。日神家のコックが目利きして選び抜いた食材ですの。どんどんいただいてくださいな」


 ホホホホ、と彼女は上機嫌に笑う。

 夏姫は焼けたヒモ付きのホタテに醤油を垂らし、口に運んだ。


(うん、これも美味い。香ばしく焼けた貝柱の甘味にヒモのホロ苦さが絶妙に合わさって……辛口の酒が飲みたくなるな)


 戦場では大きな勝利がある度に少量の酒が兵士に振舞われた。

 酔えるほどの量ではなかったが、喉を焼くような酒が己の身体を巡る感覚は好きだった。

 これに美味い食べ物を合わせたらさぞかし最高なのだろうな、と常々思っていたものだ。


「時に夏姫様、一つお願いが……」


 花子が改まった様子で夏姫に話しかけてきた。

 少し視線を下げ、もじもじと身体をくねらせている。

 夏姫は首を傾げた。


「なんだ?」


「わ……私と写真を撮って欲しいのですわ!」


 花子は頬を薄紅色に染めながら、ブレザーのポケットからデジカメを取り出した。

 なんだそんな事か、と夏姫が了承しようとすると、蓮華が寄って来た。


「おっ、ええやん部長! みんなで集合写真撮ろうや!」


「れ、蓮華さん!? いえ、違いますわ! 私は夏姫様と……」


「おーい、みんなー! 部長が写真撮る言うとるでー!」


 蓮華がブンブンと手を振り、注目を集める。

 部員たちが食事の手を止め、あれよあれよと集まって来た。

 昴星学園のメンバーが真ん中に固まり、その横に日神学園の部員たちが並ぶ。


「それでは撮らせていただきます。はい、チーズ!」


 デジカメを受け取っていた白田が合図と共にシャッターを切った。

 ピピっという電子音の後、フラッシュが炊かれる。


「はい、OKです」


 白田は写真の出来を確認した後、花子にデジカメを返した。

 彼女はデジカメに残された画像を見てから、小さく溜息を吐く。

 その様子を見て、夏姫は彼女の手からデジカメを取り上げた。


「あっ、夏姫様?」


「えーと……ああ、銀城君。すまないが、私たち二人の写真を撮ってくれないかな」


 夏姫は近くに居た星也に声を掛け、デジカメを渡す。

 そして頬を赤くして緊張する花子の隣に戻った。


「それじゃ、いくよ。はい、チーズ!」


 フラッシュが視界を白く染め上げる。

 星也が画像を確認し、デジカメを花子に返した。


「ありがとうございますわ、夏姫様、星也様!」


 花子はスカートの裾を摘まんで礼をし、歓談する皆の方へ戻って行った。

 

 火に掛けた鉄板を囲み、部員達が陽気に騒いでいる。

 その様子を遠くから眺めていると、隣に立っていた星也がぽつりと口を開いた。


「……そろそろウチも、5人目の部員を探さなくちゃいけないね」


「そうだな、もう5月の連休も終わる。待っているだけでは、新入部員はもうやってこないだろうな」


「柏陵院さんには光一郎を連れて来て貰ったから、次は俺が動きたいところだけど――」


 星也が腕を組み、難しい顔をした。

 何かを言おうかどうか迷っている表情だ。

 夏姫は小さく首を傾げ、言葉の続きを促す。


「誰か心当たりでもあるのか?」


「うん、まぁ……あるというより、()()()だけどね」


 後頭部を掻き、星也は少し言い辛そうに言葉を淀ませた。


「実を言うと、俺は最初の部員として朋子……山野さんを呼ぼうとしていたんだ。彼女は魔導具の補助なしでもちょっとした怪我程度なら治せる、回復魔術を心得ていてね」


「回復魔術!? ……それは凄いな。属性魔術に寄らず、天性の才能が無いと使えない魔術じゃないか」


 夏姫がその事実に驚く。

 回復魔術の使い手は、戦場では神の如く崇められていた。

 その絶対数は少なく、志島自身は世話になったことがなかったが、彼らのおかげで命を取り留めた兵士は数多い。

 素直に驚嘆し、夏姫は山野朋子に対し崇敬の念を覚えた。

 

 星也がフゥと溜息を吐く。


「だけど、流石に彼女をこの部に誘うわけにはいかないだろ? 我が部にはもう、君というエースが居るんだから」


「……そういう事か」


 夏姫は朋子に謝罪したものの、許しを得たわけじゃなかった。

 新乃宮の手前、彼女も夏姫に歩み寄ろうとはしないだろう。


「すまないな。知らなかったとはいえ、割り込むような真似をしてしまった」


 夏姫が謝ると、星也は首を大きく振った。


「とんでもない! 君がMBF部に入ってくれて良かったと、今は心の底から思っているよ。朋子は魔導の才は確かにあるけれど、マージギアの搭乗経験はない素人だ。彼女を入部させていたら、きっと俺は今みたいな気持ちにならなかったから」


「今みたいな気持ち?」


 夏姫が長身の彼の顔を見上げると、その鳶色の瞳と目が合った。

 真っすぐに揺らぎなく、彼は言う。


「もう負けたくない。大会で優勝したい――そういう気持ちさ」


 両校の生徒達の笑い声が離れた場所から聞こえてくる。

 合宿最終日の夜が過ぎていった。


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