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026 決意


「すみません、先輩。負けてしまいました」


 団体戦の試合終了後、コクピットから降りてきたすばるが夏姫に対して頭を下げた。

 夏姫はすばるの両肩に手を当て、上半身を起こさせる。


「何を謝る必要があるんだ、すばる。チームの実力と弱点を見定める事が出来た、いい試合だったじゃないか」


 ポンと彼女の背中を叩き、夏姫は星也と光一郎の方を見る。


「二人もお疲れ様。健闘だったな」


 夏姫の言葉に二人は顔を見合わせる。

 その表情は浮かないものだったが、光一郎が拳を星也に差し出すと、星也は小さく笑みを浮かべて拳を合わせた。

 

 試合終了後は各校に分かれてミーティングを行う運びになった。

 昴星学園のメンバーは、学内の自販機がある場所まで移動した。

 各自飲み物を購入し、休憩所として設けられた丸テーブルを囲んで椅子に座る。


「それでは反省会を行おう。まずは柏陵院さんの試合だけど――」


 部長である星也が場を仕切り、夏姫に視線を送る。

 彼女はこくりと頷き、自省点を述べた。


「私と蓮華さんの試合は、広い山間のステージで行われた。探知魔術を使えないカラクリ乗りにとっては不利なステージだったな。跳躍して上空から敵機を発見することも考えたが、あの木々の合間に隠れられたら難しい」


「だから、開けた場所に移動して相手を待ち受けたんだろ?」


 光一郎に問われ、夏姫は肯定する。


「ああ。だが、対策を講じて気を抜いていた部分もあったと思う。まさか防音魔術で後ろから忍び寄ってくるとはな。危うく一撃で落とされるところだった。ああいう魔術がある事も念頭に置いておかないといけないな」


 夏姫は目を閉じ、己の胸の内に刻み込むかのようにコクコクと頷いた。

 すばるが苦い笑みを浮かべる。


「いや~、防音魔術を使える高校生なんて、そうそう居ないと思いますけどね。というか、居ないで欲しいです、切実に」


「空気弾を放つ魔術も、それ自体は風の魔術として凡庸なものだったが、使い方が良かったね。彼女は2度、空気弾の反動で機体を移動させて窮地を脱している。あの魔術の応用は、俺でも出来そうだ」


 星也が顎に手を当て、一人思考を巡らせ始める。

 すばるは「また始まっちゃった……」と呆れ顔だ。

 

 コホンと咳ばらいをし、夏姫が改めて試合を振り返る。


「ティーガーⅡとの接近戦は危ない場面が多々あったな。尻尾で剣をかち上げられた時は驚いた。あの長い尾に、あんな使い方があるとは思っていなかったよ」


 実際、あの瞬間は肝が冷えた。

 尻尾で剣を払われた後、ティーガーⅡはこちらの隙を突いて噛み付きにきた。

 あと少し反応が遅れていれば、巨獣の(あぎと)はファイターのコクピットを噛み砕いていただろう。


 夏姫は光一郎に視線を送る。


「光一郎、これからもティーガーⅡに乗るつもりなら、あの尻尾を使う技術は身に付けた方が良いぞ。人型のカラクリにはない、強力な武器になるはずだ」


「お? おお、分かった」


 光一郎は紙コップに注がれたホットカフェオレを飲むのを中断し、彼女に向かって返事をした。

 それから青い空を仰ぐ。


「んー……()()()()()、か。確かに、ティーガーⅡは凄ぇ面白い良い機体だ。けど、実は俺、乗ってみたいマージギアがまだあるんだよなぁ」


「? 乗ってみたい機体ってなんですか、先輩?」


 すばるに問われ、光一郎は照れ臭そうに後頭部を掻く。


「マージギアの雑誌によ、ティーガーⅡと並んでライオンみてぇな機体が映ってたんだ。俺そっちも一度乗ってみたいんだよ」


「あー……確か『レーベ』でしたっけ。ティーガーⅡと比べて重量があるパワー重視の機体ですね」


「そう、そのレーベだ。写真を見た時、凄ぇ恰好良かったからビビッと来たんだ。でも、さすがに一度も試乗せずに機体を選ぶなんて出来ねぇよな……」


「それでしたら、マージギア展示会を訪れるのがよいでしょう」


 光一郎が悩ましく頭を抱えていると、遠くから助言が届いた。

 声の方へ視線を向ければ、髪を七三分けにした白衣姿の男性が立っている。

 白田だ。

 

 唐突な登場の仕方だが、もう誰も彼の神出鬼没性に気を留めなかった。

 光一郎は首を傾げて彼に尋ねる。


「白田さん、展示会っていうのは?」


「はい、マージギア連盟は各エリアごとに現在導入可能なマージギアを全て展示しております。博物館のように一般開放されており、シミュレータによる試乗も出来ますよ。もちろん、ドルクの『レーベ』も展示されております」


「へぇ、そんなのもあるのか!」


 光一郎は期待感に笑みを浮かべ、小さく握り拳を作った。

 レーベに乗る自身の姿を思い浮かべているのだろう。


 白田は若者の悩みが解決された事を見届けると、白衣を翻して颯爽と格納庫に戻って行った。


「……さて、柏陵院さんの試合の方はこれくらいかな? 次は俺たち、団体戦の方を振り返ってみよう」


 黙々と一人で魔術の応用法に考えを巡らせていた星也が我に返り、再び場を取り仕切り始めた。


「俺たちの試合は港の貨物置場で行われた。俺が探知魔術を使い、相手の位置を特定したんだったね」


「お兄様の探知魔術は、これからの団体戦でも索敵の要になると思います。チームに一人は欲しい人材ですね。欲を言えば、もう一人欲しいところですけど」


 すばるがちらりと光一郎を見る。

 光一郎の魔力属性は土の相が色濃く出ている。

 風属性と同じく、探知魔術を得意とする属性である。

 

 だが、当の本人はきょとんとした表情を作っていた。


「ん、何だ俺か? 俺に魔術を使えって?」


 無理だろそんなの、と光一郎が手を振る。

 そんな彼を夏姫は真摯な面持ちで見つめた。


「光一郎、己の可能性を自分から狭めるな。魔術は個人によって得手不得手があるが、やってみる前から不可能と思い込んでいては習得は出来ないぞ。すばるは魔力の絶対量の点から見て厳しいが、キミのポテンシャルなら充分可能な筈だ」


 夏姫の言に、星也も同意して頷く。


「その通りだよ。それに、ビーストシリーズはアサルトライフルのような外部兵装を携行出来ない分、魔術をサブウェポンとして使用するしかないからね。探知魔術の事は置いておくにせよ、魔術の習得は急務だよ」


「土の属性なら、地面から土や岩石などを固めて相手に撃ち放つ魔術がポピュラーですよね」


「マジかー……魔力の操作をようやくマスターしたと思ったら、次は魔術かぁー」


 光一郎がどてっと机に突っ伏す。

 魔導試験箱の呪縛から解放された彼の前に、再び厚い壁が立ち塞がったのだ。

 げっそりしている少年の姿を、夏姫は温かい目で見守った。


「魔術と言えば、日神学園の統合魔術は凄かったね」


 星也が試合の内容に話題を戻した。

 すばるは目を輝かせ、両手をパンと合わせる。


「『狂飆(きょうひょう)』ですね! あれは凄かったです! 並べ積まれた貨物コンテナを一気に吹き飛ばしたあの威力! マージギアの真髄を見たり、って感じでした!」


 嬉々として語るすばる。

 普段からそうだが、彼女はマージギアの事となると目の色を変えて多弁になる。

 星也が妹の頭をポンポンと優しく叩いた。


「落ち着きなさい、すばる」


「でも、確かに凄かったよなぁ、あの魔術。うちのメンバー……例えば、お嬢様や星也先輩でも同じような事が出来るのか?」


 光一郎が二人の顔を見る。

 その質問に夏姫が首を横に振った。


「それは難しいな。統合魔術は同じ魔術を行使することで威力を増幅させるんだ。私と銀城君では属性が合わない」


「属性を合わせるって点で言えば、風と土の複合属性の俺とすばる、そして土属性の光一郎は相性が良いね。何らかの統合魔術を使うことが出来るかもしれない」


 星也の言葉に光一郎はへぇーと生返事をする。

 魔術の心得の無い彼にはピンと来ないのだろう。

 

 夏姫は話題を本筋に戻す。


「魔術と言えばもう一つ……銀城君は新しい風の魔術を見せたな」


「柏陵院さんの四式『爆熱炎』を風の魔術にアレンジしたものだね。風の塊を相手に飛ばし、着弾と同時に暴風へと変える技だ。以前の俺でも強い風を手から垂れ流すだけなら出来たけど、離れた場所・任意の起点で暴風を生み出せるのは強力だね。いい魔術だよ、これは」


 星也が白い歯を見せてニコリと笑った。


(試合で何度か見せただけで学習してしまうとは……彼の魔術の才能も大概だな)


 夏姫は胸中で星也を称賛する。

 ヤマ帝国陸軍の術式は数字が上がる毎に難度が増す。

 四式に至れる者は兵士の中でも限られていた。


「そんで、後は3対3、敵チームと真正面からぶつかったんだな」


 光一郎が話を進めると、場を少しだけ沈黙が支配した。

 ここから先は一同にとって苦い展開の話だ。

 星也がこくりと頷き、先に結論を纏めた。


「……俺たちは負けた。純粋に力不足だった。相手に勝るところは、ほとんどなかったと思う」


 夏姫は熱いお茶で喉を潤した後、自身の意見を述べる。


「団体戦はいかに連携をとれるかが重要だ。だが、日神さんの駆るナイトは銀城君の山王に迫り、チームを分断させた。日神さんはナイトの防御力があれば、山王を一人で抑え込めるという確信があったのだろう。相手の作戦に乗るべきではなかったな」


「その通りだね……俺は自分の新しい魔術に浮かれていた。鉄のコンテナを吹き飛ばすほどの威力の魔術だ、きっとマージギアにも通用する……そう過信していた。いざその魔術が打ち破られた時、俺は後退する事しか出来なかった」


 星也が手元のコーヒーに視線を落とし、うなだれる。

 夏姫は彼の横顔を一瞥した後、光一郎とすばるの顔を見回した。


「二人の方は、銀城君の結論通り、まさに実力が足りていなかったな。ファイターの猛攻とタイラントの遠距離攻撃、その連携に対応できず、まず光一郎のティーガーⅡが魔力の砲弾で足を失った。前足を一本失っただけで動けなくなるのは、ビーストシリーズの弱点の一つと言えるだろう。それから、ファイターとタイラントがフロッグマンGに向かっていき、敗北を悟ったすばるは機体を破壊される前に銀城君を援護した。結果的に銀城君はナイトを落とす事が出来たが、後に勝機を託す結果に繋がるものではなかったな。この勝負は完敗だったと思う」


 夏姫は試合の流れを『完敗』の一語で締めくくった。

 俯いていた星也が、顔を上げる。

 机の上に手を置き、勢いよく立ち上がった。


「次は負けない! 強くなってみせる、絶対に!」


「はい、お兄様! 私も同じ気持ちです!」


 すばるも腰を上げ、両手を握り締めて奮起する。

 次いで、夏姫と光一郎も立ち上がった。


「次は必ず勝とう。部員みんなでな」


 夏姫が手の甲を空に向けて、3人の前に差し出す。

 彼女の手の上に皆が順々に手を乗せてゆき、同じ決意を胸の内に共有した。



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