023 纏火
ティーガーⅡが、再び森の中にその巨躯を潜ませた。
収音装置からも相手の駆動音は聞こえてこない。
おそらく防音魔術を使っているのだろう。
(再び背後から奇襲するような、ワンパターンな手は使わないと思うが……)
夏姫は背後を警戒しつつ、ファイターの左手に魔力を集中させた。
胸の高さにまで腕を上げ、手のひらを空に向ける。
「火術一式、『焔』」
ファイターの左手から、炎が燃え盛る。
時間が経つに連れて強く大きく燃焼していく炎に、ジャイアントソードの刀身を突き入れた。
「五式、『纏火』」
剣を炎から引き抜くと、その刀身に炎が纏わり着く。
赤く燃える刃をブンと縦に一振りしても、その炎の勢いが落ちる事はなかった。
「さて……燃やすか」
夏姫はファイターを木が密集する方へ移動させ、剣を横に払った。
杉の木が三本ほど纏めて切り倒される。
切断された樹木は炎を纏い、他の草木へ延焼を始めた。
(シミュレータだから、山火事が起きても何の問題もない。炙り出してやろう)
夏姫は燃える剣を真横に構え、ファイターを走らせる。
次々に杉の木を切り倒していき、火の海が広がり始めた。
「ちょい、待てぇー!」
燃える木々の中から、ティーガーⅡがたまらず姿を現した。
その装甲は煤で黒く汚れている。
「山に火ぃ付けるなんてエラいことすんなぁ、柏陵院さん!」
「隠れられたら見つけられないからな。千日手を使われる前に、対処して置こうと思っただけさ」
「くあー、周り火の海やんか。いくらマージギアが頑丈とはいえ、火に包まれたら酸素供給がのうなって自滅するで?」
蓮華の言に、夏姫は首を振った。
「私は平気だから問題ないよ。カラクリに炎を纏わせて数時間は耐え続けられる魔術を習得しているからな」
「マジかいな……このステージ、ウチが有利や思うとったけどそうでもなかったようやね」
ティーガーⅡが姿勢を低くしながら、じりじりと横へ移動を始めた。
夏姫は炎を纏うジャイアントソードの切っ先を、獣に対して向け続ける。
「こうなりゃ短期決戦やッ!」
蓮華の声と共に、ティーガーⅡが大きな顎を開いた。
その口の奥から魔力反応を感じ取り、夏姫は機体を横に走らせる。
直後、獣の口から圧縮された空気の塊が打ち出され、森の木々を大きく揺さぶった。
「オオオッ!」
夏姫がティーガーⅡとの距離を詰め、ジャイアントソードを横一文字に振るう。
その攻撃を蓮華は上に跳んで躱した。
「ハッ!」
跳躍したティーガーⅡの口から、再び空気の塊が放出される。
夏姫は腰を落として剣を地面に突き立て、上空からの突風に煽られないように身構えた。
ティーガーⅡは空気弾を吐いた反動で後ろへ吹き飛び、くるりと空中で回転しながら着地する。
(攻撃の為ではなく、距離を取るための空気弾か。なかなか面白い戦法だ)
夏姫は燃え盛るジャイアントソードを構え、ティーガーⅡの元へ迫る。
獣の口から、再度空気弾が発射された。
「突っ切るッ!」
魔導炉に魔力を注ぎ込み、機体の出力を上げる。
ファイターが這うような前傾姿勢になり、地面を強く蹴った。
風の塊が機体を煽るが、魔力で補強した脚力で強引に突っ切っていく。
ファイターがティーガーⅡに肉薄した。
「シッ!」
上段に構えた剣を、獣の頭目掛けて振り下ろす。
その斬撃を横に避けたティーガーⅡは、鋭い爪が生えた右手を振るった。
夏姫は剣を構え、その爪の斬撃を受け止める。
同時に、刀身に全霊の魔力を送り込んだ。
「四式、『爆熱炎』!」
ジャイアントソードの纏った炎が、衝撃を撒き散らしながら大爆発を引き起こす。
ファイターとティーガーⅡの両機が爆炎に包まれた。
だが、己の魔術で自滅するほど夏姫は愚かではない。
地に立ち健在であるファイターに反して、ティーガーⅡは爆風と衝撃で地に伏していた。
無防備になった胸部へ、夏姫は間髪入れずにジャイアントソードを突き入れる。
「ハッ!」
だが、ファイターの剣の切っ先が相手の装甲に届く前に、蓮華は風の魔術をティーガーⅡの口から放射していた。
バランスが崩れていたティーガーⅡは、空気砲の反動で地面を転がる。
(これも躱すか! だが――!)
夏姫は相手に体勢を整える隙を与えず、距離を詰めた。
横たわるティーガーⅡの胸部に剣を向け、再度突きを繰り出す。
その刀身を、長い獣の尻尾が払い上げた。
「――ッ!」
ギィンという金属音が鳴り響き、ファイターの剣がかち上げられる。
ティーガーⅡはすぐさま立ち上がり、隙だらけになったファイターの胴体を噛み付きにかかった。
「ッ、ラアアアッ!」
ファイターが上へ跳ぶ。
ティーガーⅡの鋭い牙はコクピットから狙いが逸れ、ファイターの大腿部にがっちりと食い込んだ。
夏姫は丹田から生まれる魔力を全て魔導炉へ注ぎ込み、機体の出力を上げた。
両手で構えたジャイアントソードを、ティーガーⅡの側面から胸部へ突き立てる。
剣は胸部装甲を容易く突き破り、その奥のコクピットを揺さぶった。
ティーガーⅡの装甲から、色がサッと失われる。
顎の力も失われ、ファイターはティーガーⅡの牙の拘束から逃れた。
だが、脚部の機能が破壊されており、地面に立つことは出来なかった。
「紙一重……だったな」
夏姫はファイターの上半身を器用に使い、地面に座らせた。
全身の力を抜き、搭乗席に上半身を預ける。
心臓がドクドクと脈打ち、全身が熱く火照っていた。
「WINNER 柏陵院夏姫さん、ですわ!」
コクピットの中に花子の宣言が木霊した。
そのすぐ後、モニターの隅にワイプで蓮華の顔が表示される。
彼女は負けたにも関わらず、楽し気な笑顔を浮かべていた。
「やー、負けたわ。強いなぁ、柏陵院さん」
「……いい試合だった、楽しかったよ上條さん」
「うちもや! しっかし、なんやねんあの火の魔術! 剣に纏わりつくわ、爆発するわ、あんなん見た事ないわ! 後で柏陵院さん――いや、夏姫さんの魔術教えてもろーてええかな?」
蓮華は夏姫の名前を呼び、快活な笑顔を浮かべた。
夏姫は目を閉じ、口の端を軽く持ち上げて微笑む。
「ああ、いいよ蓮華さん」
両者は健闘を讃え、互いに名を呼び合った。
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