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019 競走


 夏姫はファイターのコクピットに乗り込み、魔導炉に魔力を注ぎ込んだ。

 ファイターの薄い装甲が、美しい深紅に染まる。


 全周モニターが格納庫内の様子を映し出す。

 眼下では、日神学園の男子生徒が作業用人型機械(クラフトマン)を動かし、縦長の武器コンテナを運んで来ていた。


「ありがとう」


 外部スピーカーを通して謝辞を述べると、クラフトマンに乗った生徒が片腕を上げて応えた。

 

 コンテナがガシャンと音を立てて開かれる。

 そこには刀身6メートルを超える両刃の剣が収まっていた。

 夏姫はファイターの右腕を伸ばし、柄を握りしめる。


(……剣だ。ああ、やはり剣を手にするカラクリは、しっくりと身体に馴染むな)


 志島秋生は対カラクリ戦に臨む際、相手との距離を詰める事を好んだ。

 遠距離で魔術の応酬をするよりも、刃の一閃のもと相手を倒す事が最も重要な己の役割であると確信していたからだ。


 まだるっこしい事が嫌い、という性分もある。

 だがそれ以上に、『矢面に立ち、味方を守る事。敵の数を少しでも早く減らして、味方の被害を減らす事。』

 それこそが、志島秋生がカラクリ乗りとして己に課した責務だった。


 生前の彼は、24という年齢で戦死するまで、約9年間帝国陸軍に服役していた。

 歳は若いが、戦場ではベテラン扱いのカラクリ乗りだった。

 年齢差の上下はあれど、周囲には志島より戦歴が少ない兵士が多く居た。

 その者たちを守る為、自ら危険な役を買っていた事が志島の戦闘スタイルに大きな影響を与えたと言っていいだろう。


(まぁ、守るだとか恥ずかしいセリフ言えようもなかったから、敵をぶった斬るのが大好きだとアイツらには嘯いていたけどな)


 コンテナからジャイアントソードを引き抜く。

 鋼の刀身が、格納庫の天井にぶら下がる照明の光を鈍く反射した。


「夏姫先輩、準備できましたか?」


 コクピットにすばるの通信が入った。

 モニターの脇にワイプで彼女の顔が映る。

 夏姫は頷き、ファイターの剣を両手で構えた。


「ああ、いつでもOKだ」


「それでは、シミュレータを起動しますね」


 モニターの映像が遮断され、コクピット内に闇の帳が下りた。

 暫く待つと、視界に草原地帯の風景が広がる。

 

 周囲を見回せば、3機のカラクリの姿があった。

 星也が操る山王、光一郎が乗るティーガーⅡ、そしてすばるが搭乗しているのは――


「すばるは『フロッグマンG』を選んだのか」


「はい! 基本的にメダリカの機体は魔力の燃費が良くて、魔導の素質が低い搭乗者でも動かしやすいんですよ。フロッグマンGは内部兵装に魔力放射装置が仕込まれてますから、火力面でも頼りになります。初心者向けの良機体なんです」


 すばるはフロッグマンGの細長い腕を掲げ、こぶしをギュッと握らせた。


「へぇ、メダリカの機体にそんな特徴があったなんて知らなかったな」


 前世の記憶では、フロッグマンは数さえ揃っていなければ脅威ではないという印象しかなかった。

 エイリスのナイトやファイターと比べると、一段階ランクが下がる相手。

 それが夏姫のフロッグマンへの評価だった。


「MBFの初心者は、まずメダリカ製のマージギアに乗せろっていうのが指導の定説になっているからね。実際、柏陵院さんが試合で戦ってきた相手は、フロッグマンが多かっただろ?」


 星也に言われ、確かに試合で対面したカラクリにフロッグマンの姿が多かった事に気づく。

 搭乗者が多いのには、それなりの理由があったというわけだ。


「さて、それじゃあ練習を始める――前に、柏陵院さんと光一郎は慣らし運転した方がいいね」


 山王が手を振り、両機に行っておいでとジェスチャーを送る。

 夏姫はジャイアントソードを柔らかな草の大地に突き立て、光一郎の乗るティーガーⅡに視線を向けた。


「光一郎、私はファイターの機動力のテストがしたい。一緒に走るか?」


「おっ、いいぜ。ブッ千切っちまうかもしれないがなぁ!」


 ティーガーⅡがグッと姿勢を低くして駆け出す。

 夏姫も遅れずにファイターを走らせた。

 人を模したカラクリが、獣のカラクリの後ろを疾風の如きスピードで追走する。


(早いな……)


 夏姫の駆るファイターが、じりじりと光一郎の機体から離され始める。

 コクピットに光一郎の楽し気な通信が入ってきた。


「ハハッ、どうやら俺のティーガーⅡの方が速いみたいだな!」


「ああ、どうやらそうみたいだ。ファイターもかなり速い筈なんだがな。山王はもとより、烈火以上の機動力はあるように思えるが……」


「人がトラに速度で勝てる道理はねぇってワケだ! ハハハハ!」


 野性的な哄笑を響かせる光一郎。

 どうやらカラクリを動かせている事に、まだ浮かれきっているようだった。

 夏姫はやれやれと首を振り、操縦桿を握りしめた。


「光一郎、あまり調子に乗り過ぎないほうがいいぞ」


 魔導炉に更なる魔力を注ぎ込む。

 エネルギーを脚部に集中させ、機動力を増進させる。

 ファイターの足が大地を強く蹴り、草原地帯に黒煙の如き土埃を舞わせた。


「んなっ!?」


 光一郎が驚きの声を上げる。

 ファイターがティーガーⅡの横を疾走し、追い抜いて行ったのだ。


 みるみるうちに両者の距離が離されていく。

 1キロ程二人の間が離れた辺りで、夏姫はファイターの足を止めた。

 ティーガーⅡがその前で停止する。


「あんだよ、負けちまった! 最初はこっちのが優勢だったのに、手を抜いてたのかよ!?」


 ワイプ越しに光一郎は悔しそうに問う。

 夏姫は首を横に振り、クツクツと笑った。


「スペック上ではファイターは確かにティーガーⅡの機動力に劣っていたさ。だから、それを魔力で補ってやった。それだけの話だよ、光一郎」


「魔力でって……どうやって?」


「魔導炉に更なる魔力を送り込み、過剰エネルギーをその他の力に転換させる。カラクリ乗りの基本だ。今回は過剰エネルギーを機動力の強化に回したが、装甲の強度を高めたり、白兵戦の威力を上昇させるなど応用は多岐に渡るぞ。光一郎、魔力の操作を覚えろ。まずはそこからだ」


 夏姫はティーガーⅡの頭にファイターの手を置いた。

 ガキンと装甲同士がぶつかる音が聞こえたが、シミュレータだから問題あるまい。

 夏姫はグリグリとティーガーⅡの頭を撫でる。


「うっとーしいわ!? やめろや、お嬢様!」


 光一郎から非難の声が飛ぶ。

 夏姫は破顔し、声を出して笑った。


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