017 獣
清田光一郎は良くも悪くも真っすぐな性格の少年だった。
単純と言い換えてもいいだろう。
感覚的で、感情的で、共感性に富んでいる。
他者が間違った事を行えば烈火の如く怒り、嫌悪を露わにする。
反対に、他者が正しい道を往き成功を収めれば、自分の事のように喜ぶことが出来る人間だった。
光一郎にとって柏陵院夏姫は、大財閥の令嬢という責務を放り出し、あの世へ旅立とうとした愚かな娘だった。
彼女の軽率な行動で屋敷の使用人を含む、どれだけの人間に影響が出たか分からない。
光一郎は、夏姫の事が嫌いだった。
病室で初めて夏姫に会った時も、怒りが胸中を渦巻いており、それが態度として表に出ていた。
露悪的な言動で彼女を責め立てた。
だが、当の夏姫は超然的な態度で光一郎に接した。
彼が嫌味な事を言っても平然と流す。
彼が食事を用意すれば、本当に美味そうにそれを食べ、更には一緒に食卓を共に囲うように勧めてきた。
噂に聞いていた、『人を見下す冷たいお嬢様』という人物評は的を外していたと光一郎は思う。
登校初日にMBF部などという尖った部活を始めた事には驚かされたが、夏姫はどんどん活発的になっていった。
普段あまり表情を変えない彼女が、口角を少しだけ上げ、楽しそうに部活動の事を話すのを見て、光一郎は考えを改めた。
彼女がきちんと人生をやり直そうとしているのならば、従者として付き従おうと心に決めた。
※ ※ ※
日神花子に合宿中に乗るカラクリを選ぶよう促され、昴星学園の面々は各自機体を選び始めていた。
(まぁ、俺は魔力もろくに扱えないから、選ぶもクソもねぇんだけどな……)
漫然とした足取りで歩き、光一郎は立ち並ぶカラクリの姿をやる気なさげな半眼で眺めていく。
広い格納庫の一番奥にまで進み、そこで光一郎はピタリと足を止めた。
「ッ! ……こいつは」
光一郎は一機のカラクリの前で、目を見開く。
そんな彼の元に、上條蓮華が近づいてきた。
「おー、清田くん。お目が高いねぇ、その機体に目を付けるとは!」
「ああ……こいつだ。俺は雑誌で見てから、このマージギアが気になってたんだ!」
光一郎の視線の先には、虎のような獣の姿を模したカラクリが鎮座していた。
頭高は平均的な人型マージギアの腰を超える程度、体長は10メートルを超えている。
尻尾の長さは4メートルほどありそうである。
光一郎は単純な男だ。
カッコイイもの、強そうなものに興味を惹かれる。
幼少期からライオンやトラといった動物が大好きで、それは高校生になった今でも変わらなかった。
隣に立つ蓮華が、機体の解説をする。
「こいつはドルクの第三世代機、ビーストシリーズの一体『ティーガーⅡ』や。マージギアは魔術師との適合率を高める為に人型であらねばならない――ビーストシリーズはそうした風潮に一石を投じた、マージギア界の革命児やで。このティーガーⅡは獣の如き機動力で相手に食らいついて仕留める、ウチの愛機や!」
「格好ぇ~……俺、こいつに乗りたい」
光一郎の口から、ついポロリと本音が漏れた。
それを蓮華が拾い上げる。
「おう、ええやん。ビーストシリーズは操作難度が高いさかい、まともに操縦できるか分からんけど、試してみるだけならタダや。早速乗ってみよか」
「あ、いや、俺は……」
蓮華に背中を押され、光一郎は狼狽した。
彼は未だ魔導試験箱に一度も魔力を通す事が出来ないでいる。
カラクリを動かせる道理はなかった。
(俺にマージギアを動かせるわけねぇ……けど)
光一郎はティーガーⅡを煽り見る。
その鉄の巨獣の雄姿に、少年の心をくすぐられずにはいられなかった。
「乗るだけタダか……」
「せやせや。ホレ、乗ってみぃ」
蓮華がタブレットを操作し、ティーガーⅡの胸部にあるハッチを開いた。
光一郎はゴクリと唾を呑み込んだ後、移動階段を上る。
コクピットに乗り込み、座席に腰掛けた。
(これがマージギアのコクピット。アナログの計器の類はない、操縦桿が二本あるだけ……シンプルな作りなんだな)
ハッチが閉じられると、赤い非常灯が薄暗く周囲を照らす。
光一郎は前傾姿勢になり、操縦桿を握った。
「まぁ、起動するわけねぇけど……。えーと、丹田に意識を集中して――」
瞬間、光一郎の身体がビクリと跳ねた。
体内から、魔力という名のエネルギーが放出されていく。
「うぁ、がぁあッ……!? なんだ、こりゃあ……!?」
※ ※ ※
「なんやて? マージギアに魔力を通すことが出来へん?」
蓮華が驚き、素っ頓狂な声を上げた。
光一郎がティーガーⅡに乗り込んだ事に気付き、夏姫は彼女に急ぎ事情を説明したのである。
蓮華は自分の額をペシッと手で叩いた。
「あかん、魔力の制御も出来んのやったら、根こそぎ魔力を吸い上げられてまうかもしれん」
「? それは一体どういうことだ?」
「ドルクのビーストシリーズは、他国のマージギアみたいにお上品な機体やないで。人型マージギアが魔術師を歯車として動かす兵器なら、ビーストシリーズは魔術師を貪り食って動く獣や。搭乗者の意図と関係なしに、魔力をガンガン吸い上げて動く、飢えた巨獣なんやアレは」
蓮華の大仰な説明を聞き、夏姫は改めてティーガーⅡを見上げる。
大戦期、ドルクはヤマ帝国の同盟国であり、ビーストシリーズの存在は知っていたが戦場で見えた事はなかった。
当然搭乗した経験も無く、その特徴も今初めて知った。
「まぁ、大丈夫や。コクピット周りのマシンは最先端のものやさかい、搭乗者の魔力が枯渇しそうになったら、セーフティが掛かって魔導炉が緊急停止するようになっとる。大戦下では、搭乗者が死ぬまで生命力を吸い上げて戦う事もあったらしいから、随分人道的な機体になったもんやね」
だからそのうち止まるやろ、と蓮華はカラカラと楽観的に笑った。
夏姫は胸の前で右手を握りしめ、ティーガーⅡをじっと見つめ続ける。
※ ※ ※
「ぐ……ああああ! 力が……なんだこれ!? 魔力がどんどん抜けていってんのか!?」
光一郎は徐々に力が抜けていく己の身体の異変に動揺を隠せずにいた。
心拍数が急上昇し、全身が熱を帯びていく。
こめかみから汗が顎先へ伝った。
(何がなんだか分からねぇ……両手に握った操縦桿から、力が吸い取られていく。手を離したくても、離せねぇ!)
光一郎の両手は、接着剤で固められたかのようにしっかりと操縦桿を握りしめていた。
身体を揺すり、後ろへ引き、立ち上がろうとしても、その両手は操縦桿から離れなかった。
そうこうしている間にも、光一郎の力はどんどん失われていく。
「ハァ……ハァ……なんか、メチャクチャ疲れてきた。マラソンでもしてるみてぇに、息切れする……」
呼吸が一定に定まらず、息苦しい。
光一郎は歯を食いしばった。
ギリギリと、力いっぱい食いしばり、それから口を大きく開いて吠える。
「がぁああああああっ!! ムカつく! いい加減にしろよ! 俺の力を勝手に吸い取りやがって! そんなに欲しいなら――」
腹の下に意識を集中する。
そこから、急激にエネルギーを吸い取られていることが、嫌でも実感できた。
「持ってけよ! この野郎ォオオオオ!!!」
咆哮と共に、光一郎の魔力が膨れ上がった。
握りしめた操縦桿を通し、光一郎の強大な魔力が魔導炉へ注ぎ込まれる。
刹那、周囲に光が満ちた。
コクピットの全周モニターに、映像が映し出されたのである。
格納庫の様子が、360度見えるようになった。
「……は? 起動した、のか?」
呆けたように呟く光一郎。
モニターの下部へ視線を移すと、こちらを見上げる夏姫の姿があった。
「あ……」
夏姫は口の端を僅かに持ち上げ、嬉しそうに微笑んでいた。
握りしめていた右手をゆっくりと掲げ、親指を立てて見せる。
「……ふっ、くははは……やっぱアンタ、お嬢様らしくねぇなぁ」
堪えきれぬように、光一郎は笑い声を漏らす。
彼は自由になった右手を操縦桿から離し、モニターの向こうの夏姫に向けてピッと親指を立て返した。
こちらの姿が向こうに見えているわけではない。
だが、無性に応えたくなったのだ。
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