015 共同合宿
五月の大型連休、初日。
夏姫は早朝に目を覚ますと、まず冷蔵庫から牛乳を取り出した。
マグカップに牛乳をなみなみ注ぎ、レンジで熱くなるまで温める。
レンジが稼働している間、洗面所で洗顔や整髪を済ませ、パジャマからスポーツウェアへ着替えた。
(今日も特に変わったニュースはないな)
ホットミルクを時間を掛けて飲みながら、夏姫はテレビで朝のニュースを視聴する。
世の中は概ね平和なようだ。
大きな戦争になりそうなきな臭さも無く、世界情勢は均衡を保っている。
(平和が一番だな……この平穏がいつまでも続けばいい)
少し茶色くなったバナナを房から一本もぎり、白い果肉を頬張る。
口に広がるとろけるような濃厚な甘みを、ホットミルクで押し流し一息吐く。
軽い食事を終えると、ゆっくりと準備体操をし、身体をほぐしていく。
十分に身体を温め終えたら、アパートの外に出た。
五月になったとはいえ、早朝はまだ肌寒い。
夏姫はゆっくりと流すように、ジョギングを開始する。
川沿いの道を最初はスローペースで走り、汗ばんできたところで徐々にペースを上げていく。
(夏姫の身体も大分体力が付いてきたな)
呼吸を一定のリズムで行いながら、夏姫はただ走る。
周囲がまだ青みがかって見える時間帯、清々しい朝の空気を肺に送り込み、無心で走り続けた。
そうして一時間弱の間ジョギングを続けた夏姫は、軽く柔軟体操をしてから運動を切り上げた。
額から流れる汗をタオルで拭いながらアパートに戻ると、部屋の鍵が開いていた。
中に入れば、光一郎がキッチンに立っている姿が見える。
「おう、おはようさん、お嬢様」
フライパンで卵焼きを作りながら、彼は右手を上げて夏姫を出迎えた。
夏姫が朝のジョギングに出かけ、その間に光一郎が部屋にやってきて朝食を作り出す。
それが二人のいつもの日常風景になっていた。
「おはよう、光一郎。今日から合宿だが、準備は済ませてあるか?」
「ああ、もちろん。だが、俺が合宿に行く意味なんてあるんかねぇ……」
菜箸で卵を器用に巻いていく光一郎。
その顔は少し浮かなかった。
彼はMBF部を訪れてからずっと魔導試験箱に魔力を込める特訓を続けていた。
だが、未だに成功の芽も掴めない状況で、最近は少々落ち込み気味である。
(カラクリに乗れると太鼓判を押した手前、何だか罪悪感を覚えてしまうな。しかし、魔力の操作に関しては、個人の感覚によるものが大きい。なんとかしてコツを掴んでほしいものだが……)
夏姫は下手に慰めるのは悪手だと考え、光一郎の横を通り過ぎた。
そのまま、浴室前の脱衣所に入り、鍵を掛ける。
汗にまみれたスポーツウェアを洗濯機に放り込み、熱いシャワーで身を清めた。
バスタオルで身体の水気を拭い、脱衣所に置いておいた学園の制服に着替える。
(さて、合宿先のMBF部はどんなところなのか……楽しみだな)
鏡の前で髪を櫛でときながら、夏姫は口の端を少し上げた。
※ ※ ※
「あ、先輩。こっちです!」
普段は使わない学園の裏門の方へ夏姫と光一郎が向かうと、すばるが二人に気づいて腕を振った。
その傍の道路脇には、黒塗りのワゴンがエンジンを掛けた状態で駐まっている。
「おはよう、すばる……今日は白衣を着ていないんだな」
挨拶をしながら、夏姫は気づいた違和感を指摘した。
銀城すばるはいつも制服の上から白衣を纏っていた。
平素は周囲から浮いた格好をしていると思っていたが、いざ白衣を着ていない姿を見るとおかしな印象を受ける。
すばるは夏姫の言葉にフフッと笑った。
「さすがにお外で白衣は着ませんよー。アレは学園の中だけです」
「魔技師にもTPOというものがありますからね」
ワゴンの運転席から白田が降りてきた。
彼もまた、白衣を羽織っていない。
「おはようございます、白田さん。今日は運転、よろしくお願いします」
夏姫は白田に頭を下げた。
彼は柔和な笑顔を浮かべ、「はい、承りました」と頭を下げ返す。
「んー? 星也先輩はまだ来てねぇのか?」
窓越しにワゴンの中を確認し、光一郎が疑問符を浮かべる。
確かに星也の姿が見えなかった。
「お兄様は一度部室に寄ってくるそうです――あ、戻ってきましたね」
すばるが説明をしていると、校舎の角から星也が現れた。
夏姫と光一郎の姿を視認し、小走りで皆の元に移動してくる。
「おはよう、柏陵院さん。光一郎。もう来ていたんだね」
ふぅと小さく息を整え、星也は四角い箱を光一郎に投げて渡した。
光一郎がパシリと片手でキャッチしたそれは、お馴染みの魔導試験箱だった。
顔を顰める光一郎。
「うげぇ……やっぱこれかよ」
「魔力を込められなければマージギアに乗ることはできない。辛いだろうが、頑張れ光一郎」
星也はポンと光一郎の肩を叩く。
少年は、うっすと小さく返事を返した。
「それでは出発いたしましょう。皆様、乗車してシートベルトを着用してください」
白田に促され、全員ワゴンに乗車する。
運転席に白田、助手席に星也が座り、後ろにすばる、夏姫、光一郎の順で並んだ。
車が西に向けて進み始める。
「さて、それではこれから向かう日神学園の事を話しておこうかな」
星也がバックミラーで後ろの面々の様子を確認しながら、口を開いた。
「日神学園MBF部は去年の関西エリアの優勝校だ。全国大会は二回戦敗退で終わったが、強豪であることに違いはないよ。現在のチーム戦ランキングは11位、保有するマージギア数は規定上限である10機だ」
「10機!? うちなんて、今度搬入する烈火とかいう機体でようやく2機目なのに、すげぇ格差だな」
星也の説明に、光一郎が驚きの声を上げる。
夏姫はふむと顎先に指を添え、少し首を傾げた。
「しかし、どうしてそんな強豪校が設立したばかりのうちと共同合宿を行おうとするんだ?」
その疑問には、すばるが答える。
「日神学園は昴星学園の姉妹校なんですよ。昴星は銀城家が、日神はうちの従弟の日神家が運営しているんです」
「ん? 昴星ってすばるん家が経営してたのか?」
「そうですよ、光一郎先輩。現理事長の銀城星時は、私の祖父です」
すばるは誇らしげに言い、光一郎は関心したように頷いた。
「まぁ、合宿を組んでくれた理由は、姉妹校だからってだけではないけどね」
星也がバックミラー越しに夏姫の目を見つめる。
「個人戦ランキング全戦全勝、破竹の勢いで上位に上り詰めている柏陵院さん。貴女と試合をしたいと言っている人がいるんだ。個人戦ランキング5位、『上條蓮華』さんがね」
星也の言葉に、夏姫はふっと楽しげに口元を緩めた。
戦いを前にワクワクする――生前には思いもしなかった感情が、夏姫の心を高揚させていた。
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