013 仲間
四月も終わりに近づいたある日の放課後。
銀城星也がMBF部の活動拠点となっている格納庫に向かう為、上履きから革靴に履き替えていると、その肩に手が置かれた。
振り返れば、小学生の頃からの友人である新乃宮礼司が難しい顔をして立っている。
「礼司か、どうした?」
「……少し話がある」
言って、礼司は周囲を見回した。
放課後になったばかりの玄関口には、下校しようとする生徒の姿が多数あった。
「場所を移すかい?」
「ああ、頼む」
誰にも聞かれたくない話なのだろうと察し、星也が礼司を連れて歩く。
向かった先は人気のない校舎裏だった。
木漏れ日が差す葉桜の下で、星也は礼司と対面する。
「で、何の話?」
「ああ、人伝に聞いた噂だが、確かめておきたくてな」
礼司は眉根を顰め、詰問する。
「お前の設立したMBF部に、あの女が居るとは本当か?」
『あの女』が誰を指す言葉か、星也はすぐに分かった。
青年は事も無げに首肯する。
「ああ、本当だよ。柏陵院夏姫嬢は、MBF部の一員だ」
「……何故だ!? あの何でも出来る癖に、何もしようとしなかった女が、何故突然ロボットに乗り出した!?」
礼司は額に手を当て、身体を震わせた。
その目には、怒りの炎が灯されている。
「俺はアイツの人を見下す態度が嫌いだった。どんなスポーツや芸事をやらせても一流な癖に、何も成果を残そうとしないあの女が大嫌いだった!」
ヒートアップしていく礼司とは裏腹に、星也は押し黙ったままだった。
彼は知っているのだ。
この長年の友人は、表面上は風格ある王子の体裁を保っているが、その内面は非常に繊細で、常にコンプレックスを抱え悩んでいた事を。
その内に溜め込んだ負の感情をガス抜きさせてやるのが、星也の日常の一部になっていた。
「俺はあの女の目が嫌いだ。人に点数をつけ、値踏みするような目が嫌いだ。ずっとだ、アイツを婚約者だと紹介されたあの日からずっと、俺に心休まる日はなかった! 会うたびにアイツの目に怯え、会話を慎重に選び取り、失点を重ねないように心掛けてきた。針の筵に座る気持ちとは、まさにあの日々の事を言うのだろう!」
次々と吐露され続ける愚痴を、星也はじっと聞き続ける。
桜の幹に背を預け、腕を組んだ。
「朋子との出会いは、天の恵みのように思えた。彼女は誰かを見下したりしない。比べもしない。明るく、優しく、朗らかで……」
礼司は一度口を閉ざし、星也の顔を見た。
そして彼に詰め寄る。
「なぁ、星也、分かっているだろう? アイツはそんな朋子を迫害していた。イジメていたんだ。許せるわけがないだろう……! なぁ、星也。お前だって朋子とは友人の筈だ。何故、お前はあの女と部活動を共にしている? 何故、お前はあの女を追い出そうとしない!?」
星也は組んでいた腕を解き、礼司の元から少し離れた。
背中を向けたまま、彼の質問に答える。
「確かに、以前の柏陵院さんの事は、俺も好ましく思っていなかったよ。でも、彼女は朋子にちゃんと謝罪をした。遠目から見ていただけだったけど、後でその謝意は本物だったと確認できた。それに彼女の入部の理由も、部活動での態度も真剣そのものだったしね。退部させる理由がない。だからさ――」
星也は横顔を向け、礼司の目をじっと見据えた。
「だから、俺の仲間の事を悪く言わないでくれ」
言い残し、星也は歩き出す。
礼司は去り行く彼の背に手を伸ばし、掛ける言葉も見つからぬまま、腕を下ろした。
(理解しろとは言わないさ、礼司。お前の苦悩の日々は、共に居た俺が一番よく分かっている。彼女が変わっただなんて、俄かに信じられるものではないだろう。だが、それでも俺は――)
星也はその足が進むまま、部活に向かった。
格納庫の中に入ると、夏姫とすばる、そしてもう一人見慣れぬ男子生徒の姿があった。
星也が来たことに気づき、夏姫が彼の傍に寄って男子生徒を紹介した。
「銀城君、新しい部員候補を連れてきた。うちの執事見習いでもある、清田光一郎だ」
「あー……二年B組、清田光一郎っす。よろしくお願いします」
逆立てた髪や着崩した制服のイメージとは反し、光一郎はきちんとお辞儀をして挨拶をした。
星也はニコリと笑顔を浮かべ、右手を差し出す。
「三年B組、銀城星也だ。よろしく、清田君」
両者が握手を交わし、軽く腕を振る。
それから、星也は夏姫に視線を向けた。
「彼はマージギアの操縦経験はあるのかい?」
「いや、未経験者だ。それどころか、魔導の魔の字も知らない素人さ」
「それでしたら、先ずはこれを使ってトレーニングをすると良いでしょう」
二人の話に割って入るように、背後から声が聞こえた。
振り向くと、世界MBF連盟公認魔技師である白田が、手のひらに乗るサイズの四角い箱を持って立っていた。
(白田さん……相変わらず、急に現れる人だなぁ)
少し引いている星也を気にも留めず、白田は光一郎に持っていた箱を手渡した。
「なんすか、これ?」
「魔導試験箱と呼ばれるものです。魔力を注ぎ込むことで、その人の魔力属性に応じた色に変化します」
白田の説明に、すばるが両手を胸の前でパンと合わせる。
「あっ、魔導装甲みたいなものなんですね」
「ええ。魔力が正しく込められているか見定めるにはぴったりのものです」
光一郎が試験箱を手に乗せ、目を閉じて意識を集中し始める。
「えーと……丹田に意識を集中させて、魔力の流れを手のひらに、だっけか……」
むーん、と唸り声を上げる光一郎。
だが、箱の表面の色は白から変わらない。
白田とすばるが主観的なアドバイスを送り、光一郎は歯を食いしばって試行錯誤を繰り返した。
そんな様子を遠巻きに眺めている夏姫の横顔を、星也は盗み見る。
彼女の端正な顔に、人を見下すような嫌らしい表情は一切なく、桜色の唇を少しだけ持ち上げて微笑んでいた。
(信じるよ、柏陵院さん)
星也は前を向き、うんと一つ頷いた。
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