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010 謝罪


 夏姫がMBF部に入部した日の翌日。

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴ると、夏姫は鞄から弁当箱の包みを取り出し、席を立った。

 退院後初めて登校した昨日よりはマシになったものの、未だ彼女に好奇の視線を向ける者は多い。

 煩わしい人の目を振り切るように、夏姫は教室を出た。


「……あっ」


 廊下に一歩足を踏み出した瞬間、一人の少女と目が合う。

 ボブカットの髪の活発そうな女の子――山野朋子だ。

 

 彼女は偶然出会ってしまった夏姫からバツが悪そうに目を逸らし、そのまま歩いて行こうとする。


「ちょっと、待ってくれ」


 夏姫は少女の背中を呼び止めた。

 一拍の間を置いた後、朋子はくるりと振り返る。


「何か御用でしょうか?」


 朋子の言葉には、多分の冷たさが含まれていた。

 その顔に浮かぶ表情は緊張に強張りながらも、強い拒絶の意志を見せている。


(相手から見れば、私は新乃宮第二王子との仲を引き裂こうとした女だものな。警戒するのは当然だ)


 夏姫は改めて姿勢を正し、朋子に深く頭を下げた。


「山野朋子さん、先日の非礼をお詫びします。すみませんでした」


 謝罪の言葉を述べる。

 すると、廊下に居た生徒達が一斉にざわつき始めた。


「あの柏陵院家のお嬢様が一般人の娘に……」


「あんなに深く頭を下げて……噂は本当だったのかしら?」


「みっともない……」


 小声で好きな事を言い合う周りの生徒達を無視し、夏姫は目を閉じ、頭を下げ続ける。


「あ……」


 朋子はそんな夏姫の前で、困惑したように立ち尽くしていた。

 強張っていた表情も崩れ、狼狽し――やがて小さく吐息を漏らして、緊張を解いた。

 

 夏姫の元へ歩みより、彼女の肩に手を伸ばす。


「何をしている!」


 朋子の手が夏姫の肩に触れる寸前、男の声が廊下に響いた。

 夏姫は背を正し、声が聞こえてきた方に視線を移す。


 廊下の先から野次馬の生徒達を掻き分け姿を現したのは、新乃宮礼司だった。

 

 彼は夏姫と朋子の姿を視認すると、表情を険しくする。

 両者の間に割って入り、朋子を背に庇うようにして夏姫と対峙した。


「どういうつもりだ、()()()さん」


 礼司は夏姫を苗字呼びにして、詰問する。

 

 彼は婚約破棄を宣言したあの日まで、夏姫の事を下の名前で呼んでいた。

 この場面での苗字呼びは、婚約関係を解除し赤の他人になったということを強調しているのである。


「……はい、新乃宮様。(わたくし)は今、山野さんにした非礼を詫びておりました」


 夏姫は姿勢を正し、ありのままの報告をする。

 礼司は目を細め、ふんと鼻でその言葉をあしらった。


「そんな上辺だけの謝罪をしたところで、覆水盆に返らずだ。金輪際、彼女に関わらないで貰おうか」


 敵意を剥き出しにした彼に、今は何の言葉も届かないだろう。

 礼司の後ろに控えている朋子は、ただオロオロとするばかりである。


 夏姫はコクリと頷き、彼の言葉を呑んだ。


「畏まりました。それでは、失礼いたします」


 礼司たちの横を通り過ぎ、夏姫は廊下の曲がり角を折れた。

 野次馬をしていた生徒達の突き刺さるような視線を意にも介さず、階段を上っていく。

 

 屋上へ出る扉を開き、夏姫は青空の下に出た。

 盛大に溜息を吐く。


(随分と嫌われたもんだなぁ、夏姫よ)


 ドクドクと心臓が早鐘を打ち、背筋が凍ったように冷たい。

 胸を掻きむしりたくような、強い衝動が少女の胸中を渦巻いていた。


(これは……夏姫の悲しみなのか? お前は今、泣いているのか?)


 手が震える。

 視界がブレる。

 やりきれない感情が膨れ上がり、恥も外聞も無く泣き叫びたくなる。


「……落ち着けよ、夏姫」


 夏姫は自身に言い聞かせるように言葉を口にし、胸に手を当てて深呼吸をした。

 肺いっぱいに空気を吸い込み、細く息を吹きだす。

 それを幾度か繰り返していると、激情がなりを潜め、身体の震えも止まってきた。


 戦場で自身を落ち着かせる時に行っていたルーティン。

 まさかこんな場面で使うことになるとは思わなかった、と夏姫は苦笑した。


「ふぅ……まぁ、これで山野朋子嬢への謝罪も済んだ。懸念事項は片付いたな」


 夏姫は屋上に備え付けられたベンチに座り、包みから弁当を取り出す。

 ピンク色の小さな弁当箱の中身は、おにぎりや卵焼き、唐揚げやサラダなどが色彩豊かに詰められていた。


(光一郎の作った弁当は美味いな、ホッとする味だ)


 弁当のおかずをゆっくりと味わい、お茶で喉を潤す。

 冷え切った心が、じんわりと温まっていくようだった。


 夏姫が丁度弁当を食べ終えた頃、屋上の扉がギィと音を立てて開いた。

 

 戸口に立っているのは、一人の男子生徒だ。

 涼やかな目元にスッと鼻筋が通った、美しい青年だった。

 彼はベンチに座る夏姫の姿を見つけると軽い笑みを浮かべ、彼女に向かって歩き始めた。


(身長は180センチほどか、細身に見えるがよく鍛えられている……武道の経験者かもしれないな)


 青年の歩く様子から、夏姫は相手の力量を推し量っていた。

 体幹にブレが無く、背筋がピンと立っている。

 相当強い、と志島秋生の記憶が彼を評定する。


「やぁ、柏陵院さん。久しぶりだね」


 青年は夏姫に、軽い口調で話しかけた。

 夏姫は彼の顔をじっと見て、記憶を引っ張り起こす。


 その姿には見覚えがあった。

 新乃宮礼司の古くからの友人で、夏姫とも親交があった青年。

 世界トップクラスのロボット開発技術を誇る『銀城重工』の御曹司、銀城星也だ。

 

 彼はにこやかに話しかけているが、その目は少しも楽し気ではなかった。

 

「先ほどの朋子への謝罪、見せて貰っていたよ。パフォーマンスが失敗に終わって、残念だったね」


「……パフォーマンス?」


「他の生徒達の目があるところで謝罪をして、本気で反省したと思わせたかったんだろう? そして、彼女の許しを得たところで、礼司と復縁しようと画策した。違うかい?」


 腰に手を当てて、星也は推論を並べ立てる。

 夏姫は瞼を閉じ、ふぅと小さく溜息を吐いた。


「いや、そんなつもりは一切ない。謝罪をする事で、何か対価を得ようとするなんて、相手にも己の心にも不誠実だ。山野さんの許しを乞おうとも思わない、ただ一度謝っておきたかっただけさ」

 

 目を開き、星也の鳶色の瞳をまっすぐに見つめる。

 その揺らぎない視線に、星也は少し意表を突かれたように表情を崩した。


「……んー、柏陵院さん。貴女はそんな言葉遣いをする人だったかな?」


 星也の問いに、夏姫は思い返す。


 自殺を図る前までの夏姫は、所謂お嬢様言葉を使っていた。

 語尾にですわ等と付けて、誰とでも合わせられる丁寧な言葉遣いを日常的に用いていた。


 だがその喋り方は、志島秋生にとって非常にむず痒いものだった。

 とてもではないが、真似出来るものではなかったのである。


 軽く咳払いをし、夏姫は首を横に振った。


「……イメチェンだよ。失恋した女が髪を切るようなものだと思ってくれ」


「髪を切る代わりに、男のような言葉を使い始めるのかい? 変わってるね、柏陵院さん」


 星也は表情を和らげ、面白そうに笑みを浮かべた。

 ピッと人差し指を立て、彼は夏姫に問いかける。


「もう一つだけ聞かせて欲しい。何故、柏陵院さんはMBF部に入部したんだい?」


 星也の口からMBF部の単語が出てきた後、夏姫はある連想に至った。


「もしかして、君は銀城すばるの兄なのか?」


 星也は黙って首肯する。


 高身長で顔立ちの整った彼と、小柄で無骨な黒メガネを掛けた白衣の少女。

 同じ銀城の苗字とはいえ、夏姫はつい先ほどまで二人が兄妹だと思い当たらなかった。


 内心驚きながらも、細い顎先に手を当て、先ほどの星也の質問に答える。


「……戦いたい相手がいる、だから入部した」


「妹から聞いたよ。先輩はメダリカのサタリスに強い関心を寄せていた、ってね。その理由を聞かせてもらってもいいかな?」


 夏姫は暫し考えを纏めた後、星也の目を見た。


「あのカラクリに、自分の力が届くか試してみたい。それが全てだ」


 両者の視線が絡み合う。

 数秒ほどお互いの瞳を見つめ合った後、星也はフッと吐息を漏らした。


「わかったよ、柏陵院さん。俺は貴女の事を信じる」


「……信じる?」


 彼の言わんとしよう事が分からず、夏姫は問い返す。

 星也は後頭部を掻き、少し言い辛そうに喋り始める。


「こう言ってはなんだけど、うちの実家は君のところと並び立つくらいの名家だ。そんな俺たち兄妹が設立した部活に、婚約破棄されたばかりの渦中のお嬢様がやってきた。もしかしたら、次のお相手として、この銀城星也を見定めたのではないか……そんな邪推をしてしまってね」


 夏姫はその話を聞いた後、思わず笑ってしまった。

 そんな馬鹿げた思惑など、あろうはずがない。


「アハハハハ、それはないさ。うん、それはない。今は恋愛をしようなどと、これっぽちも思っていないよ。ククククク……」


「そんなに笑わないでくれよ。これじゃ俺が自意識過剰の三枚目みたいじゃないか」


 暫く、夏姫の無邪気な笑い声が青空の下に響き続けた。

 

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