009 タイラント
「先輩、やりましたね!」
夏姫が山王のコクピットから降りてくると、すばるは笑顔で彼女を出迎えた。
両手の拳を握りしめ、興奮を隠せない様子だ。
「アサルトライフルの銃弾を物ともせず、魔力放射装置のレーザーの一撃で仕留める――圧倒的な試合でした!」
「ああ、ありがとう」
夏姫は汗で首筋に張り付いた髪をかき上げながら、微笑を浮かべ礼をする。
「それで、ポイントの方はどうだった?」
「えーと、今回の勝利で得たポイントは1710ポイント……烈火の購入に必要なポイントは25万なので、まだ先は長いですねぇ」
タブレットで情報を確認し、すばるは頬に手を当てた。
夏姫はそれを聞き、愕然とする。
「25万!? それでは、後150回ほど勝たなければいけないのか」
「いえ、先輩は個人戦ランキング圏外にいましたので……勝って順位を上げていけば、貰えるポイントはどんどん増えていきますよ」
「そうか、それを聞いて安心した」
ふぅ、と夏姫は安堵の溜息を吐いた。
山王を見上げ、その端正な顔に渋い表情を作る。
「山王は良い機体だ。しかし、実際に使ってみて分かったよ。やはり私は、近接戦闘が出来るカラクリが好みなんだってね」
「魔導炉に送られた魔力を魔術式に変換する力に優れていますからね、山王は。魔力を運動性能に回すことに特化した烈火とは対になるコンセプトです」
すばるは目を閉じ、小さく唸りながら思案を巡らせた。
それから決意を固めたかのようにヨシと小さく気合を入れ、タブレットを夏姫に渡す。
「先輩、今度は私が試合をしてみます。試合は一選手、一日につき一回行うことが出来ます。私が勝てれば、それだけ先輩の希望する機体の導入も早まりますから」
「すばる……ありがとう。武運を祈るよ」
「はい、行ってきます!」
すばるはピッと手を上げ移動階段を上って行き、山王のコクピットに乗り込んだ。
暫くすると山王の眼に光が灯り、魔力を注ぎ込まれた装甲が緑と黄色に染まり始める。
「ふむ……すばるの魔力属性は、風と土の相が強く出ているな」
「ええ、まぁ元の魔力量が大した事ないので、その二つの初歩的な魔術しか使えませんが」
タブレットからすばるの声が聞こえてくる。
「いや、二重属性なだけで羨ましいよ。私は単一属性だからな」
前世の記憶を思い返す。
志島秋生は各地の戦場を転々としてきたが、中でも多かったのが亜熱帯の戦場だ。
そこでは森の延焼を防ぐ為に炎の魔術が思うように使えず、歯がゆい思いをした。
もし自分の持つ魔力属性が別の物なら、もっと思い切り魔術を使うことが出来たはずだ。
そう思うと、多重属性持ちのカラクリ乗りには、嫉妬混じりの羨望を抱かずにいられなかった。
「先輩、準備できました。マッチングを開始してください」
緑と黄に彩られた山王がアサルトライフルを携え、戦闘準備を終えた。
夏姫はタブレットを操作し、試合のマッチングを開始する。
対戦相手はすぐに決まり、カウントダウンが始まった。
3、2、1―― Fight!
タブレットに山王の様子が外観カメラで表示される。
今回の試合で選ばれたステージは、廃墟のビル街だった。
近くに敵機は確認出来ないが、ビルを挟んだ何処かに居るはずである。
「……どこから来るだろう?」
タブレットからすばるの緊張気味な声が漏れてくる。
彼女は周囲を警戒し、相手の襲来に備えていた。
(待ちに徹するのか。私なら索敵に動き、先制攻撃を仕掛けるところだが……)
夏姫は顎に手を当て、自分なりの戦術を練っていた。
だが、その考えをすばるに伝える事は出来ない。
これは選手一人の力で戦い抜く個人戦なのである。
(――すばる、後ろだ!)
山王がキョロキョロと周囲を確認していると、巨人が交差点の角から姿を現した。
右腕から大口径の砲を生やした、角ばった装甲が特徴的なカラクリ――ローアの第三世代機『タイラント』だ。
水色の装甲を纏ったそいつは銃砲を山王に向け、間髪入れずに魔力の砲弾を発射した。
「あ、嘘!?」
魔力反応を感知し、すばるは慌てて山王を側方へ回避させる。
だが、その行動はいささか遅すぎた。
タイラントの放った魔力弾は山王の右肩に直撃し、右腕もろとも抉り飛ばされしまう。
「ぐっ……うりゃああああ!」
山王が左手に携えていたアサルトライフルをタイラントに向けて撃ち放す。
タイラントはサッと交差点の角に引っ込み身を隠した。
すばるの放った弾丸はビルに着弾し、コンクリートと窓ガラスを破砕するのみに終わる。
(右手に仕込まれた魔力放射装置を失ってしまったな……アサルトライフルだけでタイラントを倒すのは、すばるには難しいか)
夏姫は、自分がこの事態に陥ったらどうするだろうか、とシミュレートする。
この場合、これ以上後手に回るのは不利だ。
アサルトライフルの銃弾を撒き散らしながら無理にでも接近し、相手の魔力の砲弾を躱してインファイトに持ち込むべきだろう。
蹴るか足を引っかけて相手を倒し、至近距離でライフルのフルオートを打ち込むのも良い。
(とにかく近づき、相手の切り札である砲弾を躱す。それしか活路はなさそうだ)
夏姫が考えを纏めていると、すばるが山王を動かし始めた。
相手が隠れた交差点の先へ、ライフルを構えながら慎重に移動する。
その先に、青の装甲のカラクリの姿は視認できなかった。
「どこへ――」
すばるが口を開いたのと同時に、小型の雑居ビルの影からタイラントの姿がヌッと現れた。
すでに魔力が充填され、光が迸る右腕の銃口を山王に向ける。
砲撃。
大音が空気を震わせ、同時に山王の上半身が吹き飛ばされた。
分離した上半身がビルに叩きつけられ、完全にその機能を沈黙させる。
《LOSE 銀城すばる》
タブレットに文字が表示され、抑揚のないナレーションがすばるの敗北を宣言した。
「少し訓練しないと、すばるには試合は早すぎるな」
夏姫はやれやれと首を小さく振った。
よろしければ評価・ブックマークをお願いします。




