プロローグ カラクリ乗りの記憶
「俺の悪運もここまでかね……」
ぽつりと、志島秋生は一人言を呟いた。
彼にしては珍しい弱音が、狭いコクピットの中で小さく反響して消える。
視線を落とせば、探知機に表示される多数の敵影が嫌でも目に入る。
思わず顔も渋くなろうというものだ。
「……死ぬのなら、暖かい布団の中で死にたかったな」
全長十メートル超の鋼鉄の巨人――『カラクリ』の中で、志島は嘆息する。
帝国のカラクリ乗りの間では、カラクリに乗って死ぬことこそ軍人の誉れであるという風潮が高まっていたが、こんな冷たい鉄の棺桶の中で死ぬなど勘弁願いたかった。
「――さて、やるか」
萎えた精神に無理やり活を入れ、志島は両手に握った操縦桿に魔力を込め始めた。
赤き装甲を纏ったカラクリに、魔力という血流が通っていく。
大地に突き刺していた巨大な大太刀を肩に担ぎ、その巨躯が走り出す。
亜熱帯の森の中、一機の猪武者が風となって駆け抜ける。
間もなく、志島は敵機をメインカメラに捕捉した。
(メダリカの『フロッグマン』か――)
肥大した胸部装甲に細長い手足が特徴的なカラクリ、フロッグマンは迫りくる志島の機体に気づいていないようだった。
志島は更にスピードを上げ、敵機へと一気に間合いを詰める。
木立ちの間を抜けて姿を現した赤きカラクリに、僅かに反応を見せるフロッグマン。
だが――
「遅いっ!」
肩に担いだ大太刀を勢いよく振るい、フロッグマンをすれ違いざまに袈裟斬りにする。
操縦席ごと両断された機体が、大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。
「次!」
一息もつかず、志島はカラクリを駆る。
探知機に従い、傍近に固まる敵影三つの元へとひた走る。
(居た――)
敵機をカメラに捕捉――フルアーマーの騎士を彷彿とさせるシルエットをしたカラクリ、『ナイト』が一体。
それに従うようにフロッグマンが二体。
敵部隊は志島の接近を確認すると、統制された動きで手にしたアサルトライフルを構え、その引き金を引いた。
連続した銃声が爆音をまき散らし、ジャングルのねじくれた木々の枝から色彩豊かな鳥が喚き声を上げて空に飛び去って行く。
志島は相手部隊に対して斜めになるように走りながら、相手との距離を強引に詰めに行った。
魔導炉に更なる魔力を送り込み、装甲の強度を上げる。
敵の銃弾が腕部や胸部に当たり派手に火花を散らすが、志島のカラクリは止まらない。
「そんな豆鉄砲じゃ――効かないんだよ!!!」
回り込むように敵部隊との間合いを詰め、志島は大太刀を真横に振り払う。
フロッグマンの一体が、上半身と下半身を綺麗に離別させた。
「一つッ!」
志島の攻撃後の隙をつくように、ナイトがライフルを捨て、ジャイアントソードで胸部コクピットを突き刺しに来た。
志島は横に払ったままの大太刀を逆に振り上げ、その突きを上へと払う。
両者の刀身が甲高い音を立ててぶつかり、ナイトの剣がかち上げられた。
脇が開き隙だらけになったナイトの胴へ、志島は間隙を置かず斬撃を叩き込む。
西洋の甲冑のように厚いナイトの装甲を物ともせず、志島の太刀は相手を切り裂いた。
「二つッ!」
最後に残されたフロッグマンが、志島に対してアサルトライフルをフルオートで撃ち放す。
志島は全身全霊の魔力を用い、装甲強度を極限まで高めることで、その攻撃に対応した。
銃弾が鉄の雨のように叩きつけられ、コクピットをガタガタと揺らす。
並みのカラクリ乗りの装甲ならば容易く貫通させる銃撃を、志島は己の魔力で強引に無効化させた。
しかし、これは無茶苦茶な魔力運用である。
事実、志島の心臓は今にもパンクせんが如く早鐘を打ち、全身から汗が噴き出していた。
「――っらああああああっ!!」
銃弾を浴びながら、志島のカラクリがフロッグマンに飛び掛かった。
大太刀の切っ先を相手の胸部に突き立て、そのまま地面に押し倒す。
火を噴いていたフロッグマンのアサルトライフルが手から離れ、周囲の木々を圧し折った。
仰向けに倒れたフロッグマンはジタバタと手足を動かしたのち、完全に沈黙する。
「三つ……! ハァ、流石にキツいな、これは……」
敵機の動体反応が完全に失われたことを確認して、志島は全身の力を抜く。
ドクドクと、耳障りなほど己の心臓の音が耳の奥に木霊する。
乱れた呼吸を整えるため、深く息を吸い、長く吐き出した。
額に滲む汗を手の甲で拭う。
志島が僅かな休息についていると、こちらに近づいてくる敵影が探知機に映し出された。
「今度はあちらさんから来たか……ま、これでいい」
ほんの少しだけ口の端を上げ、志島は笑う。
志島秋生は現在、ヤマ帝国陸軍南方前線基地の後退行動を掩護する殿を担っていた。
迫りくる敵国カラクリ兵に散発的な攻撃を加え、注意を引きつけることで部隊の後退の時間を稼ぐこと。
それが、志島の配属された402魔導機動兵小隊に下された任務だった。
収音装置に耳を澄ませば、ここからさほど離れていない場所から激しい戦闘音が聞こえてくる。
(あいつら、死んでないだろうな……)
同じ部隊の面々が、脳裏に一瞬ちらつく。
広く展開された敵の陣に対応するため、志島の部隊は分散を余儀なくされていた。
数多の死線を共にしてきた戦友達は、今も死力を尽くして戦っている。
(なら、俺も気張ってやんなくちゃな……せいぜい派手に敵を引き付けてやるさ)
フロッグマンの胸部から大太刀をずるりと引き抜き、志島は接近中の敵影の方角に身構えた。
探知機に視線を落とす。
敵機は依然速度を落とさず接近中、距離300、200、100――
「なっ――!?」
ゾクリ、と志島の背に悪寒が走った。
信じられない物を目の当たりにし、彼の思考が瞬間、停止する。
ただ、視線だけは『ソレ』に釘付けになっていた。
「空を飛ぶ……カラクリだと?」
純白の装甲を纏った、どこか女性的なシルエットのカラクリ。
ソレは背中に魔力で模した翼を生やし、優美に空に浮かんでいた。
いくつもの戦場を転戦してきた志島だが、単独で空を飛ぶカラクリの存在など目にも耳にもしたことがなかった。
(冗談だろ? 白の装甲? どこの国のカラクリだ? 武器は携行していない――攻撃手段は何だ?)
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
暫し棒立ちする志島のカラクリに対し、空に浮かぶソレはゆっくりと右腕を上げた。
手のひらを天に向け、誇示するかのように振りかざす。
「――ッ!!」
瞬間、危険信号が電撃のように志島の脊髄を駆け抜けた。
咄嗟の判断で、カラクリを横に跳躍させる。
それとほぼ同時に、白のカラクリが右腕を振り下ろした。
刹那、轟音が鳴り響き、土煙がもうもうと周囲に立ち込める。
「なんだ、これは……」
滑り込むように地面に伏していたカラクリを起こし、志島はつい先ほどまで立っていた場所を振り返って呆然とした。
地面に、深く長い溝が走っていた。
ジャングルの大地に、四条の亀裂が、まるで獣の爪跡のように残されていたのだ。
(不可視の斬撃だと……そんな馬鹿な!?)
あまりに超現実的な光景に、志島は事態を否定するが如く小さく頭を振る。
だが、そんな彼の心情などお構いなしに、白のカラクリは下ろしていた右手をくるりと返した。
「くっ――!」
志島は反射的にカラクリを相手に対して平行に走らせた。
白のカラクリが右手を掬うように振り上げる。
すると、ジャングルの木々をなぎ倒し、四条の爪跡が再び大地に刻み込まれた。
志島の背中に冷たい汗が伝う。
(なんだ、このバケモノは――これまでだって幾度となく窮地に陥ったことはあるが、こんなにも身体が震えることはなかったぞ!)
頭の先からつま先までを凍りつかせるような恐怖が、志島の心を蝕む。
そして、それが志島のカラクリを脱兎の如く走らせた。
白のカラクリが駆け回る志島の赤きカラクリに向き直り、何度も右手を振り回す。
その度に目に見えぬ衝撃波が大音を鳴らして木々を空に舞わせ、土煙を辺りに立ち込めさせた。
(――くそ、あんな滅茶苦茶な攻撃を連発しやがって、バケモノめ! このまま逃げ回っていても、埒が明かない! だったら――)
白のカラクリが、再度見えない攻撃を繰り出す。
それに合わせ、志島はカラクリの軌道を相手の方へと強引に変えた。
志島の機体のすぐ隣を不可視の攻撃が掠めて通り、土煙がカメラを覆い隠す。
だが、志島はもう止まらない。
「――ここで倒す!!」
大太刀を肩に担ぎ、志島のカラクリが空高く跳躍した。
宙に浮かぶ白のカラクリの脳天目掛け、渾身の力を込めて斬撃を繰り出す。
その一撃を、白のカラクリはくるりと踊るように横へ移動して回避した。
「クッ……」
志島のカラクリが地響きを立てて着地する。
起死回生の一撃を難なく躱された事に、彼は強く歯噛みした。
白のカラクリは志島のカラクリを空から睥睨したのち、その高度を上昇させていく。
全長十メートル超のカラクリの、更に数倍以上の高さへと、その身を浮かび上がらせた。
「――それで、安全圏に入ったつもりか!」
志島は全霊の魔力をカラクリに注ぎ込み、脚部にそれを集中させた。
膝を曲げ、力を溜める。
ギシギシと、負荷がかかった関節部が悲鳴を上げた。
「ラアアアアアアッ!!!」
脚に溜め込んだ力を爆発させるように、志島のカラクリが跳ぶ。
通常のカラクリの運用では想定されていない高度へと機体を舞い上がらせ、ついにその身は白のカラクリの元に追いついた。
「喰らえッ!」
肩に担いだ大太刀を、横一文字に薙ぎ払う。その切っ先は確実に敵機を捉え――ガキン、と甲高い音が鳴り響いた。
「――!?」
志島の一撃は、白のカラクリのすぐ真横で止まっていた。
不可視の壁に遮られるように、刃がそれ以上先へと進んでいかない。
白のカラクリが右手をゆっくりと伸ばした。
その指先が志島のカラクリの胸部に触れ――
金属が拉げる嫌な音がした。
「っう……」
全身から急速に力が抜けていく。
飛散した金属片が志島の腹部に突き刺さり、大量の血液がコクピットを濡らしていた。
赤きカラクリが地面へと墜落していく。
コクピットに開けられた風穴から、白きカラクリが己を見下ろしているのが見えた。
魔力の翼を生やしたその姿は、まるで天使のように美しかった――
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