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ヘテロチャイルド  作者: 半藤一夜
第一章 施設にて、とある一日
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005 揺り籠から墓場まで

 木花が満足するまで蔓を集めた後、夕食の時間が近づいていることもあり、寄宿舎に戻ることにした。

 更生センターの敷地内には、三棟の建物が並んでいる。

 プログラムや研究が行われている中央棟と僕たちが寝泊まりしている患者用の寄宿舎は連絡通路で繋がっていて、通常はそこを通るのだが、中庭の通用口を経由して行き来することもできる。僕たち三人はプログラム後の自由時間を中庭で過ごすことが多く、帰りは通用口から戻ることになる。

 そしてもうひとつ、中央棟を挟んだ反対側には、職員用の宿舎がある。こんな山奥に毎日通勤などできないので、職員も全員この敷地の中で生活しているのだ。

 以前、例の口の軽いお姉さんに聞いたところによると、職員の休暇は週に一度の日曜日と、個別に取る夏季休暇、あとは元日から三が日までの正月休みだけらしい。週一日の休みに家に帰るのも難しいため、結局仕事をしている人が多いのだとか。その代わり、正月休みにはほとんど全員が帰るため、中央棟や職員用宿舎は無人になる。


「なあ想介」

 隣を歩いているカズが小声で話しかけてきた。

「あのミサンガだけどよ、お前からのプレゼントってことにしとけ」

「え? なんでだよ」

「その方があいつも喜ぶだろ」

「はあ? それじゃカズのプレゼントはどうすんだよ」

「いいんだよ。まあなんだ、俺はテキトーに絵でも描いて渡すからよ」

 それを聞いて僕は得心する。

「なるほど、それはいいな。カズの絵なら木花も喜ぶだろうし」

 カズの絵は、控えめに言って凄い。

 控えずに言うと、めっちゃ凄い。

 とにかく、僕の語彙力では説明するのが難しいくらいに絵が達者なのだ。モチーフをとても繊細に、情感豊かに描く。その内面までもが見て取れるくらいに。

 カズの意外な特技だった。

 ミサンガだけだと思っている木花には嬉しいサプライズになるだろう――


 と、そこではたと気付く。


「あれ? でも確か、去年の誕生日プレゼントも似顔絵だったんじゃなかったっけ?」

 誕生日にプレゼントを贈り合うというのは僕が入所してくる前からの決まり事らしく、入所して半年の僕はまだ贈ったことも贈られたこともないのだが、去年の木花の誕生日、カズは木花の似顔絵を描いて贈ったと聞いている。

「似顔絵じゃなく肖像画と言ってほしいがな。まあ、細けえことは気にすんな。とにかくそういうことで頼んだぜ、相棒」

 そう言って僕の背中を叩く。

 まあ、問題ないというならそれでいいだろう。ミサンガの出来栄えが僕一人のセンスに任されることになったのは不安が残るけど。

「そういや想介、お前の誕生日っていつだっけ?」

 カズがわざとらしく訊いてくる。

「わかってて訊いてんだろ。言いたくないって」

 僕の誕生日は無駄にわかりやすい日付で、恥ずかしいので他人に知られたくないのだが、以前に訊かれた時、答えないのも変なので仕方なく二人には教えた。

 そして案の定からかわれたのだった。

「そう言うカズは確か、四月一日だったよな」

「おお、よく覚えてんな」

「覚えやすい日付だし、それにカズらしいからな。ほら、学校だと四月一日は最終日だろ。ギリギリまで引き延ばして、最後の最後に嫌々生まれてきましたって感じがさ」

 カズのパンチを華麗にかわす。

「それにしても、僕たち全員が一日生まれなんだな。どうでもいいけど」

「ああ、確かにな。どうでもいいが」

 まるで示し合わせたみたいな偶然の一致だ。


***


「ラララごはんごは~ん」

 上機嫌に歌う木花を先頭に食堂に入ると、まだ準備中だったらしく、配膳係の職員が舌打ちをしてこちらを睨んできた。

 が、木花はまったく意に介することもなく、テーブル中央の席に着席するや否やパンに齧りついた。

「いはらひらふ!」

「一瞬遅えんだよ。食べる前に言えっていつも言ってんだろうが」

 カズの指摘をスルーして、至福の表情でパンを咀嚼している。

 場所柄、食糧の調達や管理も容易ではないため、食事は保存のきく食材が中心で、凝った料理など期待するべくもない。それでも木花はいつも美味しそうに食べて、僕にとってはその顔が最高の調味料だったりする。

「見て見て二人とも、今日はシチューだよ!」

 木花が皿の中身を見て歓喜の声をあげるので、僕も頷いてみせる。

 シチューはかなり当たりのメニューで、他のメンバーにもウケがいいのだ。


 この宿舎には、僕たち三人を含めて九名の子供が生活を共にしている。

 いずれも脳に異常をきたし、更生センターに連れて来られたヘテロ・チャイルド——子供と大人、また人間と非人間の境界線上にいるティーンエイジャーだ。

 僕は他のほとんどのメンバーの能力を知らないし、彼らも僕の能力を知らない。自分の能力について喋ることは固く禁じられているからだ。曰く、社会順応のため周囲に悟られない努力が必要となるためだとか。まあそれも正論なのだろうが、むしろ「結託でもされたら厄介だ」というのが彼らの本音じゃないかと僕は勘繰っている。

 きっと大人たちは恐れているのだ。十年前のあの悪夢の再来を。

 大人たちのその警戒は至極真っ当なものだと思う。だけどそんなルールがなくたって、自分の能力を明かすなんて誰もしないに違いない。

 この力は、呪いに等しいものだから。

 だから僕は、カズと木花の能力すら知らない。

 知らないが、ただ一度だけ——どういう流れでそんな話になったのかは覚えていないけれど、ルールに抵触しないギリギリの範囲でヒントを出し合ったことがある。


***


「私の能力はね、一言で言うと『未来』って感じかな!」

 それが木花のくれたヒントだった。

 未来とはまた、いつも前向きで上向きな木花らしい。

「それで言うなら俺は『過去』だな」

「それもカズらしいな」

「くはは。まあ確かに俺は未来とか希望だとかいうガラじゃねえしな。で、そういうお前はどうなんだよ」

 少し考えてから、僕はこう言った。

「僕は『現在』かな」

「ああ? 本当かよ。無理やり乗っかろうとしてんじゃねえだろうな」

 疑いの眼差しを向けてくるカズとは対照的に、木花は目を輝かせた。

「すごいっ! 私たち三人で『一生』だっ!」

「一生?」

「過去、現在、未来とくればもう、三人揃って揺り籠から墓場まで、一蓮托生の無敵のトリオだよ!」

「嫌なトリオだな」

「それだとお前が墓場じゃん」

「えーなんでよ! ノリが悪いなあ二人とも」

 皆の能力が何かもわからないのに、そんなただの言葉遊びでしかない繋がりに、木花は一人楽しそうに笑っていた。


***

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