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ヘテロチャイルド  作者: 半藤一夜
第二章 彷徨いの朝
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005 空理空論オンステージ

「仮に、我々の克己心を試すための心理テストを企画したとしよう。それこそ、こんなにリスクの高い方法を取るだろうか? 極論、ここの全員が華雅くんのような思想の持ち主だったら、いきなり異能バトル展開に陥ってしまう恐れだってある。それじゃ本末転倒だろう。チャンピオンくんの主張はマッチポンプなんだよ。だから、どちらの主張も的を射ていないと私は思う」

 中枢神経系に直接語りかけてくるような声。彼女が言っていることは絶対的に正しいのだと、そう思わされそうになる。

 けど――だけど。

「誰かが能力を使おうとしたら止めるつもりなのかもしれないだろう。逆に訊くけど夜夢さん、君はどういう風に考えているんだ?」

「どういう風にも考えてないよ。最初にも言っただろう、安易に結論を急いではいけないと。〝合格した者には自由を〟とあり、その言葉が偽りであるという証左がない以上、君の説に全員の運命を委ねてしまうのは早計だと言っているのさ。下手に先走って、皆が自由になれる芽を潰してしまうことになりかねない。君だってそんな責任を負いたくはないだろう?」

 〝自由〟という言葉に、幾人かのメンバーの顔色が変わる。


 やはりおかしい。


 彼女が言っていることは間違っていない。これが議論である以上、間違っているのはむしろ結論ありきで話を進めようとしている僕の方だ。

 だけど彼女だって、〝合格したら自由〟なんて言葉を信じちゃいないはずなのだ。こうして話していればそれくらいのことはわかる。これではまるで、僕の思惑をわかった上で潰そうとしているかのような、そんな気さえしてくる。

 カズを見ると、目をつぶって腕を組んだままぴくりとも動かない。どうやら議論に参加するつもりが一ミリもないらしい。


「あ、あの、今の話聞いてて思ったんだけど、皆の能力で協力し合って何かをするのが正解ってことはないかな……? たとえば力を合わせて外に脱出するとか」

「それも考えにくいね」

 玖恩さんが案を出したが、すぐに否定された。

「相互協力が必要なほどの極限状態ではないし、乗り越えなければならない課題が示されているわけでもない。条件が圧倒的に不足しているよ。勝手に外に出ることだって禁じられているわけだしね」

「そっか、そうだよね……余計なこと言ってごめんなさい」

「いや、良い着眼点だよ。〝協力し合う〟というのは新しい発想だ。ふふ、目立たないけれど君もチャーミングだね。眼鏡の奥の怯えた瞳が実にそそる」

「ひゃあっ」

「おい夜夢、千里に変なことを言うな」

 それを皮切りに、皆が思い思いの意見を出して夜夢さんが応じるという一対多形式の議論が始まり、にわかに活況を呈してきた。

 注射器を廃棄するという僕のプランは断案となってしまったが、それなら――

「皆、いいかな。僕からもうひとつ提案があるんだけど」

 全員がこちらに注目する。

「今すぐ注射器を捨てるのが性急だってのはわかったけど、何もしないままじゃ皆不安だろう? それならせめて、自分が何の能力者なのかを教え合うのはどうかな」


 ぴしっ――と。

 その場に緊張が走った音が聞こえた。


 これはひとつの賭けだ。僕自身まったく気が進まないけど、自分の能力を知られているという状態は抑止力になる。今より状況は安定するはずだ。

 それに、僕はどうしてもここで全員の能力を確認しておきたかった。リストの中に、〝明らかに危険すぎる能力〟があったからだ。

「あたしは構わねーよ。知られたところでどうってことねーし、皆がどんな能力なのかも興味あるしな。ただし各務、後で怒られたらお前が責任とれよな」

「俺は気が進まんが、仕方なかろう」

 天照さんと上井出が乗ってきた……が、二度あることは三度ある。

「それもまたどうかと思うね」と、またしても夜夢さんが立ちはだかった。

「いくら強力な能力を持っていたとしても、相手の能力がわからなければ手を出しづらいものさ。それに自身の身を護るのに向いてない能力の場合、それを知られることこそ致命的だ。〝互いの能力がわからない〟からこその均衡状態であって、均衡状態イコール抑止力だ。なまじギャンブルじみたことをするよりは今の状態を保った方がまだマシだというのが私の意見だよ」

「俺も絶対ごめんだね。わざわざ自分からバラしてたまるかよ」

「私も怖いな……たいした能力じゃないから……」

 夜夢さんに続いて、華雅と玖恩さんが反対意見に回った。

 やはりダメか。誰か一人でも反対したら成立しない提案ではあるけど、相手が夜夢瑠々でなければ説得のしようもあったのだが。

「強いて私の考えを言うなら」と、夜夢さんが続けた。

「その均衡状態こそがヒントになるだろう。いいかい、全員が互いの能力を知らず、能力を使える回数も同じ。これは明らかに作為的に作られた均衡状態であり拮抗状態だ。そういう特殊極まりない状況が作られたということは、それを説明できるだけの特殊な理由があるはずだよ。つまりこの状況には、私たちの知り得ない〝何者かの意思〟が介在している――と、私は考えている」

「何者かの意思……?」


 と、そこで。


 それまでに一言も発していない伴動さんが、いきなり立ち上がった。

 全員が彼女に注目し、そして仰天した。注射器を右手に持ち、左手の裾をまくったのだ。

 自分の腕に、刺そうとしている?


「おい、ちょっと!」


 僕の制止も空しく、注射の針が振り下ろされる――が、針は皮膚に触れる直前のところで寸止めされた。

 全員が固唾を呑んで見守る中、伴動さんは無言で注射器をポケットにしまう。

「伴動さん? いきなり何を」

「部屋に戻っているから、何か結論が出たら教えてちょうだい」

「……はい?」

「私が薬を打とうとしても誰一人として対抗しようとはしなかったでしょう。それで充分よ」

 怖ろしいことをさらりと言う。

 能力を使うフリをして全員の害意を測ったのか? 意外と予測のつかない行動に出るタイプというか……。

「急にびっくりさせんなよなー。つーかよ、せっかくなんだから伴動ちゃんも参加しようぜ。さっきっからほとんど喋ってねーじゃんかよー」

「私は喋らない」

 天照さんの指摘にもすげなくそう返すと、迷いのない足取りで出口へと向かっていく。

「伴動さん!」

 僕は彼女を呼び止めた。

「一応、聞かせてくれないか? 君の意見を」

「私に意見なんてない。私は従うだけ」

 そう短く言うと、振り向いて僕の目を見た。

「強いて言うなら、あなたの意見に賛成よ。このまま何もせず、誰とも会わず、自分の部屋で一日過ごす。それが私の意見……いえ、私の希望」

 一切の感情を匂わせない口調でそれだけ言うと、そのまま出て行ってしまった。

 全員が呆気に取られていた。

 彼女は彼女で、何を考えてるのかさっぱりわからない。

 〝私は従うだけ〟……?

 彼女が服従を誓う相手とは何だろうか。規則(ルール)? それとも多数意見(マジョリティ)? あるいは信条(ポリシー)か。

「ちぇー、なんだよ伴動ちゃんのやつ、ツンケンしちゃってよー。あたしらといるのがそんなにつまらねーのかよ」

「俺はつまらないけど、どわっ!」

 チョップをギリギリで躱す華雅。さすがに慣れてきたらしい。

「彼女にも彼女の考えがあるのだろう。うん、ちょうどいいタイミングかな」

 夜夢さんが紅茶を飲み干し、立ち上がった。

「私もお暇させてもらうとするよ。今朝からどうも体調が悪くてね、こうして座っているだけでもしんどいんだ。後は君たちに一任するよ。どんな結論に至ろうと構わないし、教えに来てくれなくてもいい。ただし異能バトル展開だけは勘弁してほしいけれど」

 笑いながらそう言うと、夜夢さんは僕を見据えた。

「チャンピオンくん、名司会ぶり楽しませてもらったよ。また後で、時間があれば話をしよう。それと」

 と、視線を僕から外し。

「木花さん。君の来訪を楽しみにしているよ」

 そう言い残し、自分の注射を手に取り、食堂から去って行った。

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