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見上げる景色
いつも同じ窓を見上げていた。
そこには、いつも空を見上げている彼女の姿がある。
君はどうして、いつもそこで物憂げな顔をしているの?
そう問いかけたい気持ちは果たされず、いつも家の前を通り過ぎていた。
しかしある日、いつもの窓に彼女の姿はありませんでした。
どうしたのだろう。今日はたまたま居ないのかな。
男はそう思いましたが、確かめる術などありません。
そして翌日も、その翌日も彼女を見ることはありませんでした。
そして数ヶ月後。
ほとんど見上げなくなってしまっていた彼女の窓辺を、久しぶりに見上げました。
やはりそこに彼女は居ません。
男はモヤっとした気持ちを抱いたまま通りすぎようとしました。
あなたが見たいものは何?
けれど声をかけられた為、足を止めて振り返ります。
そこには、いつも窓の向こうにいた彼女が立っていました。
男は咄嗟のことで戸惑いましたが、彼女の質問に答えます。
君の心……かな。
男も問いかけます。
君はいつも何を見ていたの?
彼女は少しだけ顔を上げ、いつも見ていた表情で空を見つめます。
もうこの空を見られなくなるの。都会の大きな病院に移るから、いつでも思い出せるようにしたかったの。
その言葉に、男は彼女の身に起こっている事態を察します。
そして男は言葉を選び、こう言いました。
次は僕と一緒に見よう。
その言葉に彼女は返事をしません。
その代わり、こくん、と小さく頷きました。
それからまた数ヶ月、彼女は姿を消しました。
そしていくつもの季節が過ぎ、雪が溶けて暖かくなってきた頃……。
彼女は再び窓辺に現れました。
男は彼女を見上げます。
それに気付いた彼女は窓を開きました。
このままの空も良いけれど、君が隣にいるともっと良くなると思うな。
2人は同じ場所から空を見上げ、同じ空と同じ時間をいつまでも感じていました。