幼馴染みを卒業して、恋人になりたい
衝撃の連続告白イベントから一夜明けた放課後、俺はリョウをいつものハンバーガショップに呼び出し、これまでの経緯を話した。
「それなんてエロゲ?」
そしてリョウが開口一番に発した言葉がコレである。はは、さすが俺の一番の親友だ。……よろしい、ならば戦争だ。
「あれ?もしかして怒ってる?」
「冗談でこんなこというわけないだろ。なんだよ、せっかく勇気を出してお前に相談したのに」
「えっ、マジだったの? 二次元の話じゃなくて?」
「三次元だよ! 三次元! いくら俺でも二次元と三次元の違いくらいはわかるわ!」
リョウは俺の顔をまじまじと見つめると、ようやく事の重大さに気がついたのか、真面目な表情になった。
「本当に現実であったことなんだね。茶化してゴメン」
「ああ、俺もびっくりだ。まさか自分がラブコメ主人公の立場になるとはな」
「確かにラブコメ主人公みたいだね。……そうか、ゆうは告白されたのか」
リョウは額に手を当て、しばらく何やら思案した後、コーヒを一口啜るとようやくその重い口を開いた。
「それでゆうはどちらと付き合うつもりなの?」
うっ、いきなり核心を突いてきやがった。すっかり忘れていたが、リョウは昔からこういうヤツだった。でも裏を返せば俺と真摯に向き合ってくれているということだよな。やっぱりリョウに相談してよかったぜ。ならば、俺も素直な気持ちを伝えよう。
「俺は選ばないことにした」
「二股するの? それはちょっと……」
「そういう意味じゃない!やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ」
「じゃあどういう意味なのさ」
リョウの奴め、まるで犯罪者を見るような目で見てきやがる。ひどい誤解だ。いいぜ、俺のイケメンっぷりを見せてやる。
俺は小さく咳をすると、こう宣言した。
「俺はどちらとも付き合いません」
「えっ、なんで?どっちもすごく可愛い子なんでしょ」
リョウは目を大きく見開く。おそらく脳内では、なん……だと……?っていう文字列が乱舞していることだろう。ふふ、まあ予想通りの反応だ。エレナと高音先輩はラノベ作品ならメインヒロイン級の美少女。俺みたいなどこにでもいる普通の男子高生が、彼女達と付き合えるなんてチャンスは滅多にない。来世であるかも怪しいレベルだ。
でも俺の結論はーー。
「俺はみなみが好きだ。俺はみなみに告白する!」
俺は普段緩んでいる顔の筋肉を限界まで引き締めて答える。今の俺、かなりイケメンだぜ!一方のリョウは口まであんぐり開いた間抜け面。
「えっ、なんでそこでみなみちゃんが出てくるの?」
「ほら、一昨日言っただろ。俺はどんなことがあっても幼馴染を選ぶって。俺は自分の信条を貫くまでだ」
俺は得意げに胸を張ってみせた。
「やっぱりゆうはみなみちゃんのことが好きなんだね」
「ああ。変な話なんだが、2人に告白されて俺はようやくみなみが好きだと気が付いた。幼馴染みを卒業して、恋人になりたい 」
「……」
リョウは急に下を向いてしまった。どうしたんだろう、気分でも悪いのか?
「おい、大丈夫か?」
「な、なんでもないよ。むしろ今さらだなーって呆れてた位だよ。みなみちゃんのこと好きなの、バレバレだったし」
「うっ、それは言うなよ…… 」
「はは、ゴメン」
再び顔を上げたリョウは笑顔だった。顔色も悪くない。俺は胸を撫で下ろす。
「それでここからが本題なんだが」
「えっ!今までのは前振りだったの?」
「実は、俺は今まで全然モテなかったんだ」
「知ってるよ」
ちょっとは否定してくれよ。
「それに比べてお前はどうだ。長身のイケメンで、俺より偏差値が10以上高い進学校に通っていて、おまけに運動神経も抜群だ。女の子からは常にモテモテ、ハーレム状態だろ」
「ハーレムって。そんなラノベ主人公じゃあるまいし、大袈裟だよ」
「嘘だ!さっきも俺がトイレに行っている間に、女子高生集団から逆ナンされていただろう」
「み、見てたの?」
「ああ、そこの物陰からこっそりとな」
俺が席を離れた途端、女子高生軍団が花に群がる蜜蜂が如く群がる様は壮観だった。実に羨ましい……じゃなくて、俺が言いたいのはーー。
「お前って女の子をあしらうのが上手いよな」
「え、ええ〜そうかな?そんなことはないと思うけど」
リョウの目は明らかに泳いでいる。コイツまだすっとぼける気か。
「ナンパから相手が撤退するまでの時間はわずか43秒。しかも去っていく女子高生達の表情は明るかった。迅速でなおかつ相手を傷付けない、実に見事な手際だ」
「時間計ってたの?」
「ああ、スマホのストップウオッチ機能でな 」
43秒と表示されたスマホの画面を見せる。リョウはあきれたように大きなため息を吐いた。
「そんなヤリチンのリョウさんを見込んでお願いがあります! 」
「そんなふうに呼ぶのはやめてくれない? 周りから誤解されちゃうじゃないか」
「どうか俺に女の子の告白を断る方法を教えて下さい!」
俺は大きく頭を下げた。勢いあまってテーブルに額をぶつてしまい、鈍い音がする。
「はぁ、なんだよそれ」
「みなみを選ぶからには、他の2人を振らなくちゃいけないだろ!なるべく相手を傷付けない断り方を教えてくれ! 気がついたんだ。誰かに好意を伝えることってすごく勇気がいることなんだよな」
みなみに告白すると決意した俺に最初に芽生えた感情は、ほかでもない『恐怖』だった。恋人同士になれればいいが、断られる可能性もある。うなればお互い気まずくなり、疎遠になってしまうかもしれない。
俺がみなみに対して一歩踏み出せずにいたのは、それが大きな要因だろう。
「でも2人は勇気を持って俺に告白してくれたんだ。こんな俺にさ。だからなるべく傷ついて欲しくないっていうか」
告白してきた時の彼女達の姿を思い出す。瞳には強い決意の光を宿し、でも不安のせいか表情は少し固くてーー。
「お願いします!俺は2人との関係に決着つけてから、みなみに告白したいんだ。それがケジメっていうか……。とにかく、こんなこと頼めるのはリョウしかいないんだよ」
もう一度テーブルに額を叩きつける。さっきよりも大きな音がした。リョウはなにも答えない。やっぱりこんなお願いは非常識だったか。俺は恐る恐る顔を上げた。
「うわっ!ゆう、血が出てるよ」
「えっ?」
額からなにやら生温かいものが流れる。どうやら強く打ちつけたせいで、額が切れてしまったようだ。夢中だったから気がつかなかった。うぅ、今頃になって痛くなってきたぜ。俺は慌ててペーパータオルで額を押さえた。
すると突然、リョウが吹き出した。
「あはははは」
「な、なんだよ。笑うなって」
「ははは……わかったよ。協力する」
「本当か? ありがとう」
「ゆうは僕の大切な親友だ。親友の幸せの手伝いをするのは当然だろ?」
リョウはとっておきのイケメンスマイルを俺に向ける。……ヤダ、カッコイイ。俺が女の子だったら、この瞬間恋に落ちていただろう。
「それじゃあ早速、さっきの女子高生にしたみたいに簡単でお手軽なお断り方法を教えてくれ」
「ゆうには無理」
「え?でも……」
「あの方法は僕にしかできないんだよ。だから無理」
なんだそれ。イケメンにしかできない方法ってことなのか?
「それにね、ゆう。勘違いしないで欲しいんだけど、好意を拒否するってことは、確実に相手を傷つけるんだよ。例えどんなに気を遣ってもね。魔法の言葉は存在しないんだ」
「あ、やっぱりそうなんすね……」
「好きな人と結ばれないことは、とても悲しいことなんだよ」
その瞬間、リョウの顔が歪んだ。今にも泣き出しそうで、だけどなんとか寸前で堪えている、そんな辛い表情。長い付き合いだが、こんなリョウを見るのは始めてだ。もしかして、リョウは失恋した経験があるのだろうか?イケメンで、こんなにもいい奴なのに?
うーん、滅茶苦茶気になるぜ。
「……肝に銘じておくよ。ありがとうな」
だけど、俺はあえて聞かないことにした。いくら親友相手とはいえデリケートな話題だからな。
その一方で、告白を断るという行為がいかに残酷かということも再認識していた。それならせめて2人には誠意を持って対応しよう、リョウの顔を見ながら俺はそう心に強く誓ったのだった。