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幼馴染の笑顔

 ーー 眠い。


 5時限目の化学の授業は、睡魔との戦い以外の何物でもない。ただでさえ食後で眠いのに、理解不能な授業内容。教師が読み上げる化学式はもはやラリホー、いやラリホーマだ。もはや抗うことは不可能。意識が遠のいていくーー。


 ……


 ……


 ……!


 痛い!!


 強い衝撃で、俺は現実に引き戻された。何だ、何が起こった? 後ズキズキと激しく痛む後頭部をさすりながら、振り向く。山田さんの小さな手の中には、分厚い広辞苑。それで殴ったのかよ!

せめてもっと薄い教科書とかにしてくれ。山田さんが再び広辞苑を振りかぶったので、慌てて前を向いた。なに、何なの?俺なんか悪いことした?


「じゃあ結城、128ページ5行目から読んでくれ」


「アッ、ハイ」


 先生に指名され、教科書を読む。ふぅ、危なかった。化学の中山は居眠りを1番嫌う。あのまま寝ていたら、課題地獄に落とされていたところだったぜ。

 あれ、もしかして山田さんは俺のことを起こしてくれたのか?今朝もタオルを渡してくれたし、口は悪いけど本当は優しい女の子なのかもしれないな。


 しかし、その考えは3秒ももたなかった。山田さんが丸めた紙クズを、俺の机に投げこんできたのだ。あれれ〜、 もしかして俺の机をゴミ箱か何かと勘違いしているのかな? って、そんなわけあるか! イライラしながら紙を広げる。するとそこには女の子らしい丸字でこう書いてあった。


「放課後、屋上に来い エレナより」


 ??

 なんだこれ?

 放課後、屋上

 その二つのワードから導き出される答えは……


 アレか、 「屋上へ行こうぜ…久しぶりに…キレちまったよ…」ってことか。不良漫画とかではよく見る、気に入らない奴を呼び出して、ボコボコにするという展開だな。山田さんはまだ朝のことを怒っているのか。俺は一ミリも悪くない気がするぞ。嫌だなあ、行きたくない。それに放課後は図書委員の当番もあるんだよな。でも行かないと後が怖いし……。

 俺の脳内は堂々巡り。授業の内容なんて全く頭には入らなかった。





 ーーそして運命の放課後。


 結局俺は山田さんの呼び出しに応じ、屋上へ来ていた。この寒さのせいか、俺たち2人だけしかいなかった。野球部の怒声と、吹き荒む風の音だけが聞こえる。山田さんの短いスカートが風でたなびき、ニーソックスとの間にある白い絶対領域の面積がふわりと広がった。


「やっと来たわね。なんで呼び出したかわかってる? 」


「ああ、わかっているよ」


 山田さんは仁王立ちでこちらをギロリと睨みつける。その温度はマイナス40度、いやさらにマイナス10度は低いか? どうやらかなり怒っているようだな。このままだと、凍死は免れないだろう。

 だが、俺には秘策がある。先手必勝だぜ!


「とうっ!」


 俺は大きく跳躍。それから流れるような美しい曲線を描き、額を地面にこすりつけた。


「どうも、すみませんでしたァア! 」


  決まった!見よ、この華麗なジャンピング土下座を。この無様な姿を見れば、呆れて山田さんも許してれるだろう。


「ハア? 何してるの」


「謝罪ですけど! どうか許して下さい」


「イヤ、意味わからない」


「えっ、今朝のことを怒っているんじゃないのか。それで締めるために呼び出したんじゃ……?」


「ち、違うわよ! お、女の子が屋上に男子を呼び出すなんて、理由は一つでしょ! 私に対してどんなイメージを持っているのよ」


 膝に着いたほこりを払いながら、俺は考える。山田さんが俺を屋上に呼び出す理由? ダメだ、さっぱりわからない。


「全くわかってないみたいね。やっぱりはっきり伝えないと駄目か……」


 山田さんは何やらブツブツ呟くと、俺にずいと接近する。俺より10センチ以上も身長が低い彼女は、こちらを見上げるように睨みつける。小さく可愛い。でもその青い瞳からは今にも冷凍ビームが放たれそうである。これが「メンチを切る」ってヤツか。怖いな。


「いい?よく聞きなさいよ!」


「アッ、ハイ」


「私はお前のことが……その、す、好きなの…… 」


 ……


 ……


 ……今なんと言った? 最後の方は小声で聞こえ辛かったが、『スキ』って聞こえたような。隙? 鋤? スキッテナンダ? まさかな。風の音がうるさいせいで、きっと聞き間違えたんだろう。


「えっ、なんだって?」


「ふざけんな! 」


 山田さん怒りのローキック! 俺の鳩尾にクリティカルヒット。こんなに細い足なのになんという破壊力、世界を狙えるぜ……。俺は足から崩れ落ちた。


「お前、本当に聞こえてないのか? あ?」


「ゲフンゲフン、す、すみません」


「……分かった。それならこっちにも考えがあるわ」


「えっ、な、何!」


 山田さんは這いつくばっている俺の胸ぐらを掴み、その顔を近づけた。温かい吐息が俺の耳にかかる。い、一体何をする気なんだ?


「私はお前のことが好きだ! 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ! 好き好き好き好き好き好き好き! 大好きだーー!!」


 こともあろうに山田さんは俺の耳元で大絶叫!


「うわああああ!やめて!やめて!本当に難聴になっちゃううぅぅぅ」


 鼓膜が破れる! 必死で抵抗するが、山田さんは俺を逃さない。


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


「や、やめてくれ。もうわかった、本当にわかったから!」


「本当に分かったのか? 私がお前のことが好きなんだぞ!本気で好きなんだからな」


「は、はい!山田さんさんが俺のことが好きなことはよーくわかりました。だからどうかもう許してください」


「そうか」


「ギャッ!」


 山田さんは俺からパッと手を離した。あまりにも突然のことだったので、俺はバランスを崩しそのままコンクリートの地面に叩きつけられた。耳鳴りと全身の痛みでしばらくその場をのたうち回る。

 なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ!いくら山田さんが俺のこと好きだからってやりすぎだ!


 ……って、ん?


 痛みに耐えなんとか立ち上がると、まっすぐに山田さんの顔を見る。目が合うと、彼女はあからさまに顔を背けてしまった。その横顔はいつもと変わらない無表情、でもその頰はわずかに紅潮していて……。

 まさか、これって? いやあの氷の妖精に限ってそんな訳ないだろう。しばらく呻吟した末、俺は山田さんにこう尋ねた。


「も、もしかして俺は山田さんに告白されたの?」


「そうよ」


「ええええええええええええっ!」


 俺は思わず大絶叫してしまった。だってそれは俺にとって『最近出会ったと思い込んでいたヒロインが実は昔に会ったことのある幼馴染みだということが判明した』くらい意外なことだったからだ。一方の山田さんは呆れ顔だ。


「遅すぎるでしょ!」


「俺は山田さんに嫌われてるとばかり……」


 すると彼女の表情が悲しそうに歪んだ。

 

「本当はもっと仲良くしたかったの。でもお前の顔を見ると恥ずかしくて、素直になれなくて、その、酷いことばかりしちゃって……」


 山田さんはツインテールの毛先を指でいじりながら、伏目がちにポツポツと呟く。

 つまり今までのキツイ言動は好意の裏返しということか。つまり山田さんはツンデレ。へー、三次元でもツンデレって存在してたんだ……。なるほど、全く、これっぽっちも気がつかなかったぜ。


「本当にごめんなさい。私のことなんて嫌いよね」


「いや、俺は別に山田さんのこと嫌いじゃないぞ」


「よかった……。それなら私と付き合って下さい」


 山田さんは恥ずかしそうに微笑んだ。普段冷たい彼女からは想像できないほどその笑顔は暖かくて、見ているだけで心がポカポカと暖かくなってくる。やっぱり笑ったほうが可愛いじゃないかーー。それにしてもこのデレ状態MAXの山田さんは反則だ。これがギャップ萌えって奴か!

 まてよ、ここで「はい」と言えば山田さんが俺の彼女になっちゃうのか? 彼女いない歴イコール年齢の俺にツンデレ美少女の彼女ができるぞ! イャッホー、これで俺もリア充だ!


  よし、オッケーしちゃおう!俺は「はい」の二文字を発音しようと口を開く。


 その瞬間だーー山田さんの笑顔に幼馴染みの顔が重なったのは。その笑顔は真夏に咲き乱れるひまわりみたいで……。ああ、辛い時や悲しい時には元気付けられていたなあ。


「どうしたの?」


 ハッと我に返る。笑顔でこちらを見つめる山田さん。ああ、やっぱり可愛い。可愛いけど、その笑顔はなんか違う……。思わず山田さんから顔を背ける。そんな俺の挙動を見て、山田さんは氷のような表情に戻っていた。いや、いつもよりマイナス100℃は冷たい。


「やっぱり私のことは嫌い?」


「いや、そうじゃないけど……」


「……返事は急がなくていいわ。私はいつまでも待つから」


 氷の妖精はそう言うと、あっという間に北風と一緒に去っていった。


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