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俺達はただの幼馴染だ

新しいヒロインが登場します

「ゆうちゃん、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だよ。それよりさ、早く離れてくれ…… 」


「うわあ、全然大丈夫じゃないよ!無理しちゃダメ!」


 結局、全力疾走は3分ももたなかった。足はガクガク、全身は汗でビショビショ。歩くのもままならなくなり、みなみに肩を支えられなんとか教室までたどり着く。離れて登校するつもりが、こんな密着する羽目になってしまうとは……。みなみとの距離はとても近くて、その吐息まで掛かってくる。うう、俺の心臓のドキドキがみなみに聞こえてませんように!


 せめてもの救いは、冷やかしてくる人間がいないことだ。教室にはすでにほとんどの生徒が登校していたが、みんな俺たちには無関心である。普段から幼馴染みを強調していて良かったぜ。今何か言われたら、とても普段通りにはいかなかっただろう。


「うわっ!」


 突然、目の前が真っ暗になった。何事だ?ふわふわして、いい匂いがする……。俺は顔を覆う謎の物体を引っぺがす。


「これはタオル?」


「それ使いなさいよ」


  クラスメイトの山田やまだエレナさんが、机に頬杖をつきながらそう言った。

  肌は雪のように白く、輝くような長い金髪はツインテール。大きな青い瞳は、本人の気の強い性格を反映するように目尻が少し釣りあがっている。あどけなさの残る顔立ちをしているが、その表情は一切の熱を感じないほど冷たい。笑ったら可愛いだろうに実にもったいない。


「貸してくれるのか?ありがとう」


「か、勘違いしないでよね。私はお前が体を冷やして、風邪を引くのを心配したわけじゃないんだから。お前の汚い汗がこの教室に撒き散らされるのが嫌なだけよ。あとお前が使ったタオルなんて汚いから返さなくてわ」


 氷のような言霊が、俺のガラスハートを突き抜けた。


 ……まあ、こういう展開になることは知ってたよ。


  ロシア人とのハーフの山田さんは一見するとお人形さんみたいな美少女だ。しかし愛らしい容姿に反して、性格は絶対零度。いつも氷のような無表情だし、口を開けばその毒舌はその場の全てを凍りつくす。入学当初は言い寄る男子も多くいたが、ゴールデンウィークに入る頃には氷河期の恐竜の如く絶滅してしまった。その小柄で愛らしい容姿も相まって、影では「氷の妖精」と呼ばれている始末だ。


「エレナちゃん、おはウォンバット!」


「……おはよう」


 もちろんみなみの意味不明な挨拶にも、山田さんは眉ひとつ動かさない。と言うか、みなみの奴『おはよウォンバット』引っ張り過ぎだろ!流行らせたいのか?断言するぞ、その挨拶は絶対流行らない!


「また一緒に登校なのね。2人とも付き合ってるの? 」


 山田さんはツインテールの先っぽを弄りながら、いかにも興味なさそうにそう言った。流石氷の妖精、今聞かれたくない事ナンバーワンを打ち抜きやがった!お、落ち着け、俺。あの無敵の呪文を唱えるんだ!


「い、いや、俺達はただの幼馴染だ。なあ、みなみ? 」


「そうだよぉ、エレナちゃん。ゆうちゃんとはただの幼馴染だよ 」


  この時「やっぱり付き合っているように見えるか、フヒヒ」という感情を微塵も出さずクールに答えるところがポイント。呪文の効果は『聞いた人間全てが興味を失う』だ!


「ふうん、そうなんだ」


「えっ」


 しかし山田さんの反応は予想外のモノだった。氷のような表情が溶け、にっこりと微笑したのだ。その笑顔はやはりというか想像以上に可愛らしく、例えるならそう、満開の桜のようだった。見ているだけで、心がほんのり温かくなるようで……。

 しかし瞬きした次の瞬間には、いつものむっつり不機嫌顔に戻っていた。あれ、おかしいなぁ?


「何よ、こっちをジロジロ見て」


「いやぁ、さっき一瞬笑ってただろ?可愛いかったなぁと思って」


「……ッツ!」


 山田さんの頰がわずかに紅潮する。


「なに馬鹿なこと言ってるのよ。か、可愛いなんて、馬鹿じゃないの。アンタみたいなキモオタに言われても全然嬉しくなんてないんだからね。むしろ迷惑なんだからね!」


 山田さんは早口でまくし立てる。頰の筋肉もピクピク痙攣しているし、かなり怒っているようだ。褒めたのに、なんで?


 ま、まさか山田さんは俺のことを……



 ……




 本気で嫌いなんだな。そういえばいくつか思い当たる節があるな。目が合えばあからさまに逸らされるし、挨拶してもなんだかよそよそしい。この前なんて、プリントを渡そうとして手が少し触れただけでマジギレされた。他の人に対してマイナス30℃だとしたら、俺にはマイナス40℃くらいは冷たいと思う。このマイナス10℃の温度差は、おそらく俺のことが嫌いな証拠だろう。嫌な奴に『可愛い』なんて言われたら、嬉しさよりも嫌悪感が強いに決まっている。

 なんで嫌われているかは皆目見当はつかないが、おおかた俺がつまらないことでも言ってしまったことが原因だろう。みなみからもよく『ゆうちゃんはデリカシーがないよぉ』と言われるし。これからは山田さんが不愉快にならないように気をつけよう、そう思った俺は素直に謝ることにした。


「変なこと言ってごめん」


「わ、分かればいいのよ。そ、そもそも私は笑ってなんかいないし。アンタの見間違いよ」


「えっ?でもさっきは確かに笑っていたよな」


「……私は笑ってない」


 その声は聞いているだけで背筋がぞくり、とするほど冷たくて。ああ、どうやらまた余計なことを言ってしまったようだ。


「見間違いだって言ってるでしょ! そもそもあのタイミングで私が笑うと思う?」


「そう言われてみればそうかも……」


「本当に自意識過剰な奴ね。私がアンタのことを好きだと思ったら大間違いなんだから」


「え、山田さんが俺のこと好き? そんなこと全然思ってないんだけど。何でそうなるんだよ?」


「だ、だから、アンタとみなみが付き合ってないことが分かった瞬間に笑うなんて、アンタのことが好きと言っているようなものでしょ」


「おお、なるほど」


 俺は納得し、手をポンと叩く。そういう考え方もあるんだなぁ。すると山田さんは机を拳で叩き、席から立ち上がった。そして怖い顔で俺をキッと睨み付ける。


「やっぱりアンタ、私のことを馬鹿にしてるでしょ」


「いや、別に。あれ、なんでそんなに怒っているの」


「怒ってない!」


 山田さんの怒声が教室に響く。ああ、やっぱり怒っているじゃないか!


「言っておくけど、私はアンタのこと大嫌いだから」


「そんなことくらい分かっているよ」


「全然分かってないわ! アンタが思っている百倍以上、私はアンタのことが嫌いなんだからね!」


 山田さんは大きく息を吸い込むと、マシンガンみたいに次々言葉を吐き出した。


「酢豚に入っているパイナップルくらい嫌い! 桜の木にぶら下がっているなんかゲジゲジした芋虫くらい嫌い!映画に投げっぱなしの特撮作品の最終回くらい嫌い! 嫌い嫌い嫌い嫌い!大嫌いなの!」


 そこまでか?そこまで俺のことが嫌いなのか?

 山田さんが口を開く度に、釘が打てるくらい凍ったバナナで頭を殴られたようなダメージを受ける。言い返したい気持ちもあるが、戦闘モードに入った山田さんをこれ以上怒らせるのは危険だ。俺は小さく縮こまり、この吹雪が過ぎるのを待つことしかできない。ああ、山田さんの口から覗く白い八重歯が眩しいぜ……。


「エレナちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ」


 俺と山田さんの間にみなみが割って入る。やった、援軍だ! やはり持つべきものは幼馴染みだな。


「ゆうちゃんのメンタルは紙なんだよ!きっと今晩は布団の中で涙を流すはず。このままだと枕ビショビショになっちゃうんだからね」


「ばっ、馬鹿野郎!これくらいで泣くわけないだろ!」


「えー!辛いことがあった次の日は、いつも枕をベランダで干してるじゃん」


「お前、本当に俺の味方なのかよ?」


「うん。私はいつもゆうちゃんの味方だよぉ」


    みなみはにっこりと微笑んだ。その笑顔に邪気が含まれているように見えるのは、きっと俺の気のせいではないだろう。前言撤回、やはり幼馴染みは油断ならないぜ。それからみなみは山田さんにまっすぐ向き直る。


「な、なによ」


 あんなに威勢のよかった山田さんが、怯えたように数歩後退りした。


「エレナちゃんって、とっても不器用なんだねぇ」


「は、はぁ?訳わかんない!」


 山田さんの青い瞳が大きく泳ぐ。あの山田さんが動揺しているのか?これは勝てるぞ!頑張れみなみ!


「いい?ゆうちゃんはね、とっても素直なの」


「そ、それが何なのよ!」


「つまり、相手から言われた言葉はそのままそっくり額面通りに受け取っちゃうの」


「アンタ一体何が言いたいのよ」


「今のままじゃ、いつまでたっても気持ちは伝わらないってことだよ」


 はぁ、コイツ何言ってるんだ? 山田さんが俺のことを嫌いだなんて百も承知だっつーの! 心が痛くなるから、これ以上知りたくないわ。


「な、何言ってるのよ。わ、私はコイツのことなんてこれっぽっちも興味ないんだからね! お前も勘違いするなよ!」


「ひぇっ!」


 山田さんに胸ぐらを掴まれる。その顔は林檎みたいに真っ赤で、青い双眸には憎悪の炎が燃え上がっていて……。こんな感情をむき出しにした山田さんを見るのは初めてだ。正直怖い。


「本当に本当に分かっているのか? 私がお前のことを大嫌いということを!」


「は、はい。分かっていましゅ……」


「声が小さい! もっと腹から声を出しなさいよ! アンタそれでも男なの!」


 俺の返事の仕方が気に入らなかったのか、山田さんはますます激昂してしまった。俺の胸ぐらを掴んだまま、前後にガクンガクンと大きく揺すり始めた。


「く、首が締まる……みなみ助けて」


 しかし、みなみはその場から忽然と消えていた。

 どこへ行った?と思っていると、揺れ動く視界の片隅に、自分の席で授業の準備をしているみなみを発見。チクショウ!裏切り者め!他のクラスメイト達も遠巻きに見ているだけで、誰も助けには入らない。


 ああ、なんだか意識が遠のいてきたぜ……。


「何騒いでんだ。もうホームルーム始めるぞ」


 担任の加藤先生の声で、山田さんの動きか止まった。もう、そんな時間か。でも助かったぜ。熱血で少しウザいと思っていたけど、加藤先生は俺の救世主だな。


「なんだ?そんなにくっ付き合って。お前達もしかして付き合ってるのか?いいね、青春だねえ。ハハハ」


 つられて他の生徒もクスクス笑い出す。燃料を投入され、山田さんの炎がますます強く燃え上がる。前言撤回、加藤お前だけは許さん。

 それから俺たちは加藤に促され、自分の席に着いた。一安心と言いたいところだが、山田さんの席は俺のすぐ後ろなわけで。背中にひんやりとした冷気を感じ、俺は思わず身震いした。


 今日1日、俺は無事に過ごせるだろうか?


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