幼馴染編:チョコレート
【注意】本章は重大なネタバレを含みます。本編読了後に読むことをおすすめします。
僕は駅前のハンバーガーショップに駆け込んだ。レジカウンターを素通りし、そのまま階段を駆け上がる。真冬だというのに全身汗でビショビショ、息も切れ切れ。1時間も遅刻してしまうなんて! ラインの返信もないしもしかしたら怒って帰ってしまったかもしてないな。
そんな不安とは裏腹に幼馴染みのゆうはいつもの定位置ーー窓際の席で読書している。よかった待っててくれたんだ。
「ゆう!」
声をかけると顔を上げ、
「チッ!」
僕をひと目見るなりそれはそれは大きな舌打ちをした。やっぱり怒っているか。僕は素直に頭を下げる。
「遅れてごめん!」
ゆうは何も答えず、不機嫌そうに顔を背けた。いつもならすぐ許してくれるのに!
「本当にごめん。ちょっと色々面倒事に巻き込まれちゃってさ。そうだ、お詫びにジュースでも奢るよ」
「……俺は別に遅刻に対して怒っているんじゃない」
「は?」
「無意識にモテアピールしてくるお前に怒っているんだよ! 分かってるんだからな、その中に大量のチョコレートが入っていることくらい! クソが、リア充爆発しろ!」
ゆうはいかにも悔しそうにギリギリと歯ぎしりしながら、僕の持っている紙袋を指差す。
「あ、よくわかったね。もしかして何か能力に目覚めたの?」
「ちげーよ、これは単純な推理だよ! 今日はバレンタインデー、そしてお前はイケメン、なぜか遅刻。そこから導き出せる答えはーー」
ゆうはそこで言葉を切ると大きく息を吸い、
「女の子からたくさんチョコレートを貰ったに決っているだろ!」
超ドヤ顔で言い放った。うわっ、その顔超ムカつく。
「……まぁその通りだよ。いらないって断っているのにみんな諦めてくれなくてさ。それで遅刻しちゃったんだよ」
「うわああぁぁ! やめろ、非モテ陰キャの俺を殺す気か!」
耳を塞ぎ苦しみだすゆう。僕はため息を吐くと椅子に腰掛ける。
「それで何個もらったんだよ」
「嫌がってたくせに興味津々なんだね。えーと、たしか18個だったかな」
「やべぇ、お前の攻略対象ヒロイン18人もいるのかよ。ギャルゲーだったら結構な大作じゃねーか」
「僕は誰も攻略する気ないから」
いや、攻略できないというのが正確だ。なぜなら僕の正体は女で、とある理由から男装をしているけど女の子には興味はない。そんな複雑な事情など一切知らないゆうは、羨望の眼差しで僕を見ている。なんだかちょっと罪悪感を感じてしまう。
「うわ~、その台詞一度は言ってみたいわ」
「ゆうだってチョコレートもらっているんだろ」
「……まあな」
ゆうは照れたように鼻の頭をこする。やっぱりね、予想通りだ。動揺するなよ、僕。
「しかも今年は3個です!」
得意げに3本指を立てるゆう。1つは分かるとして、あとの2つは一体誰が……? 予想外の答えに内心大パニックだったが、そう悟られぬよう冷静を装う。
「へ、へぇ。ゆうにしては大量じゃないか。あ、もしかして二次元もカウントしている? 二次元はナシだからね」
「嘘ついてると思っているな。ほらこれが証拠だよ」
ゆうは通学鞄から3つのチョコレート取り出すと机に並べてみせた。金色の包装紙に包まれた大きな箱、可愛くラッピングされたピンク色の袋、そして小さなチロルチョコレート1粒。
「まずこれは同じ図書委員の先輩からもらったチョコレートだ」
ゆうは金色の豪華な箱を指差す。先輩? ああ、たまにゆうの話に出てくる『マジ天使』の貴音先輩か。
「だがこれは義理、いや施しだ。優しい先輩はあまりにもモテない俺を哀れに思ってくれたみたいなんだ。本当にマジ天使だよなぁ」
1人納得したようにウンウンと頷くゆう。しかしこの箱の包装紙に書かれた社名、チョコレートの超有名高級ブランドだぞ。小さいチョコレート一粒でも数百円はするくらいだから、これだけ大きいサイズとなると値段は万を超えているだろうなぁ。つまりこれは本命……。そう思ったが、僕はあえて黙っていた。
「そっちのピンク色は誰からもらったの?」
「ああ、これか。下駄箱に入っていたんだけど、名前が書いてなかったから誰がくれたのかはわからない」
「誰か心当たりはないの」
「ない」
この間の抜けた表情、どうやら本当に心当たりがないようだな。改めてその送り主不明のチョコレートを観察する。可愛らしくラッピングさらてはいるがリボンの形は少し歪だ。慣れないながらもあなたのために一所懸命ラッピングしました、そんな送り主の念がフツフツと伝わってくる。おそらくこれも本命だろう。
「……誰かが間違えて入れたんじゃないかな」
「うっ、やっぱりそう思うか。でもこんな可能性も考えられないか? 実は俺には昔離れ離れになった幼馴染がいて、知らないうちに再会をしているんだ。向こうは気がついているんだけど恥ずかしくて言い出せず、でも俺のことを密かに好きで。そんな幼馴染が勇気を出してチョコレートを下駄箱に入れたという可能性が!」
「ハイハイ、そんな幼馴染は現実にはいません。虚しい妄想はやめろ。とにかく何が入っているかわからないから食べちゃ駄目だよ」
強い自己嫌悪。僕ってどうしてこんなに性格が悪いんだろう。
そして最後に残ったのは1番安価で手間もかかっていない、1粒のチロルチョコレート。送り主が誰かなんて僕には一目瞭然だった。
「それでこのチョコがみなみからだよ。全くこんなんだったら無い方がマシだっての」
ゆうは指先でチョコをつつく。でもその顔はすごく嬉しそうで……。僕の胸がキリキリと痛む。
「1個は間違い、2個は義理だ。全部本命であろうお前と比べれば実に凄惨たる結果だ。ん、どうしたなんか元気ないみたいだけど」
ゆうが心配そうに僕を見ている。いけない、いけない。僕はいつものように笑顔を作る。
「いやぁ、ほら僕って甘いもの苦手じゃないか。こんなに大量のチョコがあると思うと気分が重くてさ」
「うーん、本日2回目の『その台詞一度は使ってみたい』だぜ」
「それでさぁ、よかったらゆうも手伝ってくれない? 好きなのを1個あげるからさ」
「マジで? それじゃあもらうわ」
やった! 心の中でほくそ笑む。僕がチョコレートの入った紙袋を渡すと、ゆうはごそごそと物色し始めた。1分程度悩んだ後ーー
「うん、これがいい。これにする」
ゆうは袋から、青色の包装用紙に包まれた小さな箱を取り出した。その瞬間、僕の息は止まった。
「なぁ、開けてもいいか?」
「う、うん」
遠慮なく包装紙を破るゆう。僕はとても見ていられなくて顔を伏せた。
「うわーー。うまそうなトリフチョコ!これ手作りだよな」
「そう」
「コレくれたのってどんな子だよ?」
「さぁ。たくさんあるからね、誰から貰ったなんて覚えていないよ」
「お前、本当にその子振っちゃうのか? マジもったいないよ。幼馴染じゃないというマイナス要素があったとしても、俺だったら付き合っちゃうのになぁ」
もう限界だった。
「じゃあ僕は下に飲み物買ってくるから」
「おう、いってらっしゃい」
僕は早足にその場を離れる。そのまま階段を駆け下り、レジカウンターを素通りし店の外へ出た。もう外は完全に日が落ち真っ暗になっていた。吹き荒ぶ風もより一層冷たいが、今の僕にはちょうど良かった。火照った体を冷やし、興奮した脳がだんだんと冷静になってくる。
ーーこれはひとつの賭けだった。
もらったチョコレートの実際の数は17。残りの1つは……僕が用意したものだ。18分の1の確率、そんな低い確率だったのにゆうは僕のチョコレートを引き当てた。
「……やっと渡せた」
自然と笑みがこぼれる。本当はずっと前からゆうにチョコレートをあげたいと思っていた。これでようやく、長年の夢が叶ったわけだ。
でも。僕は緩んだ口元を引き締める。これで女の子は終わり。僕はまた男の子に戻らなくてはいけない。だってどうあがいても僕はゆうの一番の女の子にはなれないのだから。
「これで大丈夫、もう思い残すことはない。これからはずっとゆうと『幼馴染み』できる……」
僕は自分を戒めるよう小さく呟いた。
2018年11月26日 本編大幅削除、加筆修正にて完結させて頂きました。自分の力不足により続けることができず、申し訳ありませんでした。




