クラスメイト編:席替え
私はその時、今まで生きてきた16年間の中で1番マジで神様に祈っていた。神様、どうかお願いします。少しでもアイツの近くにして下さい。
季節は冬、年が明け正月ボケが抜け切らない登校日1日目。学期の最初に行われるビッグイベント、その名は『席替え』。
教卓の上に置かれているのはクジの詰まった小さな箱、クラスメイト達は一列に並びソワソワした様子で順番を待っている。その中でも一際落ち着かない生徒がひとりーー私だ。楽しみのような怖いような、なんだか胸のあたりがザワザワする。今まで席替え如きで大騒ぎするクラスメイトがバカにしか見えなかったのに。アイツ、結城優太のせいで私はバカになっちゃったんだ。
アイツのことが気になるようになったのは確か去年の5月、オッサンに絡まれている小学生を助けた姿を見てからだ。仲良くなりたかったんだけど……勇気がなくて自分から話しかけることはできなかった。でも席が近かったら。きっとチャンスは増えるはずなんだから。
私は黒板に書かれた座席表を確認する。すでにクジを引き終わったアイツの席は『23番』、真ん中の列後ろから2番目。もう前と両隣は埋まっているから空いているのは後ろの席『24番』だけ。
私は想像する。大好きな人の背中を見ながら受ける授業は、きっとどんなにつまらない内容でも楽しく感じるだろう。プリントだってアイツが手渡してくれるし、グループワークをする時だって同じ班になれるだろう。きっと今よりもっと仲良くなれるだろうし、う、上手くすればアイツとーー。ああ、駄目! 想像するだけでニヤけてしまう。私は両手で頬の肉を引き伸ばす。
でももし遠い席になってしまったら……。私は前回、二学期の結果を思い出す。アイツは窓際一番前、私は廊下側の後ろから三番目。その距離は地球で例えると日本とブラジルくらい遠くてーー。あの時ほど神を呪ったことはない。2学期のうちにアイツと話せた回数はたったの2回だけだった。ッツ! 思い出しただけで悲しくなる。
「ホラ山田、何ぼーっとしているんだ。お前の番だから早くクジ引け」
担任の加藤の声で我に返る。とうとう私の番が来てしまったか……。ゆっくりと箱に手をのばす。指先は震え、心臓は早鐘を打っている。ああ、神様! そして一枚のクジを掴んだ。
取り出したクジは固く四つ折りになってた。クジは画用紙を小さく切ったもののようで、用紙が厚いせいか中身は全く見えない。
私は深呼吸をすると、ゆっくりと紙を開いたーー。この時、通常の100倍は時間がゆっくり流れていた。心臓のドキドキだけが聞こえていて。そして見えてきたのは数字の『2』……。確か20番代はもう全部埋まっていたハズ! やった!勝利を確信した私は一気に紙を開く。
……しかし『2』の横には何も書かれていなかった。つまりこれはただの『2』番。私の席はアイツからはるか離れた廊下側2番目の席だったーー。
私はがっくりと肩を落とす。ああ、またチャンスを棒に振ってしまった。私ほど神に嫌われている女の子はいないだろうーー。
「おっ、エレナちゃん2番なんだ。いいなぁ」
いつの間にか、クラスメイトのみなみが私の隣に立っていた。私の手の中にあるクジを興味深そうに見つめている。
「なんか用?」
「あ、ごめんね。実はさぁ、私前の席がいいんだ。だから羨ましくて」
「……そう」
私はぶっきらぼうに答える。
「もしかして、その席嫌なの? ねぇ、よかったら私の席と交換してよ」
「別にいいけど」
アイツの近くになれなかった時点で、席なんてどうでもよくなっていた。みなみに言われるがまま、クジを交換した。みなみは大げさなくらい暑苦しい笑顔を見せると、
「ありがとう、エレナちゃん。それとこれからがんばってね」
そう言い残し、担任の加藤の元へ駆けていってしまった。なんだか嵐みたいなヤツ。あんな風に素直だったらきっと生きるのも楽なんだろうなぁ。幼馴染だからアイツとも仲がいいし。なんだか羨ましい……。
ん、そういえばみなみのヤツ『これからがんばってね』と言っていたわね。一体どういう意味なのかしら? しかし次の瞬間には、そんな疑問はブラジルくらいまで飛んでいってしまった。
「に、に、23番……!」
みなみと交換したクジには確かに『23番』と書かれていた。もしかしてコレ夢? しかし目をゴシゴシこすっても、ほっぺたを引っ張っても目は覚めなかった。つまりこれは現実!
その瞬間、脳内で祝福の鐘が鳴り響く。ああ、ついにこれでアイツとーー。あまりにも嬉しくて、バンザイしながらぴょんと飛び上がる。
「あ、あの山田さん、急にどうしたの?」
周りにいたクラスメイトが怪訝な顔をしている。いけない、私はクラスではクールキャラで通っているんだった。
「……別になんでもないし」
いつものように無表情で、低い声で言い捨てる。クラスメイト達は、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から去っていった。ふう、危なかったわ。いくら嬉しくても冷静に振る舞わないと、ね。
それから教室中で引っ越し大会が始まった。席替えの場所に移動するため、生徒達は机を抱えて移動する。40人の人間が一斉に動くから、騒がしい上にお互いの体がぶつかる。いつもなら舌打ちのひとつでもしたいところなんだけど、今の私は鼻歌を歌いたいくらい上機嫌だった。この机の重ささえなんだか愛おしい。視線の先には、アイツの姿。もう移動が終わったようで、椅子に腰を下ろしている。ふふ、なんて話しかけようか。やっぱりシンプルに『これからよろしくね』と笑顔で挨拶しよう。あんまり長く話したらなんだかボロが出そうで怖いし。一歩一歩確実にアイツに近づいていく。それと共に心臓の動きがどんどん早くなっていきーー。
「きゃっ!」
所定の位置まで2メートルというところで躓いてしまった。このままでは机ごと前のめりに倒れる、思わずぎゅっと固く瞼を閉じた。
……。
しかし私は倒れなかった。両足はちゃんと地面に付いていて。恐る恐る目を開けると、そこにはヒーローがいた。
「だ、大丈夫。なんだかフラフラしていたから危ないなと思っていたんだけど」
すぐ目の前に心配そうなアイツの顔、前から机を支えてくれていた。わ、私のことも助けてくれるんだ。やっぱりコイツ、カッコイイ。そうだ、お礼。お礼を言わないと!
「べ、べ、別に助けてくれなんて頼んでないんだから」
なのに口から出てきたのは正反対の言葉。その上、プイと顔を逸してしまった。ああ、私のホントバカ!
「まぁ、なにより怪我がなくてよかったよ。はは……」
「もう大丈夫だから。手、離してよ」
「あ、ごめん」
私の机からアイツの手が離れる。アイツは驚いたような、すこし悲しいような表情をしている。きっと可愛くない嫌な女だと思われてるわ。どうして私はいつもこうなんだろう。本当はもっと素直な女の子になりたいのに。
「あのさ、山田さん。もしかして俺の後ろの席になるの?」
しかしアイツはめげずにさらに話しかけてきた。私は思わず目を剥く。だ、駄目。動揺しているのがバレてしまう。私は自分を守るため、硬い氷の仮面を被る。
「だから何?」
「そ、その、これからよろしくな」
アイツは優しく微笑んだ。あんなに冷たい態度をしたサイテーな私に。いつもなら可愛くない一言をつい言ってしまうところだけどぐっと飲み込んで、
「……よろしく」
なんとかそう小さく呟いた。もちろん恥ずかしくてアイツの顔なんて見ることはできなかった。
待ち望んでいたはずのアイツとの会話は最悪の結果で終わった。私は机に突っ伏し、激しい自己嫌悪に陥ってた。こんなんじゃ、アイツと仲良くなるなんて無理なんじゃ……。ううん、弱気は駄目よ。
私は顔を上げた。すぐ目の前には大好きな人の背中、こんなに距離が近くなったんだからきっとチャンスはいっぱいあるはず。次は、次こそは!
私は明るい未来に思いを馳せ、1人静かに微笑むのだった。




