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こんな幼馴染みエンドも悪くない

 雲ひとつない青空に、1台の飛行機が飛んでいく。


「きっとあの飛行機にみなみが乗っているんだろうな」


「……そうだね」


 それっきり俺たち二人は口を噤んだ。次第に小さくなっていく飛行機を無言で見送る。


「これでよかったの?」


 飛行機が完全に見えなくなった時、リョウが口を開いた。


「……これでよかったんだよ」


 自分に言い聞かせるようにそう呟く。そう、これでよかった。これが正解なんだ……。

 その時、大きな風が吹き抜けた。なんだか塩っ辛い気がするのは、きっとすぐ目の前が海のせいだろう。空港近くにあるこの人工海岸は波も穏やかで、潮干狩りをする人達で溢れている。


「ああ、もう泣いてるし……」


「な、泣いてない。これは、ホラ海水だから」


 俺は学ランの袖で海水を拭う。


「俺は本当にこの結果に満足している!」


「そんなに強がらなくてもいいよ」


「強がってなんかいない!幼馴染と離れ離れになるのはお約束だ! そんなシュチエーションがリアルで体験できるなんて、めちゃくちゃ嬉しいぜ」


「そうかもしれないけど、でも」


「それに……いつまでもメソメソしていたら、みなみが安心してオーストラリアに留学できないだろ!」


 俺は無意識のうちに、ぐっと握り拳を握っていた。そうだ、これからは幼馴染はいないんだ。だから俺はもっと強くならないけない。


「そっか」


 それまで強張っていたリョウの表情が、フッと柔らかくなった。


「今のゆうは、最高に格好いいよ」


「えっ?」


「好きな女の子のために、ここまでできる人ってなかなかいないと思う」


  普段駄目出ししかしないリョウがこんなに褒めてくれるなんて! 気分をよくした俺は、得意げに胸を張ってみせる。

 

「まあな。俺はやるときはやる男だからな」


「うん。本命のために、あんな可愛い女の子達を振っちゃうし」


「だろ? だろ?」


「しかも、自分の思いを押し殺してまで好きな女の子の背中を押すなんてね」


「……んん?」


「まあ結果的に彼女はできなかったけど、そんなことは些細なことだから気にしちゃ駄目だよ」




  ……あれ?

  もしかして、この状況って……。




「完全にバッドエンドじゃねーーかーー!」


  海に向かって大声で叫ぶ。潮干狩り中の親子連れが怪訝そうな顔でこちらを見ている。


「うわっ、急に叫ぶなよ!びっくりするじゃないか」


「彼女ができないって、全然些細なことじゃないよね? 深刻な問題だよ!」


「なんだよ、いまさら。今後頑張ってつくればいいじゃん」


「簡単に言うな! その気になれば3秒で彼女ができるイケメンのお前とは違うんだよ! もう一生彼女ができないかもしれないんだぞ」


「だ、大丈夫だよ。ゆうの良さを分かってくれる女の子はきっと他にもいるよ。多分」


 そう言いながらも、リョウは気まずそうに俺から視線を外す。なにそれ、目は口ほどに物を言うってか? ふざけんな、今すげー傷ついたぞ!


「さらに気付いたぞ。俺にはもう幼馴染みの女の子はいない。小学校、中学校とみなみ以外仲の良い女の子はいなかったからな」


「うん」


「つまり、俺は幼馴染みエンドを向かえることが、物理的に不可能になってしまったというわけだ」


「……」

 

  俺たちの間に沈黙が訪れる。寄せては返す波の音だけが、あたりに響く。


「そんなの嫌だーー!!みなみいいぃぃーー!!やっぱり行かないで来れーー!!」


  俺は大声で叫ぶと、砂浜を全速力で駆け出した。濡れるのも構わず、そのまま海に入っていく。海水は冷たいし、水を吸ったズボンは想像以上に重かったが、俺の足は止まらない。


「ちょっ!ゆう、早まるな!」


  後から追いかけて来たリョウに腕を掴まれる。


「離せーー!俺は今からオーストラリアに行くんだ!みなみに土下座して帰ってきてもらうんだ!」


 リョウを振り解こうと必死で抵抗する。しかしリョウも譲らず、俺達はそのままもみ合いになった。


「泳いで行けるわけないだろ!ちょっと冷静になれよ!」


「嫌だーー!! 俺は幼馴染みとイチャイチャしたいんだよーー!! 幼馴染エンドじゃなきゃ嫌なんだよーー!!」


「ああもう! さっきの男らしい決意はなんだったんだよ! 3分も持たなかったぞ」 


「そんなもん、たった今海に投げ捨てたわ! やっぱり俺にはみなみが必要なんだ!だから行かせてくれーー!」


「ば、馬鹿。そんなに暴れたら……あっ!」


  俺たちはバランスを崩し、そのまま仲良く前のめりに倒れた。反転する世界、大きく舞う水飛沫。そのまま、俺の顔面は水面に叩きつけられた。海の中は冷たくて、そしてやっぱり塩っ辛かった。膝下程度の浅瀬のせいか砂が舞い、何も見えない。


  ああ、俺は一体何をしているんだろう。


  起き上がる気力も湧かず、水面に顔を付けたまま目を閉じる。幼馴染エンドのために頑張ってきたのに、結局何も得ることができなかった。


 俺はどこで間違えたんだ? 一体どこでーー。


  その時、誰かが俺の腕を掴んだ。そしてそのまま、水上まで引き上げられる。暗黒から一転、目の前が一気に明るくなる。空っぽの肺が空気を求め、大きく深呼吸。海水やら砂やらを一緒に飲み込んでしまい大きく咳き込む。


「ゲホゲホ、し、死ぬ」


「こんな浅瀬で溺れるアホは世界広しといえどゆうくらいだよ」


 リョウも全身ずぶ濡れで、髪からは水滴が滴っている。そうか、リョウが俺を引き上げてくれたのか……。 今回、コイツには迷惑かけっぱなしだなあ。いや、それはいつものことか。ん、いつも?




  ーー俺はようやくそのことに気が付いた。





「……なあ、俺たちって付き合いがかなり長いよな」


「まあ、五才の時からの付き合いだからね。それがどうしたんだよ」


「つまり、なんだ、その、お前は俺の『幼馴染み』ってことになるよな」


  なんとなく気恥ずかしくて鼻をポリポリ掻く。


「俺は本当に幸せものだよ。一緒に海水まみれになってくれる幼馴染みがいるんだからな」


「なんだよ、藪から棒に」


「リョウ、ここまで付き合ってくれてありがとう。こんな俺だけど、これからも幼馴染みでいてくれよな」


 こんな大切なことをなんで今の今まで忘れていたんだろう。俺にはみなみの他にもこんな素晴らしい幼馴染がいるじゃないか。……まぁ確かにリョウは男で、同性との友情エンドなんてギャルゲーではバッドエンド扱いだけどさ。でもこんな幼馴染みエンドも悪くない、と心の底からそう思った。


「……当たり前だろ。僕たちはこれからも変わらず幼馴染みだよ」


 リョウが笑う。見慣れたイケメンスマイルのはずなのに、なぜかすごく可愛く見えて……。


 ーードクン。


 俺の心臓が大きく脈打つ。


「あれ、ゆうどうしたの? なんだか顔が赤いよ」


「な、な、な、なんでもない」


「病み上がりで海に入ったから、また熱が出たんじゃない?ほら、はやく陸に上がろう。うーんその後はどうしようかなぁ。着替えとか用意していないのに……」


 岸へ向かい歩き出したリョウの背中を見ながら、俺は自分の左胸に手を当てる。もう心臓は通常営業に戻ったようだ。


  さっきの胸の高鳴りは一体なんだったろう?


幼馴染ルートも次で終わりです

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