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幼馴染みのいない生活なんて耐えられない

  ぽっかりと空いたやや楕円形の大きな穴、外界からの唯一の出入り口から淡い日の光が注いでいる。そこから俺たちを覗き込む3つの幼い顔。男の子ふたりに女の子がひとり、年は7、8歳といったところか。


「ねえ、僕たちそこで遊びたいんだけど」


「お兄さん達はもう大きいんだから他のところへ行ってよ」


  子供達の視線は実に冷ややかだ。まあそれは当然か。俺達が篭っているのはクジラの体内ーー児童公園の遊具の中だった。クジラの形をしたこの遊具は、大きく開いた口から体内に入ることができる。童話『ピノキオ』の主人公さながらの冒険気分を味わえる逸品だ。


「みんなごめんね。ほら、ゆうも謝れよ」


「すいませんでした」


  何をやっているんだろう……。急に冷静になった俺たちはすごすごと外へ出る。


「学校で独り占めは行けないって教えてもらってないのかよ」


「こんな奴ら放っておいて早く遊ぼうぜ」


「待ってよ、あっくん! 私も遊ぶー」


  子供達はさっさとクジラで遊び始めた。3人はいかにも仲が良さそうで、きっと将来はいい幼馴染みになるだろうーー。


「なんだか昔の僕たちみたいだね。ゆうとみなみちゃんと僕、あんな風に3人でよくクジラで遊んだよね」


「ああ、そうだな。あの頃は楽しかったよな。なんで俺達は昔みたいにできないんだろうな」


「それは僕たちが大きくなったからだよ。もうこの公園は狭すぎる」

 

  リョウの言葉が俺の心の一番柔らかい場所に突き刺さった。本当は気がついていたんだ……クジラがずいぶん小さくなっていることに。クジラだけじゃない、滑り台も、ブランコも、鉄棒も。昔はあんなに大きく見えたのに、今は何もかも小さい。

 ああそうか、そういうことなのか。その瞬間俺は全てを理解した。


「俺とみなみは今までずっと一緒だった。それはこれからも続くと思っていた。だって俺たちは幼馴染みなんだから」


「うん」


「でもそれは間違いだった。みなみにはプロテニスプレイヤーっていう将来の夢があって、たくさん努力していて……」


「ゆう……」


「俺から離れていくのは仕方ないことなんだよな」


  俺はようやく目の前の現実を受け入れ始めていた。しかしそれはあまりにも残酷でーー。今まで押さえ込んでいた感情が、そのまま目と口から流れ出た。


「うわあああああ! 嫌だーー! みなみ! 行かないでくれーー」


  俺は大声で泣き叫ぶ。涙は頬を伝い、地面を濡らす。


「グスッ、寂しいよぉ! 悲しいよぉ! 幼馴染みのいない生活なんて耐えられないよぉ!」


  クジラで遊んでいた子供達もこっちを見ている。ああ、そんな哀れみの視線はやめてくれ。マジで落ち込むから。


「オーストラリアなんて遠すぎるよ! 日本じゃダメなのか! 日本でいいだろ! ずっと側にいてくれよ」


  リョウは何も言わず、俺のすぐ側に佇んでいる。今はそれがありがたい。


「俺はやっぱりお前と別れたくないんだーー!」


  嗚咽混じりの鳴き声が公園に響く。ああ、やっぱり俺はみなみのことがどうしょうもないくらい好きなんだ。でも全て遅い。もうみなみはーー。


「まだ間に合うよ。みなみちゃんに会いに行こう」

 

  リョウが俺の肩を叩いた。


「グスッ、でもみなみは俺のことなんて……」


「それも含めてゆうとみなみちゃんは話すべきだと思う。それともゆうはこれで終わりでいいの?」


「嫌だ。みなみに会いたい……ッ?」


  その言葉は無意識のうちに口からこぼれ出た。俺は慌てて手で口を塞ぐ。間抜けヅラの俺を見て、リョウは呆れたように微笑んだ。


「やっと本音を言ったか。これだから『幼馴染み』って奴は面倒くさい」


「馬鹿、幼馴染みはその面倒くさいところがいいんだろ」


「付き合わされる僕の身にもなってよ」


  俺たちはケラケラと笑いあう。すでに涙は止まっていた。ああ、本当にリョウがいてよかった。俺1人だったら、きっと今頃クジラの胃の中でドロドロに消化されていただろう。もう俺に迷いはなかった。例え離れ離れになるとしても、俺はみなみに『好き』と伝えよう。


「さっきは酷いこと言ってごめんな。みなみがいなくなって悲しいのはお前も同じなのに」


「えっ! ……うん。僕は別に気にしてないから」


「本当に色々世話になったな。それじゃあ俺はみなみの見送りに言ってくるから」


「ちょっと待って! どうやって行くつもりなんだよ?」


「そりゃあもちろん電車で……、ってあれ?」


  ようやく自分が何も持っていないことに気が付いた。そうだ!あの時身一つで飛び出してきたから、カバンは生徒指導室に置きっ放しだ。つまり財布やスマホは……。さらに不幸なことに公園に設置されている時計の針は正午1時を過ぎていた。もう残された時間は少ない。つまりは学校や家にお金を取りにいく暇なんてないわけで。


「ど、どうしよう!助けて、リョウえもーーん!」


  某眼鏡の小学生のようなことを口走りながら、親友の足元に情けなく縋り付く。そんな俺を、リョウは冷たい目で見下ろす。


「……面倒くさいにもほどがあるだろ」


「本当にすみません。このご恩はいずれ返しますから!そうだ、臓器!もしリョウか何かの病気で臓器移植が必要になったら俺が提供するから」


「縁起でもないことを言うなよ」


「あっ、靴か! 靴を舐めればいいか? 舐めればいいんだろ! 舐めてやんよ!」


「ちょっ、マジで舐めようとするなよ! 子供達がこっち滅茶苦茶見てるから! 変なトラウマ植え付けることになるからマジやめろ!」


「それじゃあ……」


「仕方ないから協力してやるよ。僕について来て」


  リョウは小さなため息をひとつすると、公園の出口に向かって歩いていってしまった。俺も慌ててその後を追う。


「お、おい。どこへ行くんだよ」


「ほら、こんなこともあろうと僕はアレで来たんだよ」


  公園の外には一台の白いバイクが停まっていた。リョウは颯爽とバイクに跨り、


「後ろに乗れよ。空港まで連れていってやるからさ」


 超カッコよくそう言った。やべぇ。何コイツ、滅茶苦茶イケメンじゃないか! 俺もそのセリフ、死ぬまでに1回は言ってみたい。


「なにボーっとしているんだよ。はやく準備しろよ」


 投げつけられたヘルメットを被ると、俺はリョウの後ろに座る。エンジンがかかり、車体が小刻みに揺れ始めた。


「しっかり掴まれよ」


「あ、ああ」


  バイクは爆音と共に急発進。風景がすごい速さで後ろへ流れていく。エンジンの音は大きくて、それ以外の音は何も聞こえない。 怖くなって、リョウの胴体に強い力でしがみつく。親友の体は思っていたより細くて、なんだか少し頼りない気がした。

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