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あんな幼馴染みの風上にもおけない奴

 俺は膝を抱えうずくまる。もう何も考えたくなかったし、誰とも会いたくなかった。この場所は狭くて薄暗いからすごく落ち着く。許されるならこのままひとり朽ち果てたいーー。


「電話にも出ないと思ったら、やっぱりここにいたか。嫌なことがあるとここに逃げ込む癖、いい加減に直せよ」


 聞き覚えのあるイケメンボイス。やはり来てしまったか。


「早く出てこいよ」


「……」


「無視かよ。お前いい加減にしろよな」


 しかし今の俺は貝である。動くことはもちろん、喋ることなんてあるわけない。しばしの静寂。


「全く手がかかるな」


 ソイツは呆れたようにそう言うと、俺の聖域に足を踏み入れる。しかし次の瞬間。


 ゴツン


 聞いているコッチまで痛くなりそうな鈍い音。


「痛っ、天井に頭をぶつけちゃったよ。やっぱり小さい時と同じようにはいかないか」


「プッ……」


「オイ今笑っただろ。ふざけんなよ、誰のせいでこんな目にあったと思っているんだよ」


「笑ってないし」


「やっと喋ったか」


 しました、つい。


「何があったの? 僕でよければ話を聞くよ」


「……」


「せめて顔をあげろよ。叩くぞ」


「……」


 バシッ!


 頭に強い衝撃。しかし、全く俺は動じない。


 バシッ!


 さらにもう一撃。だがこの程度ではーー。


 バシッ! バシッ! バシッ!


「痛いわ!いい加減にしろよ!」


 耐え切れず頭を上げる。


「やっと僕を見てくれたね」


 向かいに座り込んだリョウが、こちらをじっと見つめている。この場所が狭いせいか互いの膝が当たり、まつ毛の先っぽまでよく見える。やはりリョウはイケメンだーーこうして近くで見て改めて気付く。高い鼻にニキビひとつない美肌、右目にある泣き黒子からは色気さえ感じる。……なんだか恥ずかしくなってきた。俺はリョウから顔背ける。


「フラれたの?」


 優しい感じの声色でいきなり核心に触れやがった。普通ならもっと遠回しに聞くだろ。全くコイツは容赦ない。


「……フラれた方がまだマシだったよ」


「どういうこと? 」


「みなみがオーストラリアに留学することになった。しかも今日が出発日だとよ」


「えっ、ずいぶん急だね。なにか徴候のようなものはなかったの?」


「いや、そんな素振りは……ん?」


 よく考えたら最近のみなみは少し変だった。急に俺にしっかりしろと檄を飛ばしたり、英会話の本を図書室で借りたり、部屋を綺麗に片付けていたり。そして何より、語尾に度々現れるウォンバット……。


「そうか、ウォンバットはオーストラリアの動物だ! だから急に口走るようになったのか」


「は、ウォンバット?」


「もうあの時には留学することを決心していたんだな。クソッ、全然気が付かなかったぜ。せめてカンガルーだったら……」


「なんかよくわからないけど、ウォンバットが重要な伏線だったみたいだね」


「なんでだよ! なんで俺には何も教えてくれなかったんだよ!」


 無性に悔しくなり、地面を何度も拳で打つ。コンクリートなので手が痛くなるが、そんなこと全然気にならない。そんな俺の手をリョウが掴み制止する。


「ゆう、もうやめてよ!怪我しちゃうよ」


「クソッ、クソッ!みなみにとって俺はどうでもいい存在だったのかよ!」


「……違う」


「は? 今なんてーー」


「それは違うよ!」


 リョウが声を荒げた。狭い場所なので声が反響し、耳がキーンとなる。


「も、もっと小さい声で……」


「ごめん」


 リョウもダメージを受けたようで、声のボリュームを下げ話し始めた。


「きっとみなみちゃんにはゆうに相談できない理由があったんだ」


「理由って?」


「それは直接聞いてみないと分からないよ」


「きっと俺のことが信用できないとかそんな理由に決まっているよ」


「そんな訳ないだろ。2人は『幼馴染み』なんだから」


「『幼馴染み』か……。あっ、もしかして俺はみなみの『幼馴染み』って肩書きに惹かれていただけかもしれないな」


「ゆう!」

 

 リョウの声には明らかに怒気が含まれていたが、俺は構わず続ける。


「深く考えたらみなみ単体はあんまり好きじゃなかった気がする。むしろみなみ自体には興味がない的な? 幼馴染み補正マジやばいわ〜。もっと早く気付いていたらなぁ。こんなことなら高音先輩と付き合えばよかったわ〜」


「いい加減にしろよ!」


 リョウが俺の胸ぐらを掴んだ。その切れ長の瞳は怒りの炎が赤々と燃えている。


「そ、そんなに怒るなよ」


「怒るに決まってるだろ! そうか、分かったぞ。ゆうは拗ねているんだろ」


「は?」


「みなみちゃんに何も教えてもらえなくて悲しいのはよくわかるよ。でも自分の気持ちに嘘をつくのはよくない」


  図星である。本当は寂しくて悲しくて仕方ない。でもそれを認めたら自分がぺしゃんこになりそうで……。誤魔化すように声を張り上げる。


「拗ねてない!あんな幼馴染みの風上にもおけない奴、どこにでも行けばいいんだ」


「それ本気で行っているの?」


「本気だよ。やっぱり三次元幼馴染みなんてクソだった。俺は陽子さえいればいいんだ」


「嘘つき! いい加減素直になれよ!」


「これは俺の嘘偽りのない本音ですぅ!お前にはもう関係ない話だろ。もう放っておいてくれよ」


「は? こんだけ巻き込んでおいてよく関係ないとか言えるな!前からゆうのそういう身勝手なところが嫌いなんだよ!」


「俺だってお前の『なんでも分かってますよ』的な達観したところにムカついているんだよ! ちょっとイケメンで頭がいいからって調子に乗るなよ!」


 言い争いは次第にヒートアップし、ついには掴み合いの喧嘩になった。狭いせいで壁にぶつかるし、怒声は反響しさらに大きな音になる。なんだか色んな場所が痛いし、めまいもしてきた。それでも俺たちは止まらない。


「喧嘩はやめろ!」


 その時、甲高くてやや舌ったらずな声が俺たちを制止した。俺とリョウは声の方向に視線を向ける。

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