幼馴染は諦めてください
「待ちなさい!一方の話だけを鵜呑みにするなんて間違っているわ」
エレナが金髪ツインテールをたなびかせながら、クラスメイトの間に割って入ってきた。意外な人物の登場にシュプレヒコールが止まる。
「え、エレナ?」
「……」
俺のことは完全無視し、マイナス30℃の瞳でクラスメイト達をギロリと睨みつける。
「よく考えてみて。こんな陰キャオタクにそんな度胸あるわけないでしょ」
「で、でも貴音先輩は泣いているし……」
「だから一方の言い分だけを信じるなって言ってるのよ!コイツは1年間同じ教室で学んできたクラスメイトでしょ。もう少し信じてやってもいいんじゃないの?」
「そう言われてみればそうかも……」
「そうだよな。だってあの結城だもんな」
「なんかごめん……」
クラスメイト達はまるで憑き物が落ちたように大人しくなった。流石氷の妖精だ。あんなに怒りで熱していたみんなの心をこの僅かな時間で冷やすなんて。
「ありがとうエレナ。俺を庇ってくれて……」
「か、勘違いしないでよね!私はただ間違ったことが嫌いなだけよ。アンタのことなんてどうでもいいんだから」
「そうか。でも俺は嬉しかったよ。エレナは俺のヒーローだよ」
「!! ヒ、ヒーローって!こ、このくらいで大げさなヤツね」
エレナはプイと横を向いてしまった。ああ、やっぱり本当は優しい女の子なんじゃないか! 罰ゲームうんぬんでなんだか気まずい関係になってしまったけど、これからは仲良くしていきたいなぁ。
「関係ない人間はすっこんでいて欲しいですわ。これは私と優太君の問題なんですから」
先輩がフラフラと俺たちに近付いてきた。長い黒髪が顔の半分を覆い、目は血走っている。まるで貞子。こ、怖い! しかしエレナは全く臆することなく、ズバっと言い返す。
「はぁ? 元はと言えば、アンタがクラスメイトを巻き込んだんでしょ? 私はアンタみたいな卑怯な奴が一番嫌いなのよ」
「奇遇ですね。私もあなたのことが嫌いです」
2人の間にバチリ! と火花が飛ぶ。これは決して比喩じゃない。それくらい2人は険悪で、強いプレッシャーを醸し出していた。例えるならハブとマングース、いや孔明と司馬懿とでもいうべきか。一発触発、すぐにでも戦いの火蓋が切られそうな雰囲気だ。この2人、初対面のハズだよな? なんでこんなに仲が悪いの! 2人の間に挟まれた俺は、どうすればよいかわからずただオロオロとするばかり。
「エレナさん、とか言いましたっけ」
「なによ」
「もしかして、優太君のことが好きなんですか?」
えっ、先輩は何を言っているんだ?エレナが俺のことを好きなわけはないじゃないか。そんなこと言ったら……。恐る恐るエレナの顔を覗き込む。白い顔がみるみるうちに紅潮していく。
ああ、俺はこの後の展開をなんとなく知っていた。
「そ、そんなわけないでしょ!私がこんなキモオタ好きになるわけないじゃん!むしろ大嫌いなくらいだし」
エレナの大絶叫が教室内に響き、同時に俺のガラスハートが粉々に砕けちった。俺は一体なにを勘違いしていたんだろう。エレナは正義感から庇ってくれただけであって、俺にこれっぽっちの好意を持ってないのだ。これからは彼女の視界に入らないように生活していこう……。
「何もそこまで言わなくても。優太君可哀想〜」
「……ッツ!お前、今のワザとだろ」
「はいい?何かですか?自分の気持ちに素直になれないからって、わたくしに八つ当たりはやめて欲しいですわ」
「うっ……うう……わ、私は……」
「哀れですわね。わたくしはあなたと違いますわ。好きな人には素直に好意を伝えることができます。こんな風に」
いきなり先輩は俺に抱きついてきた。クラスメイト達はわっ、と声を上げた。男子はほぼ悲鳴に近い。憧れの先輩が男、しかも俺みたいな冴えない奴に抱きつくなんてさぞかしショックだろう。しかし一番ショックを受けたのは他でもない俺である。
「何するんですか!離れて下さい」
「うふふ、優太君大好きですわ〜。もう一生離しません!」
「何を馬鹿なことを。もう無理矢理引っぺがしますからね! あ、あれ?」
ギリギリギリ……。離れるどころか、先輩の両腕はまるで万力みたいに俺の体を強く締め付ける。
「く、苦しい」
「ひとつ忠告です。幼馴染は諦めてください。」
「な、なにを馬鹿なことを言っているんですか! この前伝えた通り、俺はみなみのことが……」
「あらあら、まだそんなことを言っているなんて。もしかして優太君、気が付いてないんですか?」
先輩の瞳がキラリと怪しく光った。この人は一体何を言っているんだ?
「『何を言っているんだ?』という顔をしていますね? いいでしょう、教えてあげますわ。みなみさんは……」
「優太から離れろ!」
先輩の言葉はエレナの怒声にかき消された。次の瞬間には、全身に鈍い衝撃。エレナが俺たちに体当たりをしてきた。そのまま後方へ吹っ飛び、したたかに床に叩きつけたれる。
イテテ。俺は打った後頭部をさすりながた起き上がる。少し離れたところにエレナと先輩が折り重なるように倒れていた。
「さっきから何なんですか!あなたは関係ない人なんでしょ! 」
「うるさいわね!アンタのことが気に入らないってだけよ」
むくりと起き上がった2人は、俺そっちのけで口論を始めた。
「もう少しで優太君がわたくしのモノになったのに!」
「馬鹿じゃないの!あんな方法で優太が振り向くわけないじゃない」
「うっ、うるさいですわ!」
先輩がエレナに頰に平手打ちをした。乾いた音が教室に響く。ええ〜、先輩ったら何してるの……? 俺はドン引きである。
「パパにも殴られたこともないのに! お返しよ!」
しかしエレナも負けてはおらず、平手打ちをお返しした。その後はもう滅茶苦茶だった。
「この天邪鬼!」
「言ったわね! 腹黒女!」
2人は互いを罵り合いながら、掴み合いの喧嘩を始めた。顔は憎悪で歪み、髪の毛は乱れ、セーラー服は皺くちゃだ。いくら可憐な美少女同士とはいえ、これはあまりにも見苦しい。しかしクラスメイト達は全く止めに入らない。皆興味深そうに遠くから眺めているだけで、中にはムービーを撮っている奴までいる始末だ。頼むからYouTubeとかに配信しないでくれよ。もう、これは俺が止めるしかないのか。
「ふ、2人とも喧嘩はやめてくれ。は、話し合いをしようじゃないか……」
俺は震える声で、極めて紳士にそう言った。2人はぴたりと動きをとめ、じっと俺を見る。ふう、良かった。どうやらわかってくれたようだ。
「優太は黙っていて」
「優太君は黙っていてください」
2人の声が見事にハモる。それからすぐに第二ラウンドが始まった。あれ、もしかして2人は意外と気が合うんじゃないか? そんなことを思ったが火に油を注ぐことは明らかなので、俺は口をつぐみ静かに見守ることしかできなかった。




