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俺は明日、幼馴染みに告白する

 ラブホからバスローブ一枚で逃亡した結果、俺は当然のように風邪を引いた。あれから4日間も高熱にうなされていた俺だったが、ようやく今朝になって熱が下がった。ああ、実に長い戦いだった。しかし気怠さだけはまだ残っていているので、俺は自室のベッドに横たわり狭い天井をただぼーっと見つめている。目を閉じると、これまでのことがまるで走馬灯のように思い出されてーー。


 ここまで長かったなぁ。2人から告白をされて断るまで掛かった時間は、一週間とちょっと。でもその何倍も長い時間を過ごしていた気分だった。まさかここまで難易度が高いとは思わなかった。三次元でも攻略難易度が存在するとしたら、みなみは間違いなくベリーハードだろう。

 しかしあとはみなみに告白するだけ。憧れの幼馴染みエンドは目の前だ!よっしゃー、さっさとエンディングを見るぞ!


 ーーそう意気込んでいた俺だが、急に怖くなってしまった。


 みなみが引っ越してきた時、8年前のあの日から俺たちはずっと一緒だった。同じ釜の飯を食べ、町を駆け回り、同じ学校に通い……とにかく長い時間をともに過ごしてきた。側にいるのが当たり前でまるで肉親のような安心感、それが『幼馴染み』。だけど距離が近すぎる。近すぎるゆえにーー俺は無性に不安になる。果たしてみなみは俺のことを異性として認識しているのだろうか、と。


『ごめん、ゆうちゃんは異性として見えないよぉ』


 想像の中で告白すると、みなみは必ずそう答える。これは幼馴染みが相手を振る時に使うフレーズナンバーワンだろう。幼馴染みであるが故に結ばれない、そんなパターンの作品はいくつか見てきた。もしかしてみなみも『そう』なんじゃないか。泥沼のような不安に足を取られた俺はそれ以上前に進めなくなっていた。


 このまま幼馴染みでいいんじゃないか?そんな保守的な考えになるのは仕方ないことでーー。

 ドアをノックする音で、俺は瞼を開けた。


「ゆう、風邪大丈夫?」


「リョウか。入っていいぞ」


 リョウがドアを開ける。しかし、俺を一目見るなり顔をしかめた。


「うわっ……。ひどい」


「いや、俺はだいぶ元気になったぞ」


「風邪じゃなくて、今のゆうに対してだよ。こんな惨状で、よく赤の他人に入っていいとか言えるね」


「安心しろ。お前以外にはこんなこと言わないから」


 リョウの言う通り、今の俺はとても来客を迎え入れる状態ではない。寝癖だらけのボサボサ頭にスエット姿。洗濯物や漫画が床に無造作に置かれていて足の踏み場もほとんどない状態だ。そういえば、みなみが来なくなってから掃除は全くしてない。


「もっと綺麗にしろよ」


「4日間も部屋に閉じ込められていたら誰でもこうなるさ」


「限度ってヤツがあるだろ」


 リョウは障害物を足で蹴飛ばしながら部屋に踏み込んできた。お前も他人の部屋で大概だろ! と脳内で突っ込む。


「顔色良くなったね」


「ああ、熱はもう下がったぞ。明日の学校の終業式にはなんとか参加できそうだ」


「それはよかった。でもまぁ、自業自得だよね」


「もうその話はしないでくれよ……」


「ははは、ゴメンゴメン。ほらお見舞いに今週号のジャンプ買って来たよ」


「おお、サンキュ。母さん買って来てくれないから助かるわ」


 先週の続きが気になっていたんだよな。俺はワクワクしながら表紙をめくる。


「喜んでくれて嬉しいよ。それでゆう、聞きたいことがあるんだけど」


「ああ、何?」


「みなみちゃんにはいつ告白するの?」


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 勢いあまってジャンプを真っ二つに引き裂いてしまった。


「い、い、いきなりな、なんだよよ」


「何その面白いリアクションは。どんだけ動揺しているんだよ」


 リョウは呆れ顔をしながら、俺のベッドに腰を掛ける。ギシリとスプリングが大きく軋む。


「そ、そんな簡単に言うけどな、告白ってヤツはかなり勇気がいるんだぞ。俺だって色々考えて……」


「じゃあいつ告白するの?」


「……年内には」


「はぁ?この後に及んでどんだけチキン野郎なんだよ」


 その瞬間、リョウの顔から笑顔が消えた。全身の毛が逆立つような恐怖を感じた俺は、ベッドから飛び起きる。しかしリョウの方が早かった。右腕を背後にひねり上げ、そのまま床に組み伏せてしまう。


「い、痛い!離せよ」


「いーや、離さないね。さっさと告白しろよ!」


「そ、そんなに急がなくても。だって幼馴染みで隣に住んでいるんだから、機会はいくらでも」


「甘えんな!」


 リョウはさらに強く腕を捻り上げる。完璧に決まった関節技から逃れる術はなく、激しい痛みに襲われる。プロレスごっこでコイツに勝てたためしはない。このまま意地を張ったところで、痛いだけだな。俺は動かせる左手で、3回床をタップした。


「ギブギブ! わかった、わかったから離してくれ」


「じゃあ、いつ告白するんだよ」


「は、半年以内には……」


「ああ? どんだけ悠長なんだよ」


「い、痛っ! さ、3ヶ月……」


「1クールのアニメだったらもう最終回じゃないか。もっと急げ」


「い、一カ月」


「……」


「イテテテ。む、無言で力を強くしないでくれよ。わ、わかった。い、1週間……いや明日だ、明日!」


 やけくそ気味に叫ぶ。もはや悲鳴に近いだろう。そこでようやくリョウは俺を開放した。ふう、やれやれ。相変わらずコイツの関節技はエグい。腕が抜けるかと思ったぜ。 起き上がる元気もないため、ゴロンを床に大の字になる。そんな俺をリョウが呆れ顔で見下ろしている。


「なんでそんなに自信がないんだよ?」


「別にいいだろ……」


「あっ、わかった! 幼馴染みだから恋愛対象として見られてないかもって考えているんだろ」


  ピタリといい当てられてしまった。俺は驚きのあまり。目を大きく見開く。


「……まさかお前、能力者か?」


「ゆうの浅はかな考えなんてお見通しさ。はぁ、本当に馬鹿だなぁ」


「馬鹿とはなんだよ! 俺は本当に……」


「みなみちゃんはゆうのことが好きだと思うよ」


 今、コイツなんて言った? 俺はむくりと立ち上がると、真正面から親友の顔を見つめる。リョウは俺より身長が10センチも高いので、すこし見上げなくてはいけないーー。親友の表情は大真面目で、とても冗談を言っているようには見えなかった。


「なんでそう思うんだよ」


「僕には分かる」


「だからなんでだよ」


「……2人のことをずっと近くで見ていたからさ」


 その瞬間、リョウの表情が変わった。瞳は潤み唇を強く噛みしめている。声も震え、語尾になるほど聞き取り辛くて。これではまるで泣くのを耐えているみたいじゃないかーー。



 その瞬間、俺の中で全てのパーツがパチリとハマった。


 いくら鈍い俺でも親友の挙動がおかしいことには気付いていた。時折見せる悲しげな表情に、手厚い俺へのサポート。それにそもそも、こんなハイスペックイケメンに彼女がいないということ自体が不自然なんだ。


 だけど、もし、リョウもみなみのことが好きだとしたらーー。


 当時の記憶が蘇る。笑顔で遊ぶ3人の子供達ーー俺とリョウとみなみ。そうだ、俺たちはとても仲のいい『ともだち』だったんだ。でもいつの頃からだろうか、その機会がなくなってしまったのは。俺はさらに記憶を探る。


  そうだ、思い出したぞ。確か小学5年生の時だったな……リョウがみなみと遊ぶのを嫌がるようになったのは。異性を意識し、避けるようになるのはだいたいその頃だろう。クラスでも『女と遊ぶなんてダセェ』みたいな風潮になって、みなみと一緒にいるとからかわれるようになった。


 だからリョウもクラスの奴らと一緒で、ダサいから嫌なんだろうと思っていた。でもそれは俺の勘違いだったんだ。頭のいいリョウのことだ、俺がみなみのことを好きなことくらいお見通しだっただろう。だから、気を使ってみなみから離れたのではないだろうか。


 ああ、それに比べて俺ときたら。なんで全然気付かなかったんだよ! 自分の鈍感さをそんな後悔の念とともに、フツフツと怒りの感情が込み上げてくるのを感じていた。


 だってこんなことは絶対間違っているじゃないか! 親友と好きな人が被ったからといって、相手に譲るなんておかしい。本当に相手のことを思いやるなら、まずは話し合うべきだ。俺もリョウと同様に、親友にならみなみを任せていいと思っている。むしろリョウの方がみなみを幸せにできる気がするし……。むしろ俺が譲る立場じゃないか?

 とにかく、リョウとは一度腹を割って話すべきだよな!


「リョウ、お前本当は……」


「みなみちゃんを幸せにできるのは、ゆうだけなんだよ!」


 しかし俺の言葉は、リョウの声にかき消された。


「みなみちゃんとゆうには特別な絆があるんだ。それこそ誰も入り込めないほどの……。だから、だからゆうは早くみなみちゃんに告白するべきなんだよ」


 その瞳は真っ直ぐで、強い決意の光が宿っていた。これは覚悟を決めた表情だ。そうだ、コイツは昔からこうと決めたらその考えを曲げない奴だった。この状態になったら、もう何を言っても無駄だろう。リョウ、お前はそれでいいんだな。それなら俺も覚悟を決めるからな。


「……約束するよ。俺は明日、幼馴染みに告白する」


「やっと覚悟を決めたか、本当にゆうはヘタレだよね」


「はは、そういうなよ」


「僕の用事はこれでおしまい。あまり長居するのも悪いからもう帰るね」


 リョウはくるりと背を向けると、そのままドアへ向かってゆっくりと歩き始めた。その背中は寂しげで、俺はひどく不安な気持ちになった。この部屋から出て行ってしまったら、もう二度とリョウと会えないような気さえした。


 そんなの嫌だ!


「リ、リョウ! みなみと付き合っても……俺とは友達でいてくれるよな?」


 気がつくと、そう叫んでいた。ああ、なんて俺は卑怯な奴なんだろう。リョウの気持ちを知ってしまったのに、こんなことを言うなんて。コイツはきっと辛くて、悲しいのに。


 でもーー。


「……当たり前だよ」


 振り向いたその表情は、いつもと変わらないイケメンスマイルだった。

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