貴音先輩side:絶対に振り向かせてみせますわ
わたくしはベッドに横になり、低い天井を見つめながら大きなため息を吐きました。横にはぽっかり空いた広い空間、キングサイズのベッドは1人では広すぎます。本来の予定であれば、今頃優太君とーー。
唇を強く噛みました。わたくしはどこで間違えたんでしょう?服装もいかにも童貞が好みそうなものを選びましたし、手作りのお菓子は男心をくすぐったはず。ラブホまでもごく自然に誘い込めたし、その後の色仕掛けも完璧でした。
それなのに寸前で逃げられ、『大嫌い』とまで言われてしまいました。女性としての尊厳を踏みにじられた気分です。まさか、わたくしが可愛いくなかったから?
急に不安になり浴室に駆け込みました。大きな鏡に自分の姿を映します。そこにいたのは紛れもない美少女。長い黒髪はサラサラで、顔は神がオーダーメイドしたみたいに完璧な造形です。バスタオルの上からでも分かるほどの大きな胸に、キュッとくびれた腰。
ああ、よかったですわ。やっぱりわたくしは完璧美少女です。
ホッと胸を撫で下ろしましたが、鏡の向こうのわたくしはすごく悲しそうな表情です。ああ、こんな顔は可愛らしいさ6割減ですわ。笑わないと……。いつものように口角を上げてみましたが、なんだかひどく不自然です。キリキリと胸が痛い。ああ、これが噂に聞く失恋というヤツなのですね。このわたくしが味わう羽目になるなんて一ミリも予想していませんでしたわ。だってわたくしは容姿に家柄に頭脳に運動神経、全てに恵まれた完璧美少女なんですから。どんな男も夢中になるのは当然、自然の摂理。たまに興味ありませんよ、と格好付ける男もいましたが少し優しくすればわたくしのいいなりでした。思い通りにならない男はいないーー、わたくしはそう信じていました。優太君に拒否された、あの瞬間まで。
思い返してみれば、彼が思い通りになることは一度もありませんでした。
彼を認識したのは確か去年の6月頃、図書委員の当番で初めて一緒になった時です。同じ委員でしたが、あまりにも平凡すぎる容姿と能力のため全く印象に残っていませんでした。見るからにつまらない男でしたが、わたくしはパーフェクト美少女なので優しく微笑んであげることにしました。
「今日は一緒の当番ですね。よろしくお願いします。えーと失礼ですけど、お名前は?」
「ゆ、結城優太です。よ、よろしくお願いします」
ぷぷ、ガッチガチに緊張していますわね。わたくしは少し哀れに思い、慈悲のつもりでさらに話しかけてあげました。今思えばこの行為が、大きな間違いの始まりでした。
「図書委員をしているということは、本が好きなんですよね?よかったら、どんな本を読むかわたくしに教えてくれませんか?」
「はい。俺はこういう本を好きで読んでいます」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまいました。だって彼が差し出した本の表紙には、アニメ絵な女の子が描かれていたんですもの。萌え、ってヤツですか? タイトルもなんだか長文で、美少女だとかハーレムだとかそんな頭が悪そうな単語が羅列されていました。いわゆるライトノベルというヤツです。
「あっ、先輩はこういうの駄目な人ですか?」
「い、いえ、か、可愛い表紙ですね。ウフフ」
わたくしはなんとか笑顔を作りました。でも心中は穏やかではありませんでしたわ。だって、ライトノベルですよ! おかしいじゃないですか! わたくしを目の前にしたら、男はカッコつけるのが当然。こういう場面なら、普通純文学とか洋書とかをドヤ顔で差し出しところですよ!なのにライトノベルって……。
「ああ、よかった。先輩はオタクに偏見がないんですね。噂の通り、先輩はすごくいい人ですね」
彼はそのまま食い入るようにライトノベルを読みはじめました。普通だったらドキドキして集中なんかできないはずなのに! まさか、わたくしのことなんて眼中にない? こんな男がこの世にいるなんて! わたくしは大きなショックを受けました。しかしその一方で、結城優太という男に強い興味を持ちました。
それからわたくしはことあるごとに、彼を誘惑しました。当番はなるべく一緒になるように工作し、その度に意味深な言葉と共にあからさまなボディータッチをしました。普通の男だったら『俺のことが好きなんだな、グヘヘ』と意識することでしょう。しかし彼は全く気が付きませんでした。恐るべくスルースキルです。
そして決定的なことが起きました。そう、あれは確か12月のことでしたっけ。痺れを切らしたわたくしはついに勝負に出ました。
「偶然、遊園地のチケットを手に入れたんですけど……。その、優太君がよかったら次の日曜日に一緒に行きませんか?」
少し顔を赤らめながら上目遣いのわたくしは最高に可愛いかった、と言い切れる自信があります。ちなみにチケットの遊園地は、お父様がオーナーです。手に入れたのは偶然ではなく完全にコネクションによるものです。まあそんなことは置いておいて、流石の結城優太もわたくしを意識するでしょう。だってこれって誰がどう見てもデートのお誘いですよ。キョドリながら、「は、はい。俺なんかでいいんですか」と二つ返事でOKするに決まっています。
ザマァミロですわ、結城優太!
その時わたくしは強く勝利を確信しました。しかし彼の口から飛び出したのは、予想外の言葉でした。
「誘ってくれたのにすいません。次の日曜日は空いてないんです」
「……は?え、ええと、どんな用事があるんですか」
「実は幼馴染みがテニスの試合に出るんですよ。俺はその応援に行くんです」
「お、応援ですか……」
「ええ、すごく頑張って練習していたので、優勝も夢じゃないと思います」
彼の顔は今まで見たことのないキラキラ笑顔でーー。わたくしはそれ以上なにも言えませんでした。そしてその時、気がつきました。彼がわたくしを歯牙にもかけないのは、その幼馴染みに夢中なせいだと。
もちろんすぐにその幼馴染みを探りました。どんな美少女かと思いましたが、クラスで4、5番目くらいに可愛いレベル。テニスが上手い以外は秀でた点もありません。なぜ、こんな女に?完璧美少女のわたくしの方が彼にふさわしいのに!わたくしの心が黒くドロドロとしたもので満たされました。
それはわたくしが今まで感じたことのない感情でーー。
まさかこれが嫉妬? 嫉妬ということは、つ、つまりわたくしは結城優太のことを……。その時、わたくしは生まれてはじめて『恋』を知ったのです。そしてどんな手を使っても、優太君を自分のモノにしたいと思いましたーー……。
しかし、その結果はーー。
「完敗ですわね……」
鏡の向こうのわたくしは、悲痛な面持ちでそう呟きました。こうして振り返って分かりましたが、優太君は他人との絆を大切にする人でした。だからこんなやり方は最初から間違っていたんですね。いつも彼を見ていたのに、どうしてそんなことに気が付かなかったんでしょう。でももう全てはおわり。優太君はきっとみなみさんとーー。
「……フフフ、……アハハハハ!」
しかし涙は出ず、なぜか笑いがこみ上げてきました。笑い声はどんどん大きくなり、ついにはお腹を抱えて大爆笑する始末。浴室に高笑いが反響します。情熱の炎は消えるどころか、ますます強く燃え上がっていることに気が付きました。
「フフフ、肝心なことを忘れていましたわ。みなみさんはきっと優太君を……。まだワンチャンあるではありませんか!」
わたくしは真っ直ぐ鏡を見つめました。大きな瞳は、自信と希望に満ち溢れています。ああ、やはりわたくしはこうでないと。
「結城優太、あなたを絶対に振り向かせてみせますわ!」
こうしてわたくしは1人静かに戦線布告をしたのです。
これで先輩ルートはおしまいです。次回からいよいよ幼馴染ルートとなっています。物語の核心に迫る重要なルートなので、頑張っていこうと思います




