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幼馴染みってズルいですよね

 このラブホはタッチパネルを使用しチェックインできるので、俺たちは誰に咎めらることなく部屋の前に到着した。ここに来るまで全く生きた心地がしなかったぜ。

 目の前にあるのは一見すると何の変哲もないドアだ。しかし、この先は……。ああ、俺は今大人の階段を三段飛ばしで駆け上がっている!


「それではドアを開けますよ」


「はい」


 俺は心を落ち着けると、ドアを開ける。部屋は俺が想像していたものより、はるかにシンプルな作りだった。八畳程の広さで、中央には大きなベッドが鎮座している。他には冷蔵庫やテレビといった数点の家電が置かれているだけ。入口の近くにドアがひとつあるが、おそらくバスルームだろう。まあ、ここまでは一般的なビジネスホテルと違いない。しかしーー。


「あら、このお部屋とっても可愛いですわね」


「そ、そうですね……。はは……」


 目をキラキラさせて喜ぶ先輩に対し、俺は完全に言葉を失った。なんだ、この部屋一面のピンク色は!壁紙もベッドも、照明までピンク色。目がチカチカして痛くなるわ。一番安くて当たり障りのないエコノミー室を選んだつもりだったのに、とんだエロ空間だよ!

 それにエロエロなのは外観だけではないはずだ。噂で聞いたことがあるが、ラブホにはアレとかアレ……とにかくヤバいものが置いてあるらしい。キャベツ畑やコウノトリを信じてそうな先輩に、汚れた物を見せないようにしなくては……。その時、俺の背後でドアが開く音がした。


「優太君、見てください!お風呂もすごいですよ」


「うわっ、な、何しているんですか」


 先輩が勝手にバスルームに入っている! クソッ、出遅れた!


「何を怒っているんですか? 私はただ部屋を見て回ってだけなのに……」


「べ、別に怒ってなんていませんよ。ええ、俺はいつもと変わりありません」


「変な優太君。そうですわ、洗面台にこんなものがあったんです。アメニティーだと思うのですが、これは何に使うものですかね?」


 先輩は、小さな銀色の袋を握っている。中身は見えないが、それが何であるのか一瞬で理解した。顔から血の気が引いていく……。


「あら、よく見たら袋に商品名が書いてありましたわ。コンド……」


「わーっ!」


「きゃっ! 何をするんですか」


 俺は先輩の手からソレをひったくる。恐れていた事態が起きてしまった。このままだと、もっとヤバいものが出てくるかもしれない。

 俺は横目でバスルームを確認する。狭い脱衣所があって、カーテン仕切りの先にシャワーと浴槽。浴槽が不自然にデカいのは気になるが、ヤバそうな物は置いてないな。よし、この作戦で行こう!


「先輩、先にシャワーを浴びて下さい。そのままだと風邪を引きますよ」


「でも優太君もびしょ濡れなのに。悪いですわ」


「レディーファーストってやつですよ。ほら、早く」


「ありがとうございます」


 先輩をバスルームに押し込むと、俺は部屋の捜索を始めた。クローゼット、ベッド、冷蔵庫の中……。うん、特にヤバそうなものは何もないな。よかった。そして収穫もひとつ。クローゼットの中にバスローブを発見。俺も雨でびしょ濡れだ。まだシャワーは使えないからこれに着替えよう。

 俺はバスローブに着替えると、ベッドに腰を掛けた。目の前にある窓は厚いカーテンが締め切られているが、ガラスを打つ激しい雨音が聞こる。やれやれ、まだ帰れそうにないな。

 ふと雨音とは別の、水の流れるような音が耳に入る。奇妙なことにその音は部屋の中から聞こえてくる。俺は音のする背後に振り向く。視線の先にはひとつの扉。あの向こう側にはーー!その時、俺はようやく自分の過ちに気がついた。


「先にシャワー使ってしまって、すみません。高橋君寒くないですか?」


 ドアの向こうから、少しエコーのかかった先輩の声が聞こえた。鼓動が一気に早くなる。俺は慌てて、前を向く。


「だ、大丈夫です。部屋に置いてあったバスローブに着替えたので、そこまで寒くありませんから。先輩ゆっくり入って下さい」


「そうですか」


 落ち着け、俺!今の状況を整理するんだ。先輩はシャワーを浴びている。そして俺はバスローブ姿だ。この状況、ドラマとか映画で見たことあるなぁ。だいたい次の場面でベッドシーンになるから、家族と一緒に見ている時はさりげなくチャンネルを変える ……。


 あれ?


 これって、かなりヤバい状況じゃね? お、落ち着け、俺が紳士でいれば特に問題はないはずだぞ。例えあのドアの向こうに裸の先輩がいても、俺はなんとも思わない! そう何とも……。


 ゴクリ、と俺は生つばを飲んだ。ああ、駄目だ!想像するな!


「はっ、くしゅん!」


 大きなくしゃみをしてしまう。鼻水も出てきたし、やっぱり少し冷えるなぁ。


「優太君、やっぱり寒いんですね? もう出ますわ」


「ま、まだ入ったばかりじゃありませんか。ゆっくり湯船にでも浸かって下さい」


「でもお待たせするのは気が引けます。そうですわ、優太君も一緒にお風呂に入りましょう」


「ははは。せ、先輩もそんな冗談を言うんですね」


「……わたくしは本気です」


 その時シャワーの音が止まった。続いて、バスルームのドアが開く音がする。


「あ、あの、先輩もう出たんですか? ゆっくりしてよかったのに、ははは」


 しかし、先輩は何も答えない。代わりにペタリペタリと、濡れた足で歩く音が聞こえる。


 その音はゆっくりと、だが確実に俺に近づいてくる。俺は石像のように動けない。でも、心臓だけが激しく動いていてーー。


「優太君、どうしてこちらを向いてくれないんですか?」


「いや、その、なんででしょうねぇ。あはは……」


「実はわたくし、何も身につけてないんですよ」


 その瞬間、俺の脳内でけたたましい警報音が鳴り響く。


「ちょっ、な、何考えてるんですか?早く服を着て下さい!」


 返事の変わりにベッドがギシリ、と大きく軋んだ。どうやら先輩はベッドに乗り移ったようだ。ハダカの先輩がいる、そう思うとすごく振り向きたくてーー。いや駄目だ、振り向くな! そんな異なるふたつの感情が、俺の中で激しくせめぎ合いを始めた。耐えろ、結城優太。俺には心に決めた幼馴染みがいるだろう!


「……わたくしはずっと考えていたんです」


 背後から先輩の声、そして石鹸のいい香りが鼻をくすぐる。どうやら先輩は俺のすぐ後ろ、それも数センチも離れていない場所にいるようだ。俺の心臓は過労死寸前なくらい動いていたが、そうと気取られないよう、冷静を装う。


「なにをですか?」


「みなみさんと同じ時期に出会っていたら、優太君は私の方を好きになってくれていたんじゃないかって」


 ……?? 先輩は一体なにを言っているんだ。


「私は悲しくて泣いていたんじゃありません。悔しくて泣いていたんです。だって早く出会った方が有利に決まっているではないですか」


「そ、それは……」


「みなみさんとの幼馴染みエピソードを聞いて、私は確信しました。優太君はつまらない『情』に流されているだけです。私とみなみさんが同時期に出会っていたら……私が幼馴染みだったら、それでも優太君はみなみさんを選びますか?」


「うっ……」


 思わず口ごもってしまう。だって、幼馴染みの貴音先輩は想像しただけで身悶えするくらい魅力的だったからだ。俺のことを弟みたいに可愛がってくれるんだろうなぁとか、お互い『ユリ姉』『ゆう坊』とか呼びあったりするんだろうとか、妄想が捗って仕方ない。もしかしたら先輩を選んでしまうかもしれない……。

 いや、これは罠だ。惑わされるな。


「そ、それでも俺はみなみを選びますよ」


「今、悩みましたよね? 」


  ぎくり。


「そうですよね、だってわたくしがみなみさんに劣っている点は優太君と過ごした時間だけなんですから。同じ条件ならわたくしを選びたくなるのも当然ですわ」


「そんなの屁理屈です!俺が今一番好きな女の子はみなみには変わりないんですから」


  誤魔化すように俺は声を荒げる。


「ええ、十分分かっていますわ。優太君の中にはみなみさんとの思い出がたくさんあって、わたくしが割り込む隙もない。本当に……幼馴染みってズルいですよね」


 背後から聞こえるその声は、ひどく平坦で冷たくて、いつもの優しい先輩のイメージとはかけ離れていた。後ろにいる人物は、本当にあの貴音小百合先輩なんだろうか。振り向いたら、全く別の人間がいるのでは? そんなことを考えてしまい、俺は思わず身震いした。


 それと同時に奇妙な感覚に襲われる。既視感、いやデジャビュという表現が正しいだろう。先輩の『幼馴染みはズルい』という台詞、以前にもどこかで聞いたような。誰が言ってたんだっけ? うーん、ここまで出ているんだけどな。魚の骨が喉に刺さったみたいで気持ち悪い。


「でもわたくしはそんなズルいみなみさんに勝つ方法を思い付いたんです」


 先輩の声で現実に引き戻される。そうだ、今はそんなことを考えているヒマはなかったんだ。


「そんな方法はありません。俺のみなみへの思いは絶対ですから」


「頑固ですわね。優太君のそういうところ、わたくし好きですよ。でも、これでどうですか?」


 次の瞬間、白い2本の腕が体に絡みついてきた。そして背中には柔らかい感触。


 さっき腕に押し付けられた時と全然感覚が違う。ずっと柔らかいし、温かい。間違いない、先輩は本当に何も身につけていないんだ。つまり、これはナマ……!


 下半身に血流が集中していくのがわかる。駄目だ、反応するな!そう頭の中で念じるが、本能には抗えない。


「もっと強烈で刺激的な思い出で上書き保存してあげるまでですわ、ふふふ……」


 そんな俺を嘲笑うかのように、悪魔は耳元で囁いた。

先輩はこういうキャラなんです

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