5話 大都市ユーザール 3
街を歩いていくと目の前に入ってきたのは大きな城だった。
それは自分の城と比べるとこの城の方が大きいことがわかる。
魔王はマントを少し上げ、辺りを見渡す。
「どこかで見たことがあるような…」
「貴様は!」
唐突に話しかけて右手に持った果物を落としたのは間違いなく昨日の夜に門の警備をしていた衛兵
だった。
こちらを睨み付け、腰にある剣を抜く。
「なにをのんきに城を眺めていた」
「もの凄くデカイ建造物のようだったので…なにか?」
こちらの話の途中に男は何やらポケットの中に手を入れて小さな機械を取り出した。
「城の前にて侵入者を発見、ただちに応援を要求する!」
「…了解。10秒以内に着く」
小さな機械から聞こえるその声とほぼ同時に魔王の頭上から大きな音を立てながら落ちて来たのは
間違いなく人だった。
「なっ!」
「おおおおおお」
上の男に気をとられたときに前から前進してくるのが目に入る。
この状況から考えて、上から殺るか下から殺るか。
いや、さすがに大勢の人の前で殺すのは無しか…
上を向いたその時、男の姿はなかった。
「しまーーー」
「ふっ」
後ろから繰り出された横殴りの剣先が魔王の体を横断しようと迫ってくる。
前と後ろ、絶対絶命のピンチーーーーとはならなかった。
「転移」
「…!」
二人の男が目掛けていたはずの標的が目の前から消えて同時に止まる。
衛兵は剣を鞘にゆっくりと直す。
「逃したか」
「そのようだね」
続けてもう一人の男も剣をしまう。
辺りを見るが、もうどこにもいない。
あのときと同じ魔法か。
衛兵は眉間にシワを寄せて遠くの空を見つめる。
*
「危なかった」
その声はその場には似つかわしくないほど小さいものだった。
仮面を被った男女がビール片手に大声で笑い、話しているのだ。
すぐにそこが酒場と言うことがわかった。
魔王はトイレに駆け込み、扉にロックを掛ける。
そして、ため息と同時に便器に座り込んだ。
「なんでこんなことになったんだよ、くそっ」
横の壁を強く叩き、隣にいた男の声がしたが、すぐに嘔吐が始まった。
俺ははなぜこんな誰が尻を着けたのかも分からないような所に座ってんだ。
嘔吐がやみ、トイレを出ていった男はまた酒をのんでいるのだろうか、笑い声が響いてくる。
そんなときだった。
「ユーザール帝国の騎士だ!」
そんな声が酒場から聞こえ、小さなトイレの窓から中の様子を見ると衛兵とは違う鎧を着た男がそこに立っていた。
「ここに背の高く、マントを羽織った男を見なかったか」
「ああ、それならトイレに駆け込んでいったぜ」
店主がトイレを指差す。
騎士は剣を抜いてゆっくりとこちらに向かってくる。
あのクソ店主後でぶっ殺す。
その前にどうやって逃げるか、転移の連続使用は体に悪いからな。
かといって逃げる方法がない。
…
…
あれを使うか。
魔王は胸に手を当てて詠唱を始める。
「我は魔王、その名において術式を解除する…姿変換(ボディーチェンジ」
扉は勢いよく解き放たれ、魔王の姿があらわになる。
だが、そこに魔王の姿はない。
否。
そこには青年がいるのだ。
「人のトイレを邪魔しておいて剣を向けるなんざ騎士にとってどうなの?」
騎士は我に帰り、剣をしまう。
小さくお辞儀をして「失礼な働きをすみませんでした」と早足で帰っていった。
トイレのドアは開いたままだ。
「おいおい開いたままだぞ」
トイレの扉を閉じて大きな袋を抱える。
そしてーーー
「転移」
そこにいたはずの青年は消えた。
それがどこに行ったのかもわからず。