3話 大都市ユーザール 1
体が徐々に冷えていくのを感じて、火を起こしてもう数時間が経つ。
目の前には一人の女がまだ目覚めないままだ。
どうにかしてこの状況を奪還しなきゃな…
そう思いながら火を見つめるが、答えはいまだに見つからない。
このまま放置することも可能だ。
ただ、問題がある。
それは、
「それが…冒険者ゆえの正しき行動ではない」
かといってこの状況で目を覚まされても、怯えて逃げられるだけだ。
姿を見ただけで…だ。
これが魔王としての最大限必要とされる証であり、自分の運命。
姿を変えることは容易い。
姿変換ーーーーーー
その魔法は完全にその人物の体、顔、身長までも操れる能力。
効果時間無限。
ただし、その魔法には欠点がある。
回数制限。
それは、上位魔法以上または超位魔法以上の魔法には制限が存在することを意味するのだ。
魔法によって制限内容はランダムだが。
「…う…う」
寝返りをうったその女の顔はとても美しい。
考えることをやめ、ただじっと眺めていたい。
そんな衝動に刈られながら魔王は大きくため息を吐き、立ち上がる。
「決めた」
女を抱き抱え、意識を集中させる。
やがて視界は森の木から黒く澄んだ城へと変わった。
「戻ってくるのは想定外だったが、仕方ない…グランディス」
「はっ」
名前を呼ばれたその老人は木の影から現れた。
「森の地図を持ってきてはくれないか。出来るだけ大きい物を」
「かしこまりました」
そう言ってまた木の影へと姿を消す。
地図を求めたのはこの森を出るための物。
万が一森から出られなかったらこの女から逃げられてしまう。
女が起きる前に家へ戻すのだ。
そんな使命感が自分を動かしたのだ。
「お持ちしました」
「ご苦労…それでは私は引き続き勇者への道を歩んでくる」
「かしこまりました」
完璧なお辞儀を頭の隅に残して再び森へ入る。
地図を広げて位置確認をすると、森の広さを実感した。
地図はほぼ緑でここから人が住む場所までざっと5キロ。
その都市らしき場所を囲むように森が生えていた。
千里眼で現在位置を見つけると、早くも建物を発見。
どうやら人もいるみたいだな。
とりあえずあそこまで転移だな。
「…転移」
森から大きな門へたどり着くと、そこがやはり何らかの都市であることが確認できた。
回りには一面壁でこの門からしか入れないようだ。
いや、裏口かなんかがこういうとこにはあるはずだ。
辺りを見回していると、ちょうどそこにいた警備員と目が合う。
「貴様、何者だ!」
冒険者ですがなにか?
なんて聞いたらめんどくさそうだな。
「透明化」
瞬間、
魔王の姿が消える。
慌てた警備員がこちらに駆け込むがそこにいたはずの人物はいない。
「くっ透明化か」
シンとした時間が過ぎていく。
そこで、声を聞いてたもう一人の警備員が駆けつけた。
「どうしたーーーーーー」
「ーーーーーバカ者!早くそのドアを閉めんか!」
消えかけた裏口のドアが甲高い金属音と爆発音で勢いよくドアごと吹き飛ぶ。
辺りに舞った土煙の中、透明化の能力が切れる。
「お邪魔します」
「…!貴様いつの間にーーーー」
警備員が言い終わる前にはもう魔王の姿はどこにも無かった。
もう一人の警備員が援軍をつれて戻って来たころ、固まった警備員しか残っていなかった。
「…ただちに緊急のサイレンを鳴らせ」
「…ですが!」
「早くしろ!責任は私が取る!」
「はっ」
せっせと援軍をまとめて走っていくのを見送りながら警備員は空を見上げる。
「不味いことになった」
満月の下でその声はかき消えて行った。
*
「ここか…」
1日歩きまわり女の家をやっと割り出すことに成功した魔王は、
女をベットに寝かして外を歩いていた。
すれ違う人から向けられる視線はどれも優しい物ではないのかもしれない。
侵入者が入ってきた知らせをする緊急用のサイレンが鳴ってから3時間半。
事態は間違いなく悪い方向に進んでいる。
「やっぱりドアを壊して入ったのが悪かったのか…」
相変わらず回りからの視線は痛い。
よく見て見るが、鎧を着た連中がたまに話しかけてくるが、逃げるの一手なのだ。
魔王として、一人の冒険者としてはあるまじき失態なのだ。
「ちょっとそこの身長高いあんた」
いっそのこと城に引きこもっていれば良かったのかもしれない。
「おい、あんた」
ドアの修理をして早く城に戻ろう。
「無視すんなってんだ!」
いきなりの声に瞬間的に一歩引く。
そこには顔に大きく縦に傷の入った鎧の男が立っていた。
「ちょっとこっちきな」
「あなたに着いていくことで私になんのメリットが?」
「来ればわかる」
「…」
鎧の男は近くにあった店の地下に入って行く。
そのまま帰ろうとしたが、あの鎧の男が気になる。
仕方なく地下に入って行くとそこには多くの人が、
「ここは…」
「ここは冒険者組合だよ問題児」
カウンターの前で手招きをしていたのはさっきの鎧の男だった。
いくつもの人をかき分け、やっとカウンターの前にたどり着く。
「私に何を?」
「あんた、冒険者ってのになりたくねぇのーかい?」
「もうなっているが」
「どこにそれを証明するものがある?」
「それは…」
今思えばそんなものは持っていない。
この都市にいた鎧を着ていた者達は冒険者だったことに今頃気が付く。
目の前に出されたのは紙とペンだった。
「ここに名前を書きな、あんたは晴れて冒険者ってわけだ」
用意された紙とペン。
当然ながら自分が見たことのあるペンや紙ではないが。
内容を見て、いざ名前を…
「ようこそ大都市ユーザルトへーーーーー」
「ーーーーー1ついいか…」
それはここにいた二人が思いもしなかった事態。
悲劇。
絶対に起こってはいけないはずだった。
「文字が…わからない」
毎週月曜日に更新予定です。
頑張っていくのでよろしくお願いします!