2話 森の中で
「こんなものか」
片手に大きな袋を持った魔王は大きな扉を開けて、果てなき廊下を歩いていた。
時々立ち止まりまた進む。
これは毎分おきに道が変わるからだ。
外から来た者を少しでも足止めをするために。
そんなことも必要ないのかもしれないが。
ここは魔王の城。
もちろん城に入る前にはランク50以上の怪物がうろついている。
廊下の窓は、外からは確認されない魔法を施している。
「出発の準備が出来ました。魔王様」
「うむ」
廊下をちょうど曲がったところで玄関に着く。
そこには数人の人影が。
「魔王様、お怪我をなさらないように気をつけて下さい」
「…」
「魔王様、いってらっしゃいませ」
今日この時をもって魔王はこの城を出る。
決して楽ではない道のりだ。
だが、だからこそーーーー
「ーーー次に会うときは真の魔王となって戻って来ようぞ」
「はっ」
魔王は迷いなどない足取りで城を後にした。
*
城を出てすぐ。
問題に差し掛かる。
「どうしたことか」
そう。これはあれだ。
道に迷った。
まだ城を出てから15分しか経過してない。
まず最初に魔王に訪れたのは<森を脱出せよ>なのだ。
初歩的なミス。
今から帰ってもいいが魔王としてカッコ悪い所を見せたくない。
「…」
まずこの森、城の廊下と同じく数分ごとに森全体の位置が変わる。
城から出たことがなかった魔王からすれば攻略不可能だ。
森から出られない魔王、囚われの魔王とはこのことか。
「…は!そういえば」
魔王が初めて森を出た時、グランディスから受けた言葉を思い出す。
「前方2キロメートル先に多数の生命体を確認しました。」と。
そうなれば早い。
魔法で確認すればいいこと。
冒険者になったら魔法は控えたかったが、恥をかくよりはマシだ。
「千里眼」
通常、人間が使う千里眼は最高でも1キロが限界。
だが、魔王ほどになるとその10倍は軽く越える。
「!」
木に隠れて何かを行う人間の姿を確認した。
女だ。
「何をしているんだ…まあいい。転移」
視界が切れ、また緑が見える。
様子を伺うために木の上に転移したが、女は見えない。
おかしいな、ここで会ってるはずなんだけど。
辺りを見回すがやはりいない。
そんな不可解な現象が魔王を襲う。
何かがおかしい。
ふと、目に入ったのは崖だった。
身投げの崖。
本でも載っていた有名な自殺スポットだ。
「ふむ、これは厄介だな」
いつもなら見逃すどころか気にもしないだろうが、今は冒険者。
人のために善行を行わなければならない。
だが、ここは身投げの崖。
死を覚悟した人間を助けるのは果たして善行なのか。
「よし、ここは冒険者らしく人助けと行こうか」
木を降りて下を覗く。
崖の下は、いく種もの怪物が大量に行き来する場所。
いわばここは怪物の食事場所なのだ。
浮遊しながら崖の下に着く。
そこにはいくつもの藁が敷き詰められていた。
その高さはちょうど魔王と同じぐらいの2メートルだ。
「なんだ、これでは落ちても骨折程度じゃないか」
いくら打ち所がわるくても骨折程度しか負わない。
これは一体誰がやったことなのだろうか。
「グウウウウ」
森の方向から巨体をもつ怪物が現れる。
耳が長く、犬のような顔立ち。
そして二足方向。
間違いなく怪物ランク32のトロールのようだが、なにかの種類が混ざっているようだ。
「混合種のトロールか、なるほど」
通常のトロールはゴブリンよりも知性は高い。
だが、藁を敷いて生きたままの人間を喰うなどの真似はしないはず。
あの犬の頭が気になる。
「まあいい気になることはあるが俺は今は魔王ではない」
「グルウウ」
「冒険者なのだよ」
襲いかかってくる巨体はまさに獣だった。
が、それは魔王の前では子犬当然なのだ。
「獄炎」
手のひらから出たその獄炎は意図も簡単にトロールを灰にするほどだった。
「さて、女の安否確認だ」
藁の方に行くと、そこには横たわる女が。
美しい。
そんな言葉が頭を通り抜けていった。
髪は黒く、輪郭も整っている。
「これが人間。これが女。なんという美しさだ」
これで人間を見たのは2度目となるが、こんなに美しい人間ははじめてだった。
そっと女の頬に触れると、微かに緩まる瞼。
そして、自然と視線は胸の方に…
「いかん!。なにをしているんだ私は。魔王だぞ、いやちがうか」
身を引いて女から離れる。
取りあえず生きていることが確認できたためのいったん退避だ。
「…」
ここからなにをすればいいのかわからない。
女を助けたがここからどうすればいいんだ。
自然と女に目線がいく。
目は無いが。
辺りは森。
人は…いない。
女と二人きり。
…
…
…
…
…
いけるか?
「やめろおおおおおおおおおおぉ」
心の中のもう一人の自分が耳元でそうささやく。
それは脳の中で何度も繰り返される。
女と二人女と二人女と二人女と二人女と二人女と二人
女と二人女と二人女と二人女と二人女と二人女と二人。
「ああああああああ」
ドンドンと地面に何度も頭を突く。
我に戻るんだ魔王。
お前はその程度の男じゃない。
そんな、魔王の独り言はそれから2時間続いた。