1話 魔王、冒険者になる!?
最初に目にしたのは本でしか見たことがないような自然だった。
魔王の寿命は1000年と言われているが、もう人生の半分近くこの城で過ごしていた。
「これが自然…」
ゆっくりと葉に触れ、手触りを確認する。
その感覚に驚愕を覚える。
「…やわらかい!」
なんと言うことだろうか。
こんな感覚は初めてだ。
魔王は前期魔王から教わった知識でこの世の全てを知っているが、もはやそれはただの知識でしかない。
「…なんだ」
「前方2キロ内に多数の生命体を発見しました」
そう声をかけたのは、魔王の執事であるグランディスのものだった。
グランディスは前期魔王の執事でもあったため、自分が魔王になった時からの顔見知りだ。
「おう、グランディスか。今まで何をしていた」
「はい、魔王様の寝る場所を確保しておりましたが、やっと外へ出てきたのですね」
「ああ、そう言えばグランディス。早急に皆を集めてくれ。大事な話がある」
「かしこまりました」
ほんの瞬きほどの時間で跡形もなく消える。
こんなことも久しぶりに見たものだ。
あの転移スキルは現世界を持っても数人しか習得出来ないほどのスキル。
その他にもあるが、執事としての戦力は底知れない。
「転移スキル発動…大広間」
転移スキルは苦手だが、歩いて行くのも面倒だ。
視界が一気に消え、別の次元へ飛ばされる。
そこには空白の席が多く並んでいた。
「まだ早かったか」
ここにきたのはたぶん124年ぶりのことだが、今も鮮明に覚えいる。
今自分が座っているこの席は前期魔王のいた席だ。
前期魔王は世界を統べていたにも関わらず自分はこうしてなにもしていない。
「くそっ」
力強く机を叩き、一部を粉砕する。
が、つかの間再生を始めた机。
そう、この机は生きているのだ。
怪物ランク10動く机。
前期魔王の趣味で作り出した机だ。
再生が終わるころ、目の前の空席が埋まっていることに気がつく。
「魔王様、お久しぶりでございます」
「お久だね」
「…」
「こんちわー」
立ち上がり、敬意を払ってほぼ全員お辞儀をしている。
一部だが。
「ノヴァ。魔王様の前です、場をわきまえなさい」
「そうだぞ、なにが「こんちわー」だ。無礼にもほどがある。」
執事の隣でそうささやくのは高身長の男だった。
見た目は上品質そうだがなんといっても尖った耳と歯は悪魔そのものだった。
「よい。ベリトラ許せ」
「はっ」
騒ぎはごめんだ。
そう言いたげに止める魔王だが、彼は納得していないようだ。
パンパン
手をならし、中もくを集める魔王。
「ここに来たのは争うためでは無い。話があって来たのだ」
そう、ここには話があってきた。
だてに皆を集めた訳ではない。
「俺は今日、前期魔王…師匠を越えるための一歩を進む」
「それはどうゆうことでしょう?」
前期魔王の強大差はこの場にいる全員が知っている。
それを越えることは簡単ではない。
それを踏まえた上でーーーー
「ーーーー俺は、魔王をやめる」
「…!」
全員がこちらに視線を送る。
だれもが思いもしなかった発言。
魔王引退宣言。
「どうゆうおつもりですか、それでは前期魔王様は越えられません」
「それは違う」
皆の意思と反対でも今の自分には越えられる策がある。
それは、
「勇者になって、師匠を越えるんだよ」
「えっと…」
「世界において、魔王とはなんだ?」
「絶対的支配者です」
「勇者とはなんだ」
「絶対的悪であります」
「…だろうな」
「?」
まだ発言の意味がわかっていないのはベリトラただ一人だろう。
ベリトラを覗く全員が合意する答え。
「魔王とは絶対悪だ。ゆえに全ての悪をなし得なければならない。その意味がわかるか」
「そうか!」
「あぁ勇者とは悪。それも習得しなければ師匠を越えられないのだ」
席を立ち、両手を机に叩きつける。
そう、全てはここから始まる。
「これより、俺は冒険者だ!」
「はっ」
長き時を得て封印から解かれた魔王は、真の魔王になるために道を進む。
これが魔王だった時の終わり。
そして、冒険者への始まりだった。