第五話「取調室より」
ライヤは地面に降り立った後、拳銃を向けてきた警官に取り押さえられた。
そして手首を掴まれ、交番に連れていかれた。しかし、手錠はされなかった。拳銃はもうしまってくれたので、そこは安心できた。
そして今、署内の取調室にて質問の嵐を浴びせられるところである。交番はモダンで今時な感じの見た目だ。汚れも少なく、最近建てられたことがわかった。規模は小さめで、正しく交番といったところだが。
「俺がさっき君に拳銃を向けた刑事、後藤甲磁だ。歳は29。職業はもちろん警察だ。質問したい事が山ほどあるんだが」
唐突な自己紹介の後、唐突に話題に入る。
それもそのはずだ。高校生くらいの男子が、まるでマジックの様に空を飛んでいたのだ。
事件として疑わないわけがない。
「わかってますよ、全部言っちゃって下さい。こっちも急いでるんで」
ライヤに関しては試練の途中であるので、一刻も早く面倒事から抜け出したいのだ。
警察なんてたまったもんじゃない。少しケンの気持ちが分かった気がした。
「なるほど、確かにめんどくさい………」
「今なんつった!?警察なめんなよ!?」
「何でもねーよ。んで、質問は?」
話逸らしやがって……そう言いながらも甲磁は気を取り直す。
しかし、先ほどから甘い匂いが漂ってくる。カステラ、だろうか。ライヤは意識が覚醒してから甘い物を食べていなかったので、小腹がすいてきた。
「超限定カステラケーキの事は気にすんな。俺はこうゆうのが好きなんだよ」
そう言って、やっと質問をぶつけてくるようだ。
カッコつけてるのか、手に羽ペンを持ち、書類っぽいのに情報を書き込む。おそらく、見た目かなにかを書いたのだろう。
「君、空飛んでたよね。あれはどうやったんだい?」
これは非常に答えることが難しい質問であった。
自分が未来から来たから飛べる、なんていうと更なる問題に発展するし、道具を使ったと言えばその道具を出せ、と言われるであろう。ライヤはマジシャンではないので、仕掛けを説明できなかった。
思えば空を飛ぶ、なんて非科学的に他ならない。ライト兄弟があれほど頑張ってなお、人類は自力で空を飛ぶことは出来なかったのだ。
ライヤの中で数分、実時間で5秒足らず悩んだ結果導き出した答えは、甲磁の話を何とかずらし、その隙に逃げ出す、という物だ。一番単純で簡単な方法だが、その分リスクも高い。
あとで謝りにこないといけないだろう。
「甲磁さん、実はさっきそこの路地裏でピエロの化粧をしてめっちゃうざくて可愛くて引きこもりの双子を見た……」
ピピピピピ……
「なんだ、ケータイかよ……ほら、さっさと出てやれ」
「あ、は、はい」
戸惑いつつも音が聞こえてくる方を見ると、ライヤが元々持っていたカバンの中であった。
探ると、やはり。先ほどあの二人と通話したハンドプレートだ。 今でいうスマホに近い大きさのプレートに模様と文字が浮かび上がり、典型的な着信音が鳴り響く。さっきはバイブだったのに、いったいどうしたのだろうか。
甲磁は物珍しい物を見るようにそれを見つめていた。どうやらガジェット好きでもあるらしい。よく見ると、部屋の奥の方にはミニカー、キーホルダー、ポスターなどがたくさん飾られていた。オタクほどではないが、趣味で集めているっぽい。
というか、そんなにデコって上は何も言わないのか。少し心配である。
受話マークを押すと、聞いたことがある声が耳に入ってくる。いや、ついさっき聞いたばかりの声、だ。
『うっしゃぁぁぁ! 出た! 出たぞーー!』
そう、さっき聞いたような、あの叫び声だ。
「………どした?」
『すまない、つい気が高ぶっていたんだ。許せ』
先ほどよりも立ち直るスピードが早い気がする。気のせいかもしれないが。
『そして、言うことがある。これから実夏の家に住め』
「………やっぱり、な。予測してはいた。ありがとう」
ライヤは突然の発表に戸惑う素振りも見せず、冷静そのものだ。
そして、急に真剣な顔になる。
「で、どうしたよ」
『そう、それだ。お前、警察に捕まってるらしいな、実夏に噂のメールが回ってきてた』
「情報網早すぎんだろ。まだ十分なのに………そうだよ。本当にめんどくせぇ」
『だな』
「おい、警察なめんなよ!?後でお前らデコピン三連発の刑だ!」
仰天顔で突っ込みが入った気がしたが、話を進めることをライヤは選んだ。甲磁なんて気にしてはいられない。
『お前、分かっているな?その状況がどんなに絶望的で、困った立場にあることを』
「分かってるよ。そうだよ。俺がいないと何も始まらない。メモを見た瞬間から分かった」
「……?」
プレートの音は甲磁にも聞こえている。もちろん、ライヤがそう設定したためだ。甲磁はまだよくわからないらしい。
しかし、それを今から伝えなければならない。
『ああ、そうだ。お前が望みだ。俺は実夏と一緒にいたいからここを離れられない』
「そこはもうちょい我慢して欲しかった……!」
甲磁が放心状態になっていることは置いておいて、二人は会話を進める。ケンが若干わがままなのには変わりないが。ライヤはもう無我夢中である。
そして、こう言った。
『お前がいないと………』
「俺がいないと………」
『「夜ご飯が! 完成しない!」』
そうだ。ライヤはおつかいを頼まれたのだ。スーパーなら、夜ご飯の食材を買うに決まってる。
超限定カステラケーキの匂いなんて気にならないくらい、叫んだ。かけていた椅子とカバンを置いていたテーブルにを蹴り、叩いた。
「飯抜きだと!? 冗談じゃねぇ! 俺がこの世で最も楽しみにしてるのは飯だ!!」
ライヤが嘆き、
『俺が毎日楽しみにしてるのは実夏の夜ご飯だけだ! 異論は許さん!』
ケンが実夏への感謝を語る。
未来人は「食」を大切にしている者が多いのかもしれない。その熱意は甲磁の甘党パワーをもしのぐかもしれない。
「こんなところで止まってる場合じゃねぇ! 今すぐにでも買いにいきてぇ!」
『頼む! お前が望みだ! 俺たちの願いを届けてくれ!』
その膨大なまでに膨れ上がった食欲と願いは、オーラとなってその場に現れ…そうだ。プレートから聞こえる声にも同様のものがある。
「だから!」
「どうか!」
「行かせて下さい!」 「行かせてやって下さい!」
完璧なコンビネーション。軽い気持ちだが食にかけては熱血のライヤとクール(笑)のケンが、初めて息を合わせた瞬間であった。ライヤは深々と頭を下げた。
甲磁はなんとか先ほどから復活を遂げ、話を真剣な眼差しで聞いていた。片目を閉じ、ペンを一回回す。書類を奥に片付ける。
そして、ふっと笑い、
「お前らの熱意、伝わった。よし、行かせてやる。ただし、明日必ずここにこい。事情聴取の続きだ。壇上交番だからな」
『「よっしゃあ!」』
気持ちのいい二人の声が重なる。
目的の通過点を通過したようだ。それはケンも同じであろう。
「じゃ、早速いってくる! ありがとな!甲磁さん!」
「いってこい。お前らにはなにか近いものを感じる」
そう言って、ライヤとケータイの声の主を見送った。ライヤは流石にさっきの事でこりたらしく、普通に走ってスーパーに行くようだった。
そして、ライヤがかなり遠くなると、
「さて、と。超限定カステラケーキでも食うかなぁ~」
と、ご機嫌な様子で皿とフォークを準備する。
カステラケーキはすぐそばの机の上だ。手を伸ばそうというとき、だ。
ドーン!
目の前が、消えた。
いや、建物の半分に穴があいた。ちょうど机は粉砕され、皿とフォークを持つ甲磁が残った。偶然運良く甲磁コレクションの棚が倒れなかったことは不幸中の幸いだろうか。
「あらら~、飛ばしすぎちゃったかな?」
「え?」
甲磁は訳がわからない。当たり前だろう。
交番の壁を突っ切り、一人の女子が現れたのだ。
「あれれ? こんなところにお巡りさん。ごめんね?吹き飛んじゃいそうだったでしょ」
「………君は一体誰なんだ?」
この様な場面でも刑事魂は忘れない。甲磁の誇りであった。
ケーキさんもごめんねーと謝罪を述べる人物に、名を訪ねる。
「私? 私は花菜。来矢って人を探してるんだけど、知らない?」
そう言って、首をかしげた。
「しらねぇな。夜ご飯がめっちゃ大事な奴になら会ったが」
「そっか~………じゃあね、お巡りさん」
さようならを告げた後、
彼女は空を飛んだ。
優雅に、優雅に。それはさっき拳銃を向けた「夜ご飯がめっちゃ大事な奴」と酷似していた。
甲磁は認めることにしたらしい。
「世の中、色々あるってこった………」
そう言い、部下を呼ぶためにケータイをポケットから取り出した。何て説明するか、めちゃめちゃ考えながら。
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