7、最終手段は諸刃の剣大作戦
先程の電話で、綾子は言った。
『ニコ、覚えてる?前に話した、最終手段』
・・・え、ああ、うん、覚えてる。
『そろそろ、使い時かもしれない。ニコに、その覚悟があれば』
・・・・・・・・・・・・。
『あれは、諸刃の剣だから、もう二度と同じ関係には戻れない。それでも、想いを伝えたいなら。ニコ。思いっきりぶつかっておいで。ちゃんとフォローするから』
分かった。ありがとう。
無言で歩く遼一に着いて行くと、慣れ親しんだ家に着いた。
先週行かなかっただけなのに、ずいぶん長い間来ていなかったように錯覚する。
靴を脱いで上がり、ソファに座る。
遼一はニコ用にココアと、自分用にコーヒーを入れているようだ。
なぜ遼一が映画館にいたのか。
綾子と電話で何の話をしたのか。
聞きたいことはあったが、遼一が「聞くな」というオーラを出している気がして、結局口にできなかった。
ことんとカップが置かれる。
ニコ専用の、いつものカップ。甘いココアの香り。
「ありがとう」
「ん」
しばらくの間、2人とも無言で飲んでいたが、遼一がカップをテーブルに置いたことで沈黙が破られた。
「ニコ。お前、もうここには来るな」
「・・・え?」
言われた意味がとっさに理解できずに固まる。
オマエ、モウココニハクルナ。ココニハクルナ。
「な、んで・・・?」
「何でも何も、嫁入り前の娘が、おっさんとはいえ一人暮らしの男の家に1人で上がるんじゃない。お前だって二十歳過ぎたんだから分かるだろ、それくらい」
「だって、私は遼ちゃんが好きだから・・・」
「それは恋愛じゃない。前にも言っただろう?」
諭すように言われて、頭に血が上る。
「どうして遼ちゃんが決めつけるの?」
「お前より倍以上生きてるからな。それくらい分かる」
「分かってないよ!全然分かってない!私がどれだけ遼ちゃんが好きか!」
勝手にぽろぽろと涙がこぼれてくる。
伝わらなくて悲しい。
伝わらなくて悔しい。
どうして?こんなに好きなのに。
「分かるよ。ニコの気持ちは、憧れとか刷り込みとか、そういうもんだ」
その単語を聞いた瞬間、ニコは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
涙が引っ込み、代わりに怒りがむくむくと湧き出てくるのを感じる。
「憧れ?刷り込み?遼ちゃん、まだそんな段階にいたわけ・・・?」
「え、段階って・・・?ニコ・・・?」
ゆっくりソファから立つニコの、今までと違う雰囲気に圧倒されたのか、遼一が慌てる声がする。
「そんなの!もうとっくの!昔に!みんなから言われてるよ!」
大声で怒りをぶつける。
これでは子供がかんしゃくを起こしているのと変わらない。
それは分かっているが止められない。
「憧れを恋と勘違いしてるんじゃないかとか、刷り込みで好きになっただけだとか、洗脳されてるんじゃないかとか!」
話す度に一歩、一歩と遼一に近付くと、危険を感じたのか遼一も同じだけ後ろに下がっていく。
「よく考えろとか、あんなおじさんより素敵な人は5万といるとか、お前の目は節穴かとか!さんっざん言われてきたよ!」
「・・・」
「でもね!そんなことどうだっていいの!憧れでも刷り込みでも洗脳でも。私が今、遼ちゃんが好きって気持ちに変わりはないじゃん!」
「・・・ニコ・・・」
「・・・ねえ、だって、これが恋じゃなかったら何なの?こんなに遼ちゃんが好きで好きで、ずっとそばにいたくて、苦しくて辛くて・・・」
止まったはずの涙がまたあふれてくる。
泣きたくない。
大人なら、もっと落ち着いて、スマートに、自分の気持ちを伝えられるのに。
結局自分は子供なのだ。こんな方法でしか、気持ち1つ伝えられない。
(でも、どうせ子供なら・・・)
綾子の言葉を思い出す。
諸刃の剣がなんだ。
ここまで来たら、どっちにしたってもう戻れない。
それなら、後先考えず、強引な手段に出てやる!
覚悟を決め、遼一のシャツを掴み、自分の方に思いきり引き寄せる。
慌てた遼一が「わっ」と小さく叫んだ。
そのまま勢い任せに唇を重ねる。
勢いが殺せず、少し歯が当たって痛かったが気にせず、舌を入れる。
どうするんだっけ、大人のキスって・・・『舌を入れる』くらいしか知識として知らなかったので、とりあえず遼一の口の中であちこち動かしてみる。
ようやく我に返った遼一がニコを引き離すまで、自分が呼吸を止めていたことにも気が付かなかった。
はーはーと必死に酸素を吸っていると、遼一のつぶやきが聞こえる。
「・・・へたくそ」
「なっ!」
当たり前じゃない、こっちは初めてなんだから!と言おうとした文句は、遼一にふさがれて声にならなかった。
少しかさついた唇の感触に驚いているうちに、遼一が舌でニコの唇をなぞった。
それだけで背筋に何かがはい回る感覚がする。
何度か合わせ目をなぞった後、中に入っていく。
遼一はニコの口の中を味わうように、ゆっくりと動かしていく。
舌が上あごに到達したとき、再びニコはぞわっとする感覚に襲われ、体がびくっと反応した。
遼一は気付いているのだろう、何度もニコが反応したあたりを刺激してくる。
もうやめてほしいのに、いつの間にか遼一がニコの頭を固定していて逃げることも許されない。
同じ場所への執拗な攻撃を阻止しようとニコも舌を動かすと、逆に絡めとられてしまう。
呼吸が苦しい。体に力が入らない。ぞくぞくする。でも・・・気持ちいい。
酸欠で倒れる前に、ようやく遼一が離れてくれたが、ニコは立っていられずその場にずるずると崩れ落ちる。
「大人のキスってのは、こうやるんだよ。・・・おい、ニコ?」
無反応でうなだれているニコを見て、遼一が心配そうに声をかけてくる。
しかしその声で、ようやく意識が覚醒したニコは、反対の部屋のすみまでダッシュで逃げた。
途中で拾ったクッションを頭からかぶっている。
「おい、ニコ?」
「無理!無理無理無理無理無理!」
「おい?」
「何これ何これ何これ!どうしてこんなキスの後に顔見れるの!?見れないよ恥ずかしくて見れるわけないじゃん!遼ちゃんのバカー!!!」
クッション越しに遼一を罵倒する。
ニコだって、男女の営みについての知識は人並みにある。
あるにはあるが、知識と、実際に体験するのとはわけが違う。
(こんなに恥ずかしいなんて知らなかった・・・!)
キスなんて全体から見れば最初の段階と言ってもいいだろう。
ここから先がもっとあるというのに、こんな初期段階で相手の顔も見れなくなるなんて・・・。
「・・・ガキ」
その一言に、ニコは弾かれたようにクッションを外す。
「もしかして!今の試験だった!?」
「は?」
「大人になったかどうかの試験だったの?それで、今の反応じゃ不合格ってこと・・・?」
ジワリと涙が滲むまま、まだ熱が冷めない顔で遼一を見上げるが、遼一は不機嫌な顔で別のクッションを押し付けてきただけだった。
「わぷ」
「あぁ子供だな。子供だけど、今日はそれでよかったと思うよ。これ以上手出しする前に理性が働いてくれたからな」
ぶちぶちと遼一が何か言っているが、クッションで押さえつけられて最後の方はニコの耳には届かない。
「大人じゃないと相手にもしてくれないのに、『子供でよかった』なの?」
それって矛盾してない?とクッションから顔を出して訴えると、遼一は「別に」とさらりと流す。
「何それ・・・?意味が分からないよ」
「分からないついでにもう1つ」
そう言って、急にニコの耳元に口を近づけ落とした言葉に、ニコは余計に混乱するのだった。
「お前を大人にするのは、俺の役目な」
あと1話です。




