5、隠れた気持ちを暴け大作戦(side遼一)
先日、珍しく平日の夜にニコから電話があり、それからは一切連絡が無くなった。
毎週末のように来ていたのに、先週も今週も来ていない。
そのかわり、昨日の土曜日は、月夜が久々に遼一の家にやってきた。
何でも、母親にお使いを頼まれたらしい。
いつものように家庭の味のおすそ分けを受け取り、借りていたタッパーを返す。
「月、ニコどうしてる?」
「え?ニコ?いつも通りだけど?」
月夜はそう返答し、「この後友達と約束があるから」と帰っていった。
『いつも通り』なわけがない。
なぜなら、遼一に何の連絡もないのだから。
それを月夜に訴えたところで仕方がないし、もしかしたら、例の男子学生と付き合い始めたのかもしれない。
それならば、課題をやるにもそれ以外にも、遼一の部屋に来ることはなくなるだろう。
(そうすると、あのココアはなくならないな)
遼一は甘い物があまり得意ではない。
今度謙介宅に行った時に持っていけばいいかと思う。
いつの間にかニコ専用になってしまったカップも持っていった方がいいだろうか。
そこまで考えて、何となく鈍く痛む気がして、心臓をそっと見る。
(これは、娘を嫁にやる気持ちってやつかな・・・謙介兄も大変だ・・・)
そんなことを思いながら、今日は本屋で時間でも潰そうと、駅まで出てきたのだった。
表紙とあらすじに惹かれ、文庫本を数冊買ったところで本屋を出た。
まっすぐ家に帰るのもつまらない。
どこか喫茶店で、今買った本でも読んでいくかと考えたところで、近くにいた女性の声が耳に入ってきた。
「あ、葵!ねぇ、ニコ見なかった?」
「え、見てないけど・・・どうしたの?綾子。そんなに慌てて」
聞き慣れた名前が混じっていた気がして、そっとそちらを見ると、若い女性が2人見えた。
「あいつ!ニコに告って来た、藤野だっけ?あいつ、とんだ食わせ者よ!ニコみたいな男慣れしてない可愛い女子ばっかり狙って、無理矢理ホテルに連れ込むんだって」
「うそ!?」
「残念だけど本当。しかもそれを写真に撮っておいて、ばらされないように女の子を脅すらしいよ。だから、みんな後で何も言えないんだって」
「今日、ニコ、デートって言ってなかった?どうしよう、ケータイは!?」
「掛けたけどつながらないの」
「あの!」
気が付いた時には知らずに声をかけていた。
「ニコって言うのは、小山内日光のことですか・・・?」
不安そうにしている女性2人が、遼一を見てはっとする。
遼一も、2人の顔に見覚えがあった。少し前に、写真で見た覚えがある。名前は何度も聞いている。
「遼一さん、ですか?」
「あっと・・・綾さんと、葵さん、でしたっけ?」
「正しくは、綾子と言います。ニコは、『綾ちゃん』って呼びますが」
と言うことは、この2人が話していたのはやはりニコのことなのだ。
「先程の話、本当ですか?」
「ええ」
短く肯定した綾子の言葉を聞くが早いか、遼一は電話を掛けた。
掛けた先は・・・。
『はい。遼兄、どうしたの?』
「月。ニコが今日どこに行くか聞いてないか?」
『今日?映画行くって言ってたかな。えーと、○○駅の映画館』
「分かった。ありがとう」
それだけ言って、通話を終了する。
「ニコの行き先が分かりました。そちらに向かいます」
今にも泣きだしそうな2人にそれだけ言うと、遼一は駅の改札に向かう。
「遼一さん!」
急に呼び止められ、振り返ると、2人が頭を下げていた。
「ニコを、ニコをお願いします」
返事ができず、踵を返して○○駅に向かう。
こんなことなら、簡単に「付き合ってみればいい」なんて言うんじゃなかった。
そんなことを考えても仕方がないのに、後悔の念だけが遼一の頭を占めていた。
○○駅の映画館は1つだけ。
着いて早々、映画館の周りを確認するが、ニコの姿は見えない。
携帯の電源を切っているのは、映画を観ていたからかもしれない。
それならば、まだ間に合うかだろうか。
じっとりとした不安と戦いながら、何度も電話をするが、いまだに電源は入っていないらしい。
もしかして、移動した後だったかと考えたそのとき、映画館から人がわらわらと出てきた。
どうやら、終演したらしい。
目を凝らして探す。ニコは背が低いから、周りに埋もれやすい。
だが、遼一は昔から、ニコを見つけるのが得意だった。
遊園地やデパートで迷子になったときも、いつも遼一がニコを見つけてきた。
何故かはよく分からない。ただ、目がすっとそこに行くのだ。
いつも太陽のようににこにこ笑う、彼女のもとに。
「ニコ!」
見つけた瞬間駆け出していた。
ニコはどこから呼ばれたのかときょろきょろしていたが、遼一が走ってきたのを見て目を丸くしていた。
「遼ちゃん?どうしたの?」
「ニコ、連れは?」
「連れ?私1人だよ?」
きょとんとして答えるニコは、嘘をついているようには見えない。
「1人?」
「うん。綾ちゃんも葵も付き合ってくれないんだもん」
ニコはぷうっと頬を膨らます。
「お前、彼氏は?」
「へ?彼氏?・・・・・・ああ、断ったよ?ずいぶん前に」
「え」
「だって、やっぱり他に好きな人がいるのに、お付き合いなんてできないよ。だから、申し訳ないけど断ったの」
「・・・・・・」
「遼ちゃん?」
「携帯は?何回かかけたんだけど」
「あ、電源切ってた。ごめんね」
バッグからスマホを取り出してニコが電源を入れる。
何かがおかしい。
遼一が口を開いた時、ニコのスマホが軽快な音楽を奏でた。
「あれ?綾ちゃんだ」
ちょっと出るね、と遼一に断りを入れて、電話に出る。
「もしもし、綾ちゃん?・・・ううん、今、遼ちゃんと一緒。・・・え?分かった」
ニコがちらりとこちらを見て、スマホを差し出してきた。
「綾ちゃんが替わってって」
スマホを受け取り、耳に当てる。
聞きたいことが山ほどある。
『もしもし、遼一さんですか?』
「綾子さん、でしたね。どういうことかご説明願えますか?」
『いやー、誰かと間違えてしまったみたいで。すみません、ニコが無事でよかったですね!』
「・・・わざとでしょう?」
『いえいえそんな、とんでもない。・・・でも、遼一さん』
急に声のトーンが替わり、遼一は思わず背筋を正す。
『ニコのこと、そんなに心配なら、ご自分の手で守ってはいかがですか?今みたいに中途半端に優しくするのは、ニコのためになりません。振るならきちんと、本人が納得できるように振ってあげてください』
「・・・・・・」
『ま、ニコを納得させられるなら、ですけどね。すみません、ニコに替わってもらえます?』
遼一は無言で、不安そうにこちらを見ていたニコにスマホを差し出す。
「もしもし、綾ちゃん?遼ちゃんに話って何だったの?・・・え、ああ、うん、覚えてる。・・・・・・・・・・・・分かった。ありがとう。じゃあね」
スマホをかばんに閉まったニコが、遼一を見つめる。
綾子の声が脳内で再生される。
『振るならきちんと、本人が納得できるように振ってあげてください』
いつかニコが諦めるんじゃないか、そう思って、ずっと避けてきた。
いや、逃げてきたのかも知れない。
しかし、それがよくなかったのだろう。
ニコには幸せになってほしい。
そのためには、ニコの目を覚まさせなければ。
「ニコ、うちに行くぞ」
「え、遼ちゃん?待ってよ!」
先に歩き始めた遼一の横に追いつき、不思議そうに眺めてくるニコに、何をどう話したらいいか、遼一の頭はフル稼働していた。




