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3、押してダメなら引いてみな大作戦

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「こんにちは」

いつもの週末だが、いつもと違い、静かにドアを開けて入ってきたニコを見て、遼一は怪訝そうな顔をする。

「おう。どうした?元気ないな」

「別に」

そう言いながらも、ニコの内心は穏やかではいられなかった。

綾子に言われたとおりに振る舞えるほど、ニコは女優になりきれていない。

(なんだっけ・・・そっけなく返事する、全部に返答しなくてもいい、自分からべたべたしない、それから・・・)

綾子に言われたことを心の中で繰り返しながら、さっさとパソコンを立ち上げて課題を始める。

遼一の方を見てしまえばいつものように振る舞ってしまうだろうから、目の前のやらなければいけないことに逃げることにする。

(本当に、これで遼ちゃんの気が引けるのかな?)

ニコはいまいち半信半疑だ。

今まで押すことしか知らなかったのだから仕方がない。

そんな遼一は、いつもと違うニコがおかしいのか、こちらをちらちら見ている、気がする。

(とりあえず、課題を終わらそう!)

勢いよくノートをめくりながら、レポートを書き始めるのだった。




「はぁ・・・」

とりあえずキリがいいところまで終わり、伸びをして肩を回す。

コトンと音がしたので見ると、いつも通りにココアが置かれていた。

「ありがと」

言ってから、これは言ってよいことだったかと不安になったが、せっかく淹れてもらったのにお礼も言わないなんて失礼なことはしたくないので、これでよかったと思うことにする。

黙ってココアを飲むニコに、遼一はやはり違和感を感じたらしい。

「ニコ、具合でも悪いのか?」

「別に」

「そうは言っても、全然元気ないじゃないか」

「そんなことないよ」

「そうか?」

そう、わざと冷たくしているだけなんだから・・・と心の中で付け足していると、いつの間にかすぐ近くに遼一が来ていた。

ニコのものよりずっと大きくてごつごつした手が、額に触れて飛び上がりそうになる。

「熱はなさそうだな」

「だから、大丈夫だって」

赤くなったのを見られないように顔を背ける。

遼一はどう思っただろうか、今更顔が見られない。

ニコの背後で、遼一が動く気配がした。

「そうだ。これ、会社で取引先からもらったんだけど、ニコ食うか?」

何かと見てみると、遼一の手に包まれたそれは、小さな四角い箱だった。

「そ、それは・・・!」

見た瞬間、ニコは遼一の手から箱を取り上げた。

「超!高級!チョコ!様じゃないですか!!!」

「ああやっぱり。何か前にニコが言ってた気がしたんだ」

「これ手に入らないんだよ!一日限定20個で、しかもすぐ完売しちゃうし!え、いいの?もらっていいの!?」

「俺は甘い物得意じゃないからな。どうぞ」

「わぁい!ありがとー!」

美しい模様が入った箱を開けると、チョコレートが4粒、綺麗に並んでいた。

一粒を手に取り、そっと口の中に入れる。

ゆっくりと口の中で溶かすと、チョコレートの芳醇な甘みが口いっぱいに広がった。

「うぅぅぅ・・・おぉいしぃいいい!」

「そりゃよかった」

「ああ、あと3粒もあるなんて・・・幸せだねぇ・・・」

「大げさだな。ま、元気になったようでよかったよ」

ポンと頭の上に手を置かれ、ニコはようやく気が付いた。

自分がどんな作戦を遂行中だったのかを。

(あぁぁぁ!やっちゃったー!)

そうは思ったが、今更冷たい態度に戻るのは不自然だからもういいよね、と開き直る。

そしてもう1粒食べるかどうかを5分ほど悩み、やはり明日のお楽しみにしようと箱を閉じることにしたのだった。




「つまり、餌付けされていつも通りに戻っちゃったってわけね?」

呆れ顔で綾子に言われると、ニコは頷くしかできない。

「も、申し訳ないです・・・」

「まったく、ニコってば!いつもガンガン押してるんだから、ちょっと黙ってるだけでも十分効果はあるはずなのに、チョコにつられるなんて!」

「だってぇ・・・遼ちゃんが心配してくれたから申し訳なくて・・・」

「心配?」

何故そこに引っかかったのか、綾子が聞き返してくる。

「うん、熱あるんじゃないかって、おでこ計られた」

「ふぅん・・・」

「ま、今回の作戦はニコ向きじゃないよね」

葵がお菓子をつまみながらぽつりと呟く。

「まぁね。でも、そんなこと言ってたら、いつまで経っても遼ちゃんのハートをゲットできないじゃない。なんてったって、歳の差は縮まらないんだから!」

こぶしを天に掲げて力説する綾子は、ニコと同じくらい熱心になってくれている。

「23歳って大きいねー」

下手すれば親子でもありだもんね、と葵は続ける。

そうだ、今こそ・・・この間家で思いついた、『新たな歳の差理論』を2人に披露するべき時だ!

「ねえねえ聞いて聞いて!私ね、歳の差に関して世紀の大発見をしたの!」

「「世紀の大発見?」」

2人が身を乗り出して、ニコの顔を見てくる。

えへん。咳払いを1つして、2人に分かりやすいように説明する。

「あのね、私が1歳の時、遼ちゃんは24歳でしょ。つまり、歳の差は24倍だったわけよ」

「うん」

「で、2歳になったら、遼ちゃんが25歳で、歳の差は12.5倍になるわけ」

「・・・まあそうだね」

「そしたら、3歳だと8.6666・・・倍、ちょっと飛ばして10歳だと3.3倍、で、今や2.15倍までなったわけ!ほら!縮まってるでしょ!!」

目を輝かせてニコが話せば話すほど、2人は可哀想なものを見る目になっていく。

「ニコ、それ、遼ちゃんにも言った?」

「うん」

「なんだって?」

「『アホ』って一言・・・」

「「うん、遼ちゃんに同感」」

「えぇー!なんでー!!」

良い考え方だと思ったのになぁとニコがぶちぶち言うと、「それ、根本的に何の解決にもなってないからね」と葵に一蹴された。

だって、本当に歳の差が縮まるなんてありえないのだから、少しでもその気持ちを味わいたいと思っただけなのに。

「遼ちゃんてさー、今まで彼女いなかったの?」

何気なく綾子が聞いてくるが、きっとずっと気になっていたのだろう。

「昔いたよ。ここ数年はいないと思うけど」

何せニコが毎週末に入り浸っているのだ。もしいたら、いくら何でも気付く。

「それでも、ずっと好きなんだね」

「うん」

遼一本人から、結婚を前提に付き合っている人がいることを聞いたこともあった。

あれは確か、ニコが小学校低学年の時だったか。

悲しくて悲しくて、でも子供の自分ではどうしようもなくて、部屋で大泣きした。

結局、何があったのか、その彼女とは破局したらしい。

(でも結局、私と遼ちゃんの距離は小さい頃とそう変わってない気がする)

もっと近づきたいのに・・・。

空を仰いで物思いにふけるニコの後ろから、誰かが声をかけてきた。

「あの、すみません、小山内さん」

振り向くと、男子学生が1人、立っている。

顔がほんのり赤い。緊張している様子が、傍から見てもよく分かる。

つまり、これは、いつもの・・・

「綾ちゃん、私たち先行ってるね」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

ニコがさっさとその場を離れようとすると、男子学生が慌てて止めに入った。

「あ、ごめん。葵だった?じゃあ、綾ちゃん行こうか」

ニコが綾子の腕を取っていこうとすると、男子学生が驚きの一言を放った。

「俺が話したいのは、小山内さんです!」

「・・・私?」

自分を指さすと、男子学生は必死に首を縦に振った。

「ニコ、あんた最初からご指名だったよ」

「え、嘘、気付かなかった」

「・・・哀れな・・・」

葵が男子学生に向かって手を合わせる。

自分に用とは何事だろう。

雰囲気から言って、綾子か葵に告白しに来たのかと思っていたのだが。

「あの、小山内さん、もし、今誰とも付き合ってないんだったら・・・俺と付き合ってくれませんか?」

(あ、告白は合ってたんだ。伊達にそう言う現場に何度も居合わせてないよねー)

脳内で冷静に分析をしてから、ようやくその言葉の意味を理解したニコは、大声で叫んでしまった。

「って、ええぇええぇぇぇ!?私?綾ちゃんか葵じゃなくて?」

「ち、違います。小山内さんがいいんです!」

顔を赤くしながら一生懸命言う男子学生と、生まれて初めての告白に混乱しているニコを見ながら、綾子と葵は呟いた。

「これは、どう転がるかな・・・?」

「さぁて、ね」

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