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2、水着姿で悩殺大作戦

待ちに待った土曜日の午前中、ニコは慣れ親しんだドアをそうっと開ける。

事前に行くことを伝えてあるため、鍵はかかっていない。

音を立てないように靴を脱いでそろえる。

幸い、家主は気付いていないようだ。意を決し、突撃する。

「やっほー遼ちゃーん!」

「あっ・・・ぶな!ニコ!コーヒー持ってんだからぶつかるな!」

「違うよ、ぶつかったんじゃなくて熱いハグをだね」

「いいから離せ!」

遼一に強く言われて、ニコはようやくしがみついていた腰からしぶしぶ離れた。

遼一とスキンシップをするには不意打ちしかない。

しかしそんな簡単には隙を見せてくれないため、最近では遼一の家に入る瞬間を狙うようにしているのだ。

「はいこれ、お母さんから」

「ああ、いつも悪いな。姉さんによろしく言っといてくれ」

「あいあいさ」

遼一は父のことを「謙介兄」と呼ぶので、ニコの母のことは「姉さん」になったらしい。

ニコが遼一のところに押しかけるついでに、1人暮らしではなかなか食べないであろう家庭の味を、タッパー詰めにして持たせるのだ。

「あ、これ、前のタッパー。返す」

「はいな。前回のは何がおいしかった?」

「あー、筑前煮かな」

「ふむふむ」

ニコはいつも持ち歩いている手帳にさらさらとメモする。

「・・・何やってんだ?」

「遼ちゃんの好物を母さんに習おうと思って」

遼一が喜びそうなことなら、何でもできるようになりたい。

その一心で、料理も母に習い始めたのだが、まだ良い成果は出ていない。

とりあえず遼一が好きなものならばモチベーションも高まるだろうと、本人から直接聞き取っている最中なのだ。

「お前は、そのやる気をほかのところに生かせよ・・・」

遼一のつぶやきが聞こえるが、とりあえず無視だ。

ニコのやる気が遼一関係にすべて傾いているのは、今に始まったことではない。

もっと小さい頃は、遼一に家庭教師代わりをしてもらっていた。

理数系が弱いニコは、遼一に褒めてほしくて苦手な算数も理科も頑張った。

そのおかげで、ニコは希望大学に入学できたのだ。

「今日は何しに来たんだ?」

「えーとね、レポートが2つと、ノートをまとめて見直したいかな」

「いつも言ってるけど、家でやれよ」

「いつも言ってるけど、家は誘惑が多すぎるんだよ」

もちろん、それは言い訳だ。

家でだって課題はできる。

毎週末に遼一の家に押しかけるのは当然、遼一に会いたいからだ。

しかし、何の理由もなしに遼一が家に上げてくれることはないので、こうして「勉学のため」と言うもっともらしいことを言い続けている。

まあ実際、家にいるよりやる気が出る。

(だって、早く終わったら遼ちゃんが構ってくれるかもしれないし)

にこにこしながらバッグからノートパソコンと大学ノート、レポートに必要な資料を出す。

「今はいいよなあ、パソコンで打てるんだから」

パソコンを立ち上げたニコを見ながら、遼一がコーヒーをすすってしみじみと呟く。

「遼ちゃんは手書きだったの?」

「そう。しかも教授によっては、修正ペンとか許さないやつもいて、何回も書き直したよ」

「それはつらいね」

ニコが課題を始めると、遼一はソファでぼんやりしているか、読みかけの本を読むか、仕事を少しするかして、適当に時間をつぶす。近くのコンビニやスーパーに行くこともある。

どんな時もニコの邪魔になるようなことはしないようにしてくれる。

だからニコも、集中して一気に終わらせる。

何だかんだ言ってこの場所を提供してくれる、やさしい遼一のために。




「はぁ・・・終わったー!」

「はい、お疲れ」

そう言ってニコの好きなココアを持って来てくれる。

カップはニコ専用だ。と言っても、勝手にニコがそう決めたのだが、遼一は律義にそのカップに入れてくれる。

そんな遼一が、なぜいまだに自分の彼氏じゃないのか不思議になるくらいだ。

確かに年齢こそ43歳だが、遼一はまだまだかっこいい・・・と言うより歳を重ねて大人の色気がムンムンになってきたように感じるし、父と違ってちゃんと運動してるからお腹も出てないし。

他の43歳と比べても、絶対絶対かっこいい。

この前、勝手に取った写メを綾子と葵に見せたが、2人も「確かにかっこいいわーニコが惚れるだけはある」と言っていた。

だからこそ、いつ、だれに取られてもおかしくないのだが。

(取られるって言ったって、まだ私のじゃないけどさ・・・)

ココアをちびちび飲みながらそんなことを考えていたら、いつの間にか凝視してしまったらしい。

遼一が、「何か用か?」と聞いてきた。

「あ、そうだ。見せたいものがあったんだ!」

ごそごそとカバンをあさり、綾子からもらった封筒を取り出す。

「ほら、見て見てー!」

「何だ?」

封筒を受け取った遼一が中身を取り出すと、一瞬手が止まった。

「ね、可愛い?色っぽい?押し倒したい?」

畳みかけるように聞いたニコの前には、水着姿の自分の写真が広がっている。

「おっまっえっは・・・バカか!こんなお子様を押し倒すわけないだろ!」

「ええええええ!結構凹凸ついてきたんだよ!?」

「そういう問題じゃないわこのガキ!」

「ガキじゃないもん!もう二十歳過ぎたもん!」

しばらくはそのままにらみ合っていたが、遼一が盛大なため息をついたところでにらみ合いはお開きとなった。

「あれか?夏に友達と海に行くって言ってたやつか?」

「そう、前日に友達とうちに泊まって、朝早くに出かけたの!こっちが綾子ちゃんで、こっちが葵!」

3人で映っている写真を遼一の目の前に掲げて説明する。

「お前の友達は美人だな」

「『は』って何よ!『は』って!」

そんなことはニコが一番よく知っているが、遼一に改めて言われるとぐさりと刺さる。

何枚か入っている写真を、遼一は一通りは見てくれるらしい。ぺらぺらと無言でめくっている。

ニコとしては、本当は遼一と海に行きたかったのだが、もちろん遼一が了承してくれるわけがなく、仕方なく写真と言う手段をとったのだ。

「・・・これ、誰が撮ったんだ?」

3人が遊んでいる写真もたくさん写っているからこその疑問だろう。

「え?父さんだよ」

「謙介兄?」

「うん。女3人で海行きたいって言ったら、カメラマンと運転手をしてくれたの」

父、小山内健介。今年47歳。趣味、ドライブとカメラ。好きなもの、妻と娘。

可愛い娘が「友達と夏の思い出の写真を撮りたい」と言ったら、簡単に快諾してくれたのだ。

写真の現像は、綾子の親戚が写真屋さんだということで、お願いした。

今時、家でも簡単にできるが、やはり本業の印刷技術は素晴らしい。

時間をかけてもお願いした甲斐があった。

「兄さんがねぇ・・・だからお前は安心してアホ面をさらしているわけだ」

「あ、アホ面って・・・!」

おかしいな、ちゃんと可愛く映っている写真だけを厳選してきたはずなのに。

水着だって、初めて買いに行ったのだ。

どういうのがいいか分からなくて、綾子と葵にアドバイスをもらいながら試着して決めた、お気に入りのフリルビキニだったのに。

沈み込みそうになる気持ちを、エイッと無理やり立て直す。

(子ども扱いなんて今に始まったことじゃない!)

「これ、遼ちゃんにあげるね!一番よく映ってるの!」

「え、お、おい!」

「ちゃんと大切にしてね!じゃ、今日はこれで!」

長居すると返されてしまうだろうと思い、無理やり遼一に写真を押し付けて脱兎のごとく部屋を後にする。

(全然悩殺できなかったけど・・・もしかしたらじわじわ来るかもしれないし!)

可能性は低くとも、ありとあらゆる手段を講じる。

それでこそ、恋愛は成就するのだ。


1人残された遼一は、置いて行かれた写真を眺めた。

「ちょっと前まで赤んぼだったのにな・・・」

ニコが1人で大写しになっているそれは、友達と水の掛け合いでもしているのだろうか、楽しそうな彼女の周りに、水の飛沫がキラキラと舞っている。

「・・・一人暮らしの男の部屋に、置いてくんじゃないよ・・・」

はぁーっと大きくため息をつき、とりあえず目につかない引き出しに、裏返しにして入れたのだった。




「で、ニコさんや、作戦はどうだったのかい?」

週明けの月曜日、定例の報告会を綾子と葵にする。

「んー・・・即悩殺はできなかった。でも、写真は置いてきたよ!」

「そうかそうか、よく頑張ったね」

葵が頭を撫でてくれる。

「遼ちゃん、何か言ってなかった?」

綾子が期待を込めたまなざしで聞いてきたが、ニコにはたいして思い当たらない。

「別にー。誰が写真撮ったのかくらいかな?」

「・・・へぇ。で?」

「で?って、うちの父だよって言ったら、『だから安心してアホ面をさらしているわけだ』って。失礼だよねぇ」

「ふぅん」

「ニコはぐいぐい行き過ぎなんじゃないの?」

葵がニコのミディアムロングを適当に三つ編みにしながら言った。

「ぐいぐい行かなきゃ伝わらないかと」

「でもほら、昔から言うじゃない。恋は駆け引きって」

「良いこと言った、葵!ニコ、次の作戦は決まったわ!」

そう言って不敵に笑う綾子を、葵とニコは不思議そうに見つめるのだった。

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